先週末の読書は、まず、『きけわだつみのこえの戦後史』。
ふーむ、ちょっと前に、『きけわだつみのこえ』に関して訴訟沙汰になっている、という記事を読んだが、なるほどこういう背景があったわけね。
『きけわだつみのこえ』、ぼくも大学生のころ読んで、激しく感動した記憶がある。
国語力検定テキストのブックガイド部分の、紹介本候補にも一度入れたんだが。何らかの運動を、当初の理念を保ちつつずっと維持するのは、なかなかに難しい、ということか。
続いて、たまには小説も。『ゆれる』。
少なくとも、どんどん先を読みたくなる作品、ではあった。読んで時間を無駄に使った感はない小説、ということは言えると思う。芥川『藪の中』的な趣きもある作品。
さて、日本語検定(東京書籍)から、封書が届く。
はて。何だろう。開けてみると。
2級の成績表が、正しく出力されていなかった、とのこと。この手紙とともに、改めて出力したらしい成績表も同封されていた。
2級受検者がどれだけいたのかはわからんが、思わぬコストアップ、には間違いなかろう。我々も、気をつけねば。今度のはマド開き封筒じゃないから、名寄せも大変だったでしょうね。
で、その手紙なんだが、ちょっと違和感を覚えたこと、正直に書いておく。どこに違和感を覚えたか。
手紙は、「謹啓」と始まっている。それはそれで、「拝啓」よりは丁重である。
しかし、自分が社会人として身をおいた文化の中では、この手の手紙の場合は、まず「お詫びと訂正」と最初に置くのが鉄則、と教わってきた。それが、普遍的なものなのかどうかはわからない。ただ、少なくとも日本語検定では、「お詫びと訂正」と最初に置くのが文化、ではないようだ。
そういった文化の違いに対する違和感、である。
ちなみに、結語のほうは、
「謹白」。ふーん。おれなんかだと、「敬白」と置きたいところだけどね。「謹んで」はいるけど、「敬って」なんかはいないよ、ということか。
いや、別に敬ってなんかくれなくてもいいんだけどね。ちょっと感想を書いてみただけです。日本語検定というからには、そこまで考えて用語を選んでいるのかなあ、と思って。
最近、「朝青龍」「中田英寿」という検索ワードで訪問してくださる方が多い。朝青龍関、精神的なダメージも受けて、精神科医の診察を受けて、ということらしいけど、その精神科医の診断に対してもまた、「いかがなものか」という感じになっている。
そこでふと思ったのは、そもそも最初に「全治六週間」という診断書を作ったお医者さんのこと。彼に対しては、あまりバッシングが起こっていないが、彼こそ、職業倫理的にいかがなもんなんだろうか。
ホントに「全治六週間」、常人では間違いなく「全治六週間」なんだけど、朝青龍関の治癒力というか根性というか身体能力というかが常識外れ、スーパーサイヤ人級で、「まさかあの身体でサッカーができるなどとは、想像だにしなかった」というのであれば、話は別だが。
指定医制とかないのかね、相撲協会には。