4月23日、沖縄へ向かう飛行機の中から。離陸直後に撮った写真。
あ。今、デジカメも離着陸時にはNGでしたっけ。申し訳ありません。
仕事中、浦添の高台から海を臨む。
62年前、この海を、米軍艦船が、それこそびっしりと埋め尽くしていたわけだ。その夜に行ったお店も、もともとは米軍相手にできたのではないだろうか。
内装も、結構ゴージャス。ゴージャス? コロニアル様式、なのかな。そのあたりは、よくわかりません。
で、やっぱりオリオン、と。
この後、泡盛に移行するわけだが、しかし、思うに、洋食だと、シメにコーヒーとデザートがある、あれがいいのかもしれません。「シメ」という意識が生まれるという意味で。「お酒は、そろそろやめておくか」と思わせるという意味で。(これは、後の三島・函館編の伏線。)
4月24日のフーチバーそばです。
小鉢は、クーブイリチーというやつかな。昆布の細切りを炒めたもの。そば、お店で手打ち、というだけあって、今まで食べたことのあるそばとは、やはりちょっと違いました。
この一週間に、沖縄と函館に行ったわけですが、そこでの発見。何を今更、かもしれませんが。
『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』第1部で、啄木の短歌「ふるさとの……」を取り上げました。
あの感覚は、ぼくが初めて上京した23年前、そして、上越や東北の新幹線ができるまでは、生きていたと思う。
上野駅の、夜行列車「能登」号発着ホームの、あの一種独特の雰囲気。ぼくの記憶の中では、「暗い」というイメージに集約されますが。それに乗って、帰省するわけですけど。帰省シーズンは列車が混んでて、デッキに新聞紙しいて座ったりして、便所(トイレ、ではない、断固「便所」と言いたい)からは、すえた匂いが漂ってきたりして。おばあさんが、カギもかけずに便所に入ってたりして、「おおお、おばあさん、カギぐらいかけられまん!」となったりして。
急行「能登」号について語りだすと際限がなくなってしまうので、このへんにしておくとして、今回、思ったのは、もし啄木が現代に生きていたとしたら、「ふるさとの訛りなつかし/羽田空港の喫煙所の中に/そを聞きにいく」と歌ったんじゃなかろうか、ということです。
えーと、
国語力検定ブログ的には、先に引用した「ふるさとの……」という部分だけで、啄木の元歌を想起していただきたいところですが、みなさん、いかがでしょうか。
三島・函館編は、日を改めて。