[2007年09月16日(日) ]
沖縄修学旅行……じゃなくて、出張から帰ってきて、先週何をしていたか。仕事である。激しく仕事である。あと2週間激しく働いて、10月1日の第2回国語力検定申し込み受付開始とともに、少しく夏休みでもとろうかと思っているが、さてどうなるか。
激しく仕事、と言いつつ、12日と15日夜は激しく飲んで、そのため、先週の記憶は飛んでしまっている。はて、何をしたんだっけか。手紙書いてメール書いて原稿書いて会議で書記やって、ぐらいは覚えているのだが。
昨日は東京で国語力検定テキスト第2弾の仕込み的仕事、そのあと飲み。早稲田と馬場の中間あたりの香港料理店。デザート直前にスープが出てきたような気がするが、それが香港流儀なのか? 馬場の駅近くで2次会。学生さんが多い町は、活気があるね。おまいらちゃんと勉強してんのか?という思いも、片一方ではあったはあったが。
早稲田から馬場へ流れる途中で、昔ながらの銭湯がまだ残っていたのにも感動。でも今、銭湯って、430円もするんだね。貧乏学生には、ちとつらいかも。
その仕事の中で、赤城元大臣の官僚時代の同僚から聞いた話だが、あのバンソウコウは、ホントに吹き出物だそうだ。彼は、官僚時代から、プレッシャーがかかると吹き出物が出た由。ふーん。以前、このブログで推測したバンソウコウの原因は、邪推だったか。
「国語力検定テキスト第2弾の仕込み的仕事」のためにインプットしたことを、メモ代わりも兼ねてアウトプットしておこう。
マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(岩波文庫)より。
いや、その時代と、変わらんのだなあ、と思って。
《これ(=最も近代的な政党組織)を生み出したのは民主制、普通選挙制、大衆獲得と大衆組織の必要、指導における最高度の統一性ときわめて厳しい党規律の発達である。(中略)もちろん実際に権力を握っているのは、経営の内部で継続的に仕事をしているものか、でなければ(中略)政党経営の根っこのところを金銭や人事の面で抑えている人間たちである。決定的なのは(中略)この装置を操縦する人間が、現職議員に挑戦して、自分の意思をかなり大幅に押しつけることができるという点である。そしてこのことは、党指導者の選択に対して特別に重要な意味をもつ。(中略)時には議会を無視しても指導者になれるからである。(中略)党員、とくに党職員や党企業家たちは、指導者の勝利から個人的な報酬――官職やその他の利益――を期待する。その際、指導者から、であって、個々の議員からではない、少なくとも個々の議員からだけではない、という点が重要である。彼らがとりわけ期待するのは、選挙戦における指導者個人のデマゴーグ的効果が党に得票と議席を、したがって権力をもたらし、その結果として自分たちの望んだ報酬を手に入れるチャンスが最大限に広がることである。》(p54〜55)
次の自民党総裁は、誰の、どういう思惑で決まるのか、というところですな。
以下のくだりも、おもしろかった。
《今日イギリスの国会議員は、二、三の閣僚(と若干の奇人)を除いて、一般に訓練の行き届いたイエス・マンに過ぎなくなっている。ドイツの国会では、自分の議席の机でせめて私用の手紙でも書いて、お国のために働いているようなふりだけはしたものである。こんなジェスチュアはイギリスでは無用である。議員は投票だけして党を裏切らなければよい。》(p61)
これが、19世紀末〜20世紀初頭の状況。さて、振り返って、現代の日本はどうなのか。