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CIA=「食べ物がいっぱいある」の略?と、国語力検定

[2007年11月06日(火) ]

ぼくは、あまりものを知らない。だから、いろんなところへ修学旅行……ではなく出張へ出かけたり、書物を読んだり、人と話をしたりして、知識を増やすことにこれ努めているわけである。

書店や図書館へ行くと、感じませんか? うわー、ここにある自分が知らない知識のうち、死ぬまでにどのくらい吸収できるんだろう、って。ま、すべてが必要、というわけではないでしょうけど。

歴史の分野でいうと、高校で選択しなかった世界史(おお、今は必修か! いいですねえ!)がアヤしい。中学レベルの歴史では、日本に関係するところしか扱わないからね。

というわけで、オトナになってから、書物を通して世界史の知識を仕入れるしかないのである。

その経験から言うと、いわゆる教科書的な体裁のものより、特定のテーマに絞って深く突っ込んだもののほうが、ずっとおもしろい。テストされるわけじゃないから、そういう読みかたができるのかもしれないけど。

そして、特定のテーマではあるんだけど、それが他のテーマともつながりがあることがわかり、引用文献や参考文献中のおもしろそうなものを読んでみると、また別のテーマにもつながり……というふうに広がっていって、ある時点で「おお! そうだったのか!」と感じることがあり、それが実に楽しい。

そういうふうにして、先日たどり着いたのが、カンボジアとポル・ポト、というテーマ。



2冊のうち、デーヴィッド・チャンドラー『ポル・ポト 死の監獄S21』(白揚社)から、興味深いところを引用しておく。

《一九九八年十二月、キュー・サムファンは記者会見で、たどたどしい英語で「過去のことは水に流そう」と言った。》(p293)

これは、国語力的なネタ。

よく、悪いことをしたと思っている側が、「過去のことは水に流そう」と発言することがある。それって、国語力的にちょっとヘンなんではないかと思う。

悪いことをされたと思っている側は、「それを言うとしたらこっちであって、お前が言うなよ」と思っているんではなかろうか。

《また別の囚人は、「CIA」とは何か民主カンボジアの対極にあるものだとだけ理解していたのだろう。この三つの頭文字は「食べ物が十分ある」という意味だと答えている。さらに、囚人によっては、リクルートされた時に、相手から「CIAに入れば、女も酒も劇場もマーケットもある。石造りの家もあれば自動車にも乗れる」とか、CIAに加わった後は、「至るところ動き回れる。何の規則も守らなくてよいからだ」とか言われたと打ち明けている者もいる。》(p190)

不謹慎ながら、ここにはちょっと笑ってしまった。

朝日夕刊の連載マンガで、少し前、小学生が「『サブプライム』って何だ?」「口から火を吐いたりする、すごく悪い怪獣なんじゃないか?」と想像するネタがあった(すいません、ウロ覚えです)が、それに近いものがあるかもしれない。

《ナチスのトレブリンカの殺戮を助けたのは、世界全体の精神的死亡状態だった。同じように、われわれの大部分がはるか彼方の他の民族に起きているこの種の現象に無関心だったために、S21が発生するのを許してしまった、と私は思う。》(p282)

収容所だけで自己完結してああしたことをするのは、不可能であるということ、ちょっと考えればわかるだろう。ナチスが負けるよりかなり前から、情報は漏れ伝わっていた、ということも聞くし。

見たくないものは見ない(見えない)、ということか。

《S21について、その悪の全責任は「悪い人々」すなわち他人にあるというような説明をしたのでは、われわれ全員がこの悪事の加害者たちと共有しているものを見落としてしまう。それは殺人文化とか殺人主義とか生まれつきの殺人傾向などではない。人間としての類似点、とりわけ他からの影響で変わりやすく、服従しやすいという傾向である。われわれの大部分は、自分が尊敬している人々からやれと言われたら、そして言われたようにするのに制度的な束縛がなかったら、たとえ拷問でも殺人でも何でも行なうようになるだろうと、私は考えている。》(p295)

ここから最近のスポーツシーンやビジネスシーンを振り返るに……やっぱ、やめときます。