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占領期の朝日新聞と醤油3万本と、国語力検定

[2008年04月29日(火) ]

MSN産経ニュース2008.4.28 22:43より。

《福田康夫首相は28日夕、首相官邸で記者団に対し、道路特定財源を平成21年度から一般財源化するなどとした11日の政府・与党合意を、5月12日ごろに閣議決定する方針を表明した。》

ほほう、閣議決定。

そもそも一般財源化を言い出したのは、支持率上昇や衆議院補選に向けたイメージアップのためであり、しかし結局支持率も上がらんし補選では負けたし、ということで、「あーあ、こんなことなら、一般財源化なんて言わなきゃよかった」と思ってらっしゃるんじゃないかと心配していたのだが。おれが心配するこっちゃないか。

国語力的に推察するに、振り上げたコブシを、どうにも下ろせなくなった、という側面もあるのかな。

さて、その、閣議決定に至るプロセスを見ておこう。

《道路特定財源の一般財源化は、首相が3月27日の記者会見で表明した。ただ、自民党の一部若手議員が、政府と党の「担保」がないと道路整備特措法案の再議決で造反する考えを表明していた。今月11日の政府・与党合意に対しても一部若手は納得せず、法律で担保された閣議決定の手続きを取るよう求めていた。/閣議決定するとした首相の表明は、自らが掲げた方針が党内からほごにされないための「異例の措置」(政府筋)とされる。》

記者会見での意思表明→そんなんじゃダメ!

政府・与野党合意→そんなんでもダメ!

ということで、「法律で担保された閣議決定の手続き」となったようです。

ところで、その「今月11日の政府・与党合意」を受けて、4月14日の朝日新聞夕刊コラム「窓」には、次のようにあります。筆者は、恵村順一郎さん。

《なるほど一歩前進ではある。といっても手放しの評価ばかりはできない。/自民党がいかにこの種の文書を軽く扱ってきたか。(中略)6月にまとめる「骨太の方針08」に一般財源化を盛り込む、と首相は言う。だが、それで胸を張ってもらっても困る。/小泉内閣最初の「骨太の方針01」を読み直してみる。そこにうたわれた「道路特定財源の見直し」は、自民党の道路族議員の猛反発であっさりつぶされた。(中略)「骨太の方針01」は閣議で決定されたのになし崩しになった。(中略)/道路族議員がなぜ今回の文書をすんなりと受け入れたか。文書の根拠がそれだけ弱いからである。》

自民党の若手議員が、「政府・与党合意じゃダメ、閣議決定せよ」とする理由は、これでわかると思います。

ただ、閣議決定すら、なし崩しになってしまう、という現実がある。

恵村順一郎さんには、閣議決定後、このテーマについてもう一度書いていただきたく。

さーて、これから、この問題、どうなるか。この一年、楽しみですね。

内閣変わったから、あんときの閣議決定もナシね、なんてことになっちゃったりして。……おっかない世界だ。



朝日をちょっと持ち上げた後で、と。

今西光男『占領期の朝日新聞と戦争責任』(朝日新聞社)読了。



タイトル、「と戦争責任」は不要で、「占領期の朝日新聞」だけでよかったんじゃありませんかね。と、思いました。

例によって、いくつか引用。

一九五一年七月施行の改正商法の中味に新聞業界があわてて、新聞社だけに特例を認めてもらおうとしたときの話。

《日刊新聞紙特例法については各紙が報道を控え、わずかに新聞協会の機関紙「新聞協会報」が報じただけだった。手前みその法案であるため、報道を避けたのである。(中略)特例法は賛成多数で可決、成立した。翌六月三日の朝日新聞朝刊には、成立した法律の一つとして日刊新聞紙特例法の名称は掲載されたが、その内容はもちろん、羽仁(議員)の反対表明についても一切、触れていなかった。》(p344〜348)

まあ、そんなもんですよね。気持ちはわかりますよ。

ところで、どんな特例法かっていうと、株式の譲渡を制限できる、というもの。

《大株主の立場が法的にも保障されたこともあり、長谷部ら(朝日新聞社の)経営陣は、筆頭株主の要請を拒否できなかった。/七月二十八日の臨時株主総会で定款の社主規定の改正を決定した。》(p350)

その、改正された「社主規定」とは。

《第三三条 本会社に社主弐名を置く
第三四条 本会社は村山龍平、上野理一創業の栄誉と、創業者と本会社との関係保持の為村山長挙、上野精一を社主と定め、爾後其相続人より夫々壱名其地位を継承す》(p350)

ははあ。何だか立憲君主制みたいっすね。

同じ一九五一年九月、川崎での出来事。

《毎日(新聞)はその晩、市内の毎日系店主を集めて、「直ちに専売活動に入れ」と号令、あらかじめ用意した醤油(合成)一升引換券を使って、購読中の現読者の確保と新規読者の拡張を大々的に行った。これに対抗するため、朝日と読売は合成ではなく天然醸造の醤油を、キッコーマン、ヤマサなどの醸造元から共同で仕入れ、野田と銚子から貨物列車に満載して川崎に運び込んだ。三万本の醤油ビンが販売店の店頭に山と積まれ、川崎市は一夜にして醤油の町と化した。》(p352〜353)

三万本! それが、新聞の景品になったわけだ。当時は、今以上に醤油が生活必需品で、ご家庭には喜ばれたんでしょうね。

ところで、

《この突然の事態に驚いたのは》(p353)

誰だと思います? 川崎市民?

そうじゃないんですねー。

《同市内の醤油小売店だった。》(p353)

言われてみれば、なるほどその通り。

川崎市内の小売店から醤油を仕入れて、それを景品として配るのならともかく、新聞社がメーカーから直接買い付けてタダでばらまかれた日にゃあ、たまったもんじゃないですよね。

単純に考えて、醤油一升瓶3万本の売上がパーになるわけで。

《同業組合は死活問題と、新聞三社に抗議した。結局、川崎市内の小売店を無視して醤油を送った製造元がその責任を認め、小売店に金一封を贈って陳謝、新聞販売店側も醤油の配達は小売店に任せ、配達料を支払うことで決着した。》(p353)

……なんだかなあ。当時の新聞社には、経済記者はいなかったんだろうか。というのは、こういう帰結になるのが、わからなかったんだろうか、という意味で。