[2007年10月26日(金) ]
一昨日の続きになってしまった。『ウォルマートに呑みこまれる世界』からの引用を。
《今日のグローバルエコノミーではいったい何が起こっているのだろうか。海外からは見慣れた商品がどんどん流れ込んでくる。そして価格もどんどん下がっていく。しかしその一方で、これらの商品がどのようにつくられているのか、その様子はますますわからなくなっている。そして、おそらくさらに遠いところで、そしてますます受け入れ難い方法でつくられるようになっているのだ。米国の基準に照らし合わせれば、こうした工場は違法に違いない。労働者の扱いや地域への対応の仕方が不適切だからだ。しかし一方で、そうした工場でつくられる製品そのものは合法である。つまり、その方法が不適切になればなるほど価格はどんどん下がり、消費者にとってはますます魅力的になっていくのだ。》(p265)
出版の世界でも、「単価が安いから」という理由で、一部業務が中国に外注されたりしている。
ただ、これは、キリがないんではないか、と思うのである。彼我の経済格差を、ずーっと固定させたままにしておく、という、より心が痛むような方法をとらない限り。
同じやり方をより洗練させていく、というのには限界がある。やり方自体を変えるという、ブレークスルーがなければ、早晩行き詰まる。
外国へ、ではなく、日本国内の話だが、コールセンターを北海道や沖縄へ持っていくというのも、ウォルマートのやり方と本質的には一緒なんではないか、とも思う。
しかし、西友はパッとしないね。なぜなんだろう。エブリディロープライスじゃないからか。ちなみに大船の西友、なんだか照明が暗かったような記憶がある。もし、コスト削減のためにそうしている、というのであれば、ぼくはむしろ、マイナス効果のほうが大きいような気がする。なんか、気分も暗くなるもん。
今日は時間がないので、このへんで。あとで時間ができれば、また続き書きます。