バーバラ・エーレンライク『捨てられるホワイトカラー』(東洋経済新報社)読了。
著者の体験ルポ、といった趣きの本で、とりわけ「おお! そうだったのか!」という内容はなかった……ような気がします。弱気。
アメリカでは、転職(あるいは失職後の求職)時に、履歴書の書き方のコーチングを受けたり(もちろん有料!)、自己啓発的なセミナーに行ったり(もちろん有料!)するのがフツーのようで、そこがアメリカっぽいのかなー、とは思いましたが。何でも商売にするんかい、という意味で。
でも、困っている人を、より困らせるってのも、どうなのかなー。このあたりを、公的に支援する仕組みを作ればいいのに。
自己責任、能力主義、成果主義、小さな政府、といった思想とは相容れないのか。
それに関連して、一節だけ引用しておく。
《経済の「勝者たち」――権力と高額な報酬を約束された仕事をしている連中――から見れば、自分の運命はすべて自分がもたらしたものだという考え方は、実に都合がいいにちがいない。勝者たちの成功を最高のほめ言葉で説明してくれるし、敗者たちの苦情は無効にしてくれるからだ。》(p115〜116)
企業のトップマネジメントにとって、能力主義・成果主義という言葉は、実に甘美なんでしょうね。
だって、「我が社は能力主義・成果主義である」と宣言したとたん、トップは企業の中で最も能力があり、成果を挙げた結果、トップなのである、ということになり(事実、そういう場合もあるでしょうが)、一方で低い階層にいる人に対しては、「それはひとえにキミの努力不足、能力不足に起因するのであって、それ以外に原因はない。すなわち、変わらなければならないのはキミだけであって、キミ以外のものではない」と宣言することになる(これまた、事実、そういう場合もあるんでしょうが)わけですから。
それ以外では、参考文献として挙げられていた、フレイザー『窒息するオフィス――仕事に脅迫されるアメリカ人』(岩波書店)、セネット『それでも資本主義についていくか――アメリカ型経営と個人の衝突』(ダイヤモンド社)を読んでみようかな、というところです。
そういえば、こない見かけた、クルツ『資本主義黒書』(新曜社)というのも、おもしろそうだったな。バランスとるために、『共産主義黒書』ってのも併せて読んでおくか。
昨日、帰宅すると、激しくドキッとする手紙が届いてました。家に入って、部屋着に着替えもせず、あわてて封を開けてみるぐらい。それについては、また明日。