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日本語検定1級合格か?と働かない人への怒りと、国語力検定

[2007年11月01日(木) ]

昨日、日本語検定(東京書籍)のホームページに、第2回日本語検定の解答速報がアップされた。

解説付きである。10月27日に実施して、11月1日に解答解説をアップ。すばやい。なかなかやるな。

おそらく、27日の夜から徹夜徹夜の突貫工事で……なわけはないのである。間違いなく、試験実施前にアップする予定の原稿は完成しているはずである。試験て、そんなもんですよ。いわゆる模試なんて、終了直後に解答解説冊子を配布されるでしょ?

ではなぜ、試験当日冊子として配布せず、また当日夜ホームページにアップせず、5日後にアップ、そして適宜ダウンロードしてプリントアウトしてくださいね、としたか。

まず1つは、コスト面。これは言わずもがな、別にこの業界にいなくてもわかりますよね。モノとしての冊子を動かすとなると、用紙費印刷費物流費等々、コストがかかります。

もう1つ、これはこの業界にいないと、わかりにくいかもしれない。

出題側の不安に起因するものです。

試験の出題者は、「問題として成立しない、なんてものは、ないよな」「解答はこれで、間違いないよな」という不安を、どこかに抱えているものです。

だから、事前の検討は、何度も何度もやる。もう念入りに念入りにやる。やるけれども、試験当日はやはり、「ひょっとしたら……」という思いをぬぐいきれない。

そして、もし何かマズいことがあったとき、発覚するのは、必ず試験中か試験後である。アタリマエか、事前にわかれば、それなりのフォローはできるもんね。

さらに、発覚するのは、えてして受験者(あるいはその周囲の人)からの突っ込みによる。

試験当日さっさとアップして、もしその後、受験者から「この問題(解答)、おかしいんじゃないですか?」という突っ込みがあったら、なかなかヤヤコシイことになる。

しかし、試験実施後数日おいてのアップにしておけば、何か突っ込みがあったとしてもその間に拾えるだろう、アップ予定の原稿に修正を加える必要があれば、その間に対応できるだろう……というのが、「試験5日後アップ」の背景にあると思われるのだが、どうでしょう。

え? 国語力検定? いやー、解答だけでも実施後すぐに配布、あるいはアップしたいのはやまやまなんですが、よんどころない事情により、できないんですよ。……って、すでにだいぶ手の内をさらしちゃった気もしますが。でも、国語力検定の場合、上記の理由にべったり重なるわけではありませんし、それ以外の理由もあります。ご容赦ください。


話を戻して、第2回日本語検定の解答速報である。

二日酔いで試験会場にかけつけるわ、エンピツと消しゴムを東京書籍の人にお借りするわで、関係各方面に多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。の、国語力研究所代表のデキはいかに。

1問に2つの答えを書くものについては「両方正答での完答」となっているから、部分点はナシってことね。すると、採点単位となる問題数は、全部でおそらく90。

12コ間違えて、78問正解でした。78/90で、正答率87%。一応、1級合格のようですな。

ポカミスが5つあるのが残念だったが、まあよしとせねばなるまい。

と、エラソーに書いてみたが、実はかなりホッとしたのでありました。……これで不合格だったら、東京書籍の人に「やーいやーい、落ちてやんの」と言われかねんからな。

しかし、どんなに慎重に試験を受けたとしても、83/90だったということである。7つの問題については、ぼくの知識の範囲外であった。大丈夫か国語力研究所代表。

大丈夫だと思います、国語力検定超難問バージョン、十段とか名人とかを認定するバージョンをリリースしない限りは。

獲得した級は、10年間有効かあ。じゃ、次に受けるとしても10年後だな。10年後にも、日本語検定が実施されていることを祈る。

あ、どこからか、「国語力検定もなー」という声が。任せといてくださいよ!


さて。今度の日曜の朝日新聞書評欄には、



この本が取り上げられるそうだ。

どういう書評になるか予想してみると……。すいません、手に入れただけで、これ、まだ読んでません。今日明日で速攻で読んで書評を先行アップ、ということもできなくはないが、ぼくの中での読む順番というのがありましてですね、これは来週なんですわ。でもま、最後あたりに「日本を映す鏡かもしれない」とか何とかあるんじゃないかな。あ、これ、アメリカの話です。『ニッケル・アンド・ダイムド』と同じ著者の作品。

今読んでいるのは、永江朗『新・批評の事情』(原書房)。



その中の、三浦展さん(『下流社会』という新書でご存知の方も多いでしょう)を取り上げたページでの、次のくだりがおもしろかったので引用しておく。

《トム・ルッツの『働かない』(邦訳、青土社、二〇〇六年)は「怠け者」たちに向けられた視線の歴史を追いながら労働という文化の歴史を浮き彫りにするものだが、「私たちはなぜ働かない人を見ると腹が立つのか(自分に危害を加えたり損害を与えるわけでもないのに)」という発想を、三浦の下流社会論に当てはめるとどうだろう。》

自分に損害を与えるわけではない、というところを読んで、「いや、そういう人でも生きていけるのは、一生懸命働いている我々が税金という形で社会的コストを負担しているからだ」と思う人もいるかもしれない。でも、それは、「そういう人」を、一方向のみで理解してしまっている。

たとえば、ありあまる資産があって、税金もいっぱい納めていて、そして(その必要がないから)働かずにブラブラヘラヘラしている人を見て、毎日あくせく働いている人は、どう思うだろうか。

やっぱり、「腹立つなー、こいつ」と思うのではないだろうか。

そこでもまた、「そのありあまる資産は、我々から搾取した、すなわち我々に損害を与えた結果だ」と言う人がいるかもしんないけど、働かない人を見ての腹立ちは、そんなに理詰めのものではなく、働かなくても生きていけることへの憧憬・羨望とウラオモテである、というのは、かなり当たっているような気がする。

こんど言ってみようかな、「カワフチさんもっと働いてくださいよ!」って言われたら。「そんなにオレがうらやましい?」って。……バシーッて叩かれそうだな。