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看護士を「輸入」?と、国語力検定

[2007年11月27日(火) ]

一昨日の日曜日、三島では、月がおそろしいほど大きく、明るく見えた。



こんな感じである。


昨日の朝日夕刊に、「オヤジにも叱られたことないのに」とか何とか言って、上司を殴っている若者のイラストが載っていた。……ガンダムだ。またガンダムだ。恐るべしガンダム。

Z会の通信教育や教室でも、3年間のカリキュラムを1年で終わらせる「シャア専用コース」とか作れば、結構売れたりして。教材の表紙はすべて赤。添削も赤字で……はアタリマエか。


さて、先週の読書。

前間孝則『悲劇の発動機「誉」』(草思社)を読む。写真はナシ。

この本からはちょっと離れるが、戦時中、ゼロ戦の部品を飛行場まで牛車で運んでいた、というのを読んだことがある。牛車。平安時代の貴族のようだ。

「誉」という、戦時中に開発された、航空機用の高性能エンジンの話なのだが、その開発に携わった人たちが、戦後、プリンス自動車→日産自動車で働いたんだそうな。

「技術の日産」というスローガンの背景には、そういう企業文化があったわけね。なるほど。トヨタに比べると、商売はあんましうまくない(ために、ルノーの傘下になっちゃった)というのも、企業文化の1つだったんだろうか。


神野直彦『教育再生の条件』(岩波書店)を読む。写真はナシ。

同内容の繰り返しの多さがちと気になったが、以前、ウォルマートについての記事の中で「低コスト低価格の追求はキリがない、いずれ行き詰まる」と書いた、それは漠然とした「行き詰まる」感だったわけだが、どうして行き詰まっちゃうのかの理屈について、「なるほど」という記述があったので引用しておく。(やたら一文が長かったですね。国語力的にはあんましよろしくないですね。)

《日本では人間が「学ぶ」ことを否定しようとする。というのも、人間はコストを高める妨害物だと見做す日本では、「学ぶ」ことのない人間でも遂行できるような単純な職務に可能な限り分解して、労務コストを低めることに全力が傾けられるからである。》(p25)

「学ぶ」ことへの見解の当否は措いておくとして、労務コスト削減については、ほぼ当たっているでしょう。では、このコスト削減努力が、どのような方向に行くか。

《より単純労働に分解して、非正規従業員などの正規従業員以外の雇用を拡大しようとする。あるいは低賃金を求めて、海外へフライトしていく。》(p124)

これも、ほぼ現代の趨勢を言い当てているでしょう。その結果、どうなるか。

《そうして低価格を実現したところで、それを購入する購買力は存在しないため、生産物があふれ出たとしても、販路を断たれることになる。》(p124〜125)

なるほど、確かに。労働者は消費者(購買者)でもある、という観点が、コスト削減=労務費削減という発想中には、あんましないかもね。

……これも、この本の主旨からは、ちょっと離れてました。ちょっと主旨にかするかな、ということで、次の一節を紹介。

《学校教育では学力で生徒を序列づける。つまり、生まれとは無関係に学力で序列づけられると信じられている。生まれとは無関係に進学が決まる。さらに受けた学校教育によって、所得と階層が決定される。それ故に、メリトクラシーにもとづく市場の所得格差は正しいとされ、貧しい者は能力がないのだとしてあきらめなければならない。この「あきらめ」も、学校教育により序列づけられる過程で身につけていくものである。つまり、市場社会に組み込まれている実質的不平等を形式的平等で糊塗することこそが、学校教育の使命なのである。》(p130〜131)

スウェーデンの社会や教育についての事例紹介が興味深かったです。全然知らんかった。もっと突っ込んで調べてみようっと。


西沢江美子『あぶない肉』(めこん)を読む。



どうも主旨とはズレたところにばかり目が行ってしまうのだが、次の一節。

《「自由貿易協定(FTA協定)」という言葉をよく耳にする。聞こえはいいが、要は二国間で政治的に物を売ったり買ったりしようというものだ。たとえば、タイから鶏肉や看護士を輸入して日本から自動車を輸出するといった具合。》(p131)

最初、「看護士」は何の誤植かいな、と悩んだ。カンゴシと似た発音を持つ一次産品は何だろう、と。いや、タイからの輸入品といえば、農産物か海産物だろう、という思い込みがあったわけですよ。

ところがですね。

調べてみると、現在、看護や介護や福祉の分野で、フィリピンやタイから人材を受け入れているそうだ。誤植じゃあなかったんですね。

ただ、それでもやはり、この記述には多少の違和感を覚えた。

看護士が、「売ったり買ったり」される、「輸入」「輸出」される、「物」なのか?と。

ビートルズは英国の大事な輸出品、と言われたけどな。ありゃ、比喩的な表現ではなかったか。