映画『シンデレラマン』を観る。
舞台はアメリカの大恐慌時代前後、実在したプロボクサーのお話。
なるほど、株になど投資してはいかん、という教訓を引き出すための映画か。
そうじゃなくて。
家族の絆の映画ですな。
かなり感動する。
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安藤優一郎『幕臣たちの明治維新』(講談社現代新書)読了。
『ある明治人の記録』(中公新書)もなかなか感動したが、これもおもしろかった。
平易なので、中学生でも十分おもしろく読めると思う。
例によって、いくつか引用。
《薩摩や長州藩の方が先進的で、幕府は後進的というのが一般に持たれているイメージだろう。このイメージは偏ったものと言わざるを得ない。》(p84)
まあ、教科書で習う歴史では、そういうイメージを植えつけられますね。ぼくの経験から言っても。
さて、幕府、というか徳川家は、維新後、現在の静岡県に移ったのであるが。
《静岡藩には、全国から注目された二つの教育機関があった。版籍奉還以前に創設された静岡学問所と沼津兵学校である。》(p84)
おお、沼津! 三島の隣町ではないか! そんなところに、全国注目の学校はあったとは!
なんだか、住んでいるところの近所が取り上げられると、嬉しいもんですね。
《沼津兵学校は静岡学問所と共に、時代の最先端を行く教育機関として、全国から注目されるようになる。言い換えると、静岡藩の母体である幕府が、実は西洋化が最も進んでいたことが、明治に入ってから奇しくも証明されたのだ。このため、沼津兵学校には、諸藩からの留学希望者が殺到する。》(p86)
へーえ。あの沼津が。かつては時代の最先端だったと。
近くに住んでいながら、全然知りませんでした。
いかんな。鎌倉に引っ越したときは、結構郷土史の勉強したんだけど、三島沼津についてはサッパリでした。
調べてみると、沼津市明治史料館なるものがあって、沼津兵学校関連の展示もあるらしい。
今年のGWのテーマは、「三島沼津の歴史を知る」にするか。
もう一つ引用。
明治の元勲大久保利通の孫・利謙が、第二次大戦後まもなく国立国会図書館の資料室主任に任命され、参議院議長へ挨拶に行ったときのエピソード。
このときの参議院議長が、なんと会津藩主松平容保の子・恒雄。
《私が議長室に入って、しかじかの仕事を始めますからよろしく願いますというと、松平議長は、無愛想げに「それは結構なことであるが、歴史を書くのなら公平にやってもらいたい」という意味のことをもらされた。(中略)もう、かつての明治憲法が廃止された後の新国会においても、会津藩主の血をうけた議長には、なお薩長維新史に対する反感が消えていなかったのである。》(p133〜134)
そりゃ、ねえ。子や孫の代だと、まだ「歴史」にはなってないでしょ。
《薩長維新史とは一言で言うと、薩長は明治維新をなしとげた正義の士であり、薩長に歯向かった徳川方は悪者として描かれている。(中略)勝者の薩摩・長州藩側の立場から描かれた叙述であり、敗者側の幕府側に立った視点は見られない。その言い分は抹殺されていた。(中略)しかし、徳川方とりわけ朝敵とされて辛酸をなめた会津藩にとっては、たまらない歴史叙述だったことは言を俟たない。(中略)「歴史を書くのなら公平に」という言葉は、会津藩に限らず、旧幕臣の側が共通して抱き、訴えたい想いだった。》(p134〜135)
このあたりのことを、中学生ぐらいから知識として持っておいてもよいかな、と思います。