[2008年02月05日(火) ]
週末の映画の続き。
「ゾフィー・ショル、最期の日々」:反ナチ運動で処刑された大学生のお話。
ミルグラム『服従の心理 アイヒマン実験』(河出書房新社)という本の中に、「服従しない人が一定程度存在する、ということが、救いっちゃあ救いだ」という旨があったと思う。
ゾフィー・ショルが、その一定程度の人だったのだろうが、はたして、自分自身は、そしてあなたは、どうだろう。
法廷で、同時に処刑されたゾフィーのお兄さん、実際に東部戦線で戦ったことのあるお兄さんが、傍聴する軍人たちに対して、「東部戦線で、東部の占領地域で、ドイツ軍が何をしているか、あなた方も実際に見たはずだ」と言うシーン。傍聴席が、一瞬静まり返る。
裁判官に対して、ゾフィーが、「いずれここ(=被告席)に立つのはあなただ」と言うシーン。
裁判官が、およそ論理的とは思えない悪罵を一方的に投げつけるシーン。
といったところですかね、印象に残ったのは。
死刑が、銃殺でも絞首刑でもなく(銃殺は軍人か)、ちっちゃいギロチンで執行されていたのには、ちょっと驚いた。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」:これは、暗い過去を持つ男が、家庭に帰っていく、というお話だったんだろうか。ラストシーンの解釈に、ちっと悩んだ。
週末読書は、ヨアヒム・クルツ『ロスチャイルド家と最高のワイン』(日本経済新聞社)だったんだけど、これは歴史書とビジネス書を足して3で割った感じでしょうか。3で割っちゃダメか。
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民主党の菅さんが、自民党の国会議員さんに対して、「見るからに利権を守ろうとしている顔だ」とか何とか言って、自民党から反発を食らっている。
自民党さん、軽く受け流しとけばいいのに。ムキになると、ノーマルな国語力をもつ国民であれば、よけいに「痛いとこ突かれたのかな?」と思うんじゃないかなあ。
誰でも大概、ホントのことを言われると、ムキになって否定するゆえ。そういう経験が、おそらく誰にでもあるゆえ。
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昨日のブログに書いた、「ちょい上目遣い系+共通メイクのセット、お店の女性紹介に限らず、広く一般にも目にするような気が」というのは、具体的な事例が頭にありつつも、それをストレートに表現することを避けたものです。
で、昨日のコメントからヒントを得たので、自主規制しつつも補足。「○ク○ィの○己○○の○○でよくお目にかかるなあ」ということです。激しく同意してくれる人、多いんじゃないかな。