[2008年02月26日(火) ]
メールソフト復旧のメド、未だ立たず。メールをくださったみなさん、申し訳ありません、昨日から全く読めていません。
しょうがないので、漂泊していた間の新聞記事ネタとする。
2月23日朝日新聞夕刊の、大学生が就職活動の参考にするページかな、そこの「お父さん・お母さんの就活講座」というコラムより。
《「1レベル下の企業を目指す」という言い方をよく耳にする。/しかし、そもそも企業にレベルってあるのか。レベルを下げるって、どういうことなのか。どうやら「無理せず、自分の身の丈にあったレベル」というような意味らしいが、結局、楽をしたいということじゃないのか。/「残業時間が1レベル下」「厳しさが1レベル下」「与えられる責任が1レベル下」。そう思える企業を選ぼうとしても、そんなものは幻想に過ぎない。/肝に銘じてほしい。仕事にレベルなどない。企業にも、レベルなどないのだ。》
なるほど。なかなか美しい言葉ではある。
しかしながら、どの程度の割合の読者が、このコラムに激しく賛同するんだろうか、ということに、ひどく興味がわいた。朝日さん、読者アンケートでもとってくんないかな。年代別・性別で切ってみると、なかなかおもしろい結果が出るかも。
さて、この文章、国語力的には二通りの読みかたができる。
「残業時間とか厳しさとか責任とか、もちろんそれ以外の待遇についても、そして業績は言うまでもなく、企業によって高低のレベルの違いはある、確かにあるんだけど、若いモンが何を悟りきったようなことを言っとる、ドーンと上を目指していったらんかい!」的な趣旨と読むのが1つ。
つまり、レベルの存在を暗黙の前提としつつも(「ドーンと上を目指していったらんかい!」)、そのスケール上の下を見させないよう、「レベルなどない」というレトリックを使って、若者を鼓舞している、という解釈。
残業時間や厳しさや責任については、一企業内でも個人によって異なるから、一概に「あの企業のレベルは」とは言えないだろうけど、制度としての待遇や業績には、厳然とした差があるからねえ。
学生さんも、それをある程度は参考にして志望企業を決め、それによって人気企業ランキングが決まる。ランキングの高い企業はなかなか入社できない=レベルが高い、という受け止め方、学生さんはするでしょう、やっぱり。
「そんなことにビビるな、ドーンといったらんかい!」という趣旨は結構なんだが、それで「よっしゃー!」となって、最後の最後まで志望企業を変えず、就職浪人しちゃったら……という思いを禁じえないわけです。
もう1つの読みかた。
額面どおり、マジで「企業にも仕事にもレベルなど存在しない」という主張である、と解釈するのが、それ。
先にも書いたように、待遇や業績については現実には格差があるから、それを断固解消すべし!という主張と読めるかもしれない。一つの主張としては、首肯しうる。
企業にも仕事にもレベルなど存在しないのであれば、論理的に考えると、世の中の全サラリーマンが同じ報酬を受け取らねばならなくなるわけで、まさにユートピア。
ただ、これを「主張」ではなく「現実」と学生さんが受け止めてしまった場合、「そうか、どの企業に入ってどの仕事をしても同じなのか!」と思い込んでしまった場合、その学生さん、一生同じ企業の同じ仕事をして、一生同じ企業の同じ仕事をしている人としか接触しない、というのでない限り、就職後に「あれれ?」と思っちゃうんじゃないか、という思いを禁じえないわけです。
あ。もう1つ、読みかたがあった。
「どの企業に入ろうと、激しく残業させられ、激しく厳しく、激しく与えられる責任が重いのは一緒なんだから、ジタバタしてもしょうがないよ、あきらめなさい」という忠告である、という解釈。
……これが、一番近いような気がしてきた。そういう認識からスタートしたほうが、どんな仕事に就いても長続きしそうですよね。
以上、「国語力で読み解いてみよう!コラムの真意」でした。