[2008年05月30日(金) ]
最近、水着が話題になっている。
あ、ぼくらが夏の海辺で着るそれではなく、オリンピック選手が着るやつね。
しかし、水着によって有利不利が本当にあるんだとしたら、何だかケッタイな話ではある。選手も、「あいつ、水着のおかげでメダル取れたんだぜ」なんて言われたら、あまり嬉しくはなかろう。(そんなことはないのかな? 選手になったことがないので、よくわからん。)
「体毛をどうするかは自己責任にして、みんな素っ裸で泳げばいいじゃん」と言ったら、カミサンに「それはセクハラ発言」とたしなめられる。
いやもちろん、観客もカメラも入らない密室プールで、ですよ、その場合は。競技会場には、同性の審判員と選手のみ。男女別の、プールと同じ大きさの巨大水風呂で泳いでいると考えればよろしい。
でも、やっぱりこれは、現実味がないか。
じゃあ、競技団体が全く同じ素材とデザインの水着を選手に支給もしくは販売、それ以外の着用はまかりならん、としてしまえばいいのに。
メーカーが、競技団体が定めたデザインと素材の水着を、「競泳専用」として販売してもいいし。
陸上競技も、ホントは「みんな裸足でやりゃいいじゃん」と思うのだが、それが難しいのであれば、同素材・同重量・同デザインのクツをはいてやるのがフェアなんじゃなかろうか。
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クラスター爆弾を禁止するかどうか、というニュースをみた。
何でも、不発率が10%ほどもあって、それが民間人に被害をもたらしている由。
日本は禁止に反対らしいが、昨日のニュースではその理由として、不発率が減少するよう「改良」したから、と言っていた。
10発が10発とも間違いなく爆発するようにする、10発が10発とも確実に人間や建物に被害を与えるようにすることが「改良」か。国語力的に、ちょっと違和感を覚えた。
もう1つ、クラスター爆弾がらみで、国語力的に気になったこと。
それは、クラスター爆弾が「非人道的であるから」禁止せよ、とされていること。
まるで、クラスター爆弾以外は「非人道的ではない」かのようだが、人道的な爆弾なんてあるのか?
そこでまた、水着の話題に戻って、昨夜は「戦争したいんなら、素っ裸で、素手でやりゃいいじゃん」という話になったのでありました。
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梅原淳『新幹線「徹底追究」謎と不思議』(東京堂出版)読了。
