ブログ検索
最新記事
最新コメント
国語力研究所代表
中高生の喫煙と、国語力検定 (2008年10月10日)
国語力研究所代表
ノーベル賞の値段と、国語力検定 (2008年10月08日)
まっくん
中山大臣と宮古島と、国語力検定 (2008年10月01日)
国語力研究所代表
箱根峠に挑戦の顛末と週末映画と、国語力検定 (2008年09月16日)

http://www.zkaiblog.com/kokugoryoku/index1_0.rdf
プロフィール

醤油鉄砲と硫黄島と、国語力検定

[2008年05月29日(木) ]

昨日の朝日新聞夕刊から。

《追い抜きざま「しょうゆ鉄砲」》

女子高生の背中に、バイクで追い抜きざま、水鉄砲に仕込んだ醤油をかけた男が、暴行容疑で逮捕された由。

醤油をかけたら暴行。

これは、醤油だから、暴行になったんだろうか?

あるいは、真水の場合も暴行?

もしそうだとしたら、よくメディアの取材に水をぶっかけたりする人がいるが、あれも暴行ってことになるな。

タイのソンクラーンなんか、まさに暴行祭りだ。

てことは、やはり、水以外のものをかけたから、暴行ということか。

もし、プロ野球チームの優勝祝賀会で、「やめてください」と言ったのにビールかける人がいたら、暴行で逮捕、ということになるんでしょうかね。ビールをかけられている、チームの人じゃなくて取材の人、嫌がっているようにも見えるんだが。



NHK取材班『硫黄島玉砕戦 生還者たちが語る真実』(NHK出版)読了。



NHKスペシャルを再構成した本だが、もともとのNHKスペシャル、観たかな。覚えてないな。今度ビデオ借りて観ることにするか。

映画『硫黄島からの手紙』でも、また硫黄島での戦いを描いた本でも、栗林中将が最後の総攻撃をかけるところで、ほぼ描写・記述は終わっている。

この本は、その後の約2ヶ月間、いわゆる掃討戦の段階に入った時期にも、焦点をあてている。そして、その掃討戦の時期が、より一層悲惨だったわけです。映画『硫黄島からの手紙』を通じてしか硫黄島の戦いを知らない人は、一度読んでみてもいいと思います。

印象に残った箇所をいくつか引用。

《「……こんな攻撃は全然意味がないと、陸軍の将校に何度も訴えましたけれども、命令する将校は壕の中に入ったまま外に出ていかない。兵士が戦っている現場を見ていないから、こんな戦闘の指示を出すわけですよ」》(p141)

ええと、これはビジネス的な教訓でもありますよね。

掃討戦の時期を生き抜いた、元日本兵のコメント。

《「戦争というのは、人間が人間じゃなくなるんです。人が、人の道に外れたことをしなければならないのが戦争なんです。今思えば、人として恥ずかしいと感じることでも、戦場で生き延びる兵隊は、動物的な本能でしか行動できなくなっているんです。……」》(p192)

次は、元アメリカ海兵隊員のコメント。

《「戦争に、勝者も敗者もありません。硫黄島の戦闘で勝った者など、誰もいないと私は思います。われわれがやった殺し合いは、何もかもがばかげています」》(p203)

もう1つ、元日本兵のコメント。

《「硫黄島で、あれだけの日本兵が死んで、そのことに意味があったんでしょうかね。私の中で結論は出てませんけれども、無意味にしたんじゃかわいそうですよね。『お前が死んだことに意味がなかったな』というのでは、家族に対しても残酷ですし、生き残った私らもそれはやりきれないですよ。だけど、どんな意味があったのかというと、これを説明するのは、難しいんじゃないですか。ただ、硫黄島でわれわれが戦ったことが認められない――認めるという言い方は誤解を招くかもしれませんけれど――頭から否定されちゃったら、話にもならないですよね。その間、必死に生きた時間、実際に過ごした時代というのは、何だったのか。そこに意味がないのであれば、自分はその間、“空”だったのかということになりますから」》(p215)

意味がないとは思わない。思わないが、何というか、1つの意味だけにしちゃおうとすると、いろいろヤヤコシイ問題が生じるんじゃないかな。国語力検定ブログゆえ、この問題はこの程度で。

ところで、映画『硫黄島からの手紙』の中で、栗林中将は、硫黄島を守ることが本土空襲を食い止めることになる、だからこの島で1日でも長く戦い続ける、その1日に意味がある、といった趣旨の発言をしていたと記憶する。

《アメリカは、硫黄島の戦いを通じて、一つの確信に達していた。圧倒的な武力を投入して地上戦を展開しても、日本軍は降伏を拒否して、最後まで捨て身のゲリラ戦を挑もうとする。地の利がある相手に、地上戦で応じつづけることは、多大な犠牲を払う結果になる。(中略)そんな厄介な敵に対処するには、どうしたらいいのか――。/アメリカ軍が選択した戦い方は、味方の犠牲をできるだけ減らそうというものだった。こうして都市爆撃は、より強化されていくことになる。》(p152〜153)

アメリカを、地上戦じゃなくて都市爆撃に傾斜させた一要因が、日本軍の頑強な抵抗だったのか。