石川巧『「国語」入試の近現代史』(講談社選書メチエ)読了。
国語力研究所代表として、こんな本も読んでおかねばならぬのである。
人は、今あるものがフツーで、いつの時代もそうだった、と思いがちだが、決してそんなことはない。入試国語も同じ。むしろ、とりわけ時代の影響を受けて変わりやすいのが入試国語かもしれない。その意味で、受験生および受験生を持つ保護者の方は、読んでおいていいかもしれない。今の入試国語が、どういう経緯をへて形成されてきたのか、というところから、得るところもあるでしょう。
ところで、この本、構想7年、とのことだが、その間に石原千秋さんの大学入試国語関連本を目にしたときの気持ちは、ビミョーなものがあっただろうなあ。「ありゃりゃ、おれが書こうとしたこと、先取りされちゃったよ!」みたいな。
あまりに独創的なものは、むしろ売れない。同時代の人たちの一定数が同じように感じている(「そうそう、そういうことなんだよ!」)こと、それをすくい上げたものが売れる。そしてそれを最初にすくい上げたものが、独創とされるのである。ある意味、スピード(とタイミング)勝負ですよね、出版の世界も。
いくつか引用。
《記述式の場合は受験生が書く解答がバラバラになるため、採点に際しても解答文を文章として把握するのではなく、ポイントを細分化して解答文に重要な要素がどのくらい含まれているかという観点で採点する方法が一般化する。/だが、こうしたシステムで読解力を問うことによって、入試現代文はより根本的な問題に直面することになった。(中略)ものごとを深く考え、その考えをよりよい表現でまとめるために苦心した受験生よりも、重要そうにみえる語句をつまんできてうまい具合につないでみせることのできる受験生の方が高い得点を獲得できるという、本来の趣旨とは逆転した現象が往々にして起こりうるのである。採点者の多くはすぐにその矛盾に気づき、前者の解答にはなんとかして点数を与えることができないかと熟慮し、後者の解答からは減点する要素がないかを厳しくチェックするようになる。そして、結果として記述式の設問は半分くらいの得点が続出し、差がつかなくなる。》(p11〜12)
うむ。これもぼくがつとに感じていたことである。ていうか、去年一昨年、「何で
国語力検定?」と問われたとき、上記の現象を指摘することがよくあった。とりわけ、「そこそこできる層」によく見られる現象。「すげーなーこいつ」という解答と、「ダメだこりゃ」という解答は、ハッキリ分かれる。だけど、その間のやつがね。
でも、回避する方法がないではない。
Z会も、上記のような要素別配点方式だけじゃなく、「解答文を文章として把握する」採点方法、取り入れてるし。何なら国語力研究所で入試問題作成〜採点業務も請け負いますよ、大学のみなさん。なーんてね。いや、半分ぐらいは本気ですが。
《現代文の出題文には、いまだに外国語の翻訳文、あるいは、外国人によって書かれた日本語表現が極端に少なく、特別な場合を除くと日本人が書いた日本語の表現を出題することが前提になっているが、それはこの科目の本質にある言語ナショナリズムとの相互性を裏づける事象のひとつなのではないだろうか。》(p98)
これはちっと大袈裟なような気が。そんなこと、意識したことないなあ。「無意識化していることこそ、イデオロギーとなっていることの証である!」と言われればそれまでだが。使える素材が少ないなあ、というのが正直なところなんですけど。翻訳についていえば、近年は使用許諾、権利処理の関係で、はなっから避けてますね、言語ナショナリズムとは無関係に。
昭和三十年〜四十年代の小林秀雄ブームについて。
《そこには、わかりにくさを歯ごたえと錯覚し、そのわかりにくい表現を噛み砕いていくことに文章を読むことの面白さがあると信じ込んだ「文学かぶれの教育者」による崇拝意識があると同時に、戦後の適性検査的な入試問題作りへの極端な反動、あるいは、かつて隆盛を極めた教養主義へのノスタルジーが併存している。それを合理化するために、出題者の多くは、難解な文章に挑みながらその上澄みを簡潔な言葉でまとめることが現代文の求める能力だと考えたのだろうが、それは結果的に受験生を攪乱し、深く考えることそれ自体を断念させる方向で機能したのである。》(p181)
昭和五十年代後半、もう昭和六十年近くに大学受験生だったワタクシの時代でも、いまだに小林秀雄は読まされました。そうか、あのときに深く考えることを断念させられたのか。なーんてね。
長くなったんで、これ以上引用しませんが、小林秀雄の次には、同じ時代に「天声人語」がなぜ入試素材として好まれたか、という考察もあって、なかなかおもしろかったっす。