少し前、こんな見出しの新聞記事があった。不正確かもしれないが。
《道産羊をめぐる冒険》
たしか内容は、北海道産ラム肉が稀少品・貴重品になっていて、増産にこれ努めている……といったもの。
別に「冒険」でもなかろう、と思うのだが、記事中でも「羊をめぐる冒険」というフレーズが使われている。
記者さん、使いたかったんでしょうねえ、このフレーズ。
わかる人にはわかるだろうが、これ(「羊をめぐる冒険」)、村上春樹氏の小説のタイトル。
わかる人にはわかるだろうが、と書いたが、はたして読者のうち、どれくらいの割合の人が、「ああ、村上春樹か」とわかったんだろう、と、それが気になった。
村上春樹は、すでに日本人の共通教養となっているんだろうか(共通教養としてよいのだろうか)、ということである。もしそうであれば、国語力検定に出題せねば……じゃなくて。
ちなみにぼくは、カミサンが本を持ってるから知ってたけど、じゃなきゃ「え? 何が冒険なわけ?」と思っただろうな、この記事を読んで。なわけで、家の書棚に「羊をめぐる冒険」はあるんだけど、実は読んでないし。
新聞記事には、この手の、文学作品のタイトルをもじった見出し、割と目にするが、あれって、すべての(とまでは言わないが、ほとんどの)読者に向けて「みなさん、当然わかりますよね」というよりも、「ぼくは読んでますが、みなさん、わかります? いや、いいんです、わかる人だけニヤリとしてください」的な感じが、どうもしてしまう。
ま、ぼく自身もそういうことしたりするんだけど、でも、ブログと新聞じゃ、ちと違うんじゃないかな、と思った次第です。
昨日の夕刊(朝日新聞)に、《「悲しき熱帯」を歩く》という見出しの記事があって、さすがにこれには、「悲しき熱帯」についての解説がついていた。それがきっかけのネタでした。
えーと、学生時代に神話の勉強をしたんで、文化人類学もちょっとかじってて、その関係で読んでいたんですよ、「悲しき熱帯」の著者。
記事中の、「クロード・レビストロース」という表記が、ちょっと気になったが。
いや、ずっと「レヴィ・ストロース」「レヴィ=ストロース」という表記に馴染んでたのもあるが、「レビストロース」という表記だと、「レビスト/ロース」だと思われかねないんじゃないかな、と。
「プエルト/リコ」じゃなくて「プエル/トリコ」、「エル/サルバドル」じゃなくて「エルサル/バドル」、「クアラ/ルンプール」じゃなくて「クアラルン/プール」だって、ずーっと思ってたもんなあ。
※追記:ウィキペディア情報では、「羊をめぐる冒険」、《2002年時点までに、単行本・文庫本を合わせて247万部が発行されている。》とのこと。すげーな。共通教養かも。何だか読まなきゃいけないような気がしてきた。……こうして、売れるものは、雪ダルマ式に売れるんだなあ。漢検が「二百ン十万人の漢検」というキャッチを使うのも、むべなるかな。
※追記2:カミサンに、「で、『羊をめぐる冒険』って、どんなお話なわけ?」と聞くと、「うーんと、何だったかな、いろんなフェチがいるように、耳フェチもいるって話だったっけ」の由。……やっぱり、読むのやめるかな。
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ロドリク・ブレースウェート『モスクワ攻防1941』(白水社)読了。

「へえ」と思ったのは、1940年時点でのモスクワが、ほとんど木造建築で占められていた、ということ。
モスクワもヨーロッパ的な都市景観を持っている、こう、石造りの教会やら商店やらアパートが立ち並んでいる、という印象だったんですが。
あれ、中味は木造で、表面に薄い石を貼り付けている、というものが多かったそうです。
なんだか、正面は大理石仕上げとかタイル貼りとかでキレイな商店もしくは商店街なんだけど、側面&背面から見ると、築何十年の木造家屋やトタン貼りの家屋が連なっている……という、地方でよく見られる光景を思い出してしまいました。
また、庶民の住環境自体も、よろしくなかったようで。
《ボリシェヴィキーのあらゆる気宇壮大なスローガンとはうらはらに、庶民にまともな住宅設備を提供するという都市住宅政策の当然の目標は、当面の課題のなかでいつもあとまわしにされた。(中略)モスクワの住宅の四分の一以上に水道が引かれていなかった。一九四〇年に一人あたり居住面積の公式の最低基準が約四平方メートルに切り下げられたが、これは一九一二年の平均数字の三分の二以下だった。》(p44)
一人4平米! 江戸時代の長屋みたいなもんか。6畳一間に家族4人とか。
おれ東京に住んでたときのワンルームが、たしか16平米ぐらいだったよな。あそこに4人。ちょとカンベン、という感じだな。2人でも狭いと思ったもん。いや、2人で暮らしたことはありませんけどね。
しかし、若者たちはモスクワを目指す。
《「大都会での生活はこたえられない魅力をもっていた」とアレクサーンドル・ジノーヴィエフは回想する。「旧弊な田舎暮らしには、うんざりしていた。私の家族は土地に根をおろした生活をしていたし、快適な大きな家ももっていた。モスクワではわれわれは一〇平方メートルの一室に一〇人で暮らさなければならなかった。一人あたり一平方メートルだ。想像していただけるだろうか?! それでもわれわれはモスクワ暮らしを選んだ」》(p47)
一人1平米! 座って半畳、寝て一畳の世界ですな、こうなると。
独ソ戦が始まった直後は、さすがのスターリンもヘコんでいたようで。
《六月三〇日、政治局の面々は全員一致で「近い別荘」のスターリンに会いに行くことにきめた。一同が別荘に入ると、スターリンはくずおれるように椅子に座っていたが、妙に不安そうな声で「きみらはなにしに来たのかね?」とたずねた。自分を逮捕しに来たと思ったらしい。》(p136)
権力というものを考えるうえで、非常に興味深いシーンです。このとき、誰かがスターリンを逮捕しちゃってたら、今の世界は、どうなっていたんだろう。
しかし現実は逆に、これまで以上にスターリンに権力を集中して、戦争指導をお願いしたい、となったわけです。
その結果、
《スターリンのほうでは、同僚たちには自分を排除してやってゆくだけの勇気がないと判断したにちがいない。長年にわたって彼らを凶暴に弾圧し、しかも現在のポストにとどまれば今後も同じことをやるにちがいない人物を打倒するだけの度胸もないふぬけ連中なのだ、と。彼はおおいに自信を強め、側近にたいする侮蔑の念を深めたにちがいない。》(p137)
と、まあ、こういうわけです。
ジューコフという人は、独ソ戦の英雄とされたそうですが、そのジューコフが命令したこと。
《四一年九月、レニングラート滞在中のジューコフは、機銃を後退中の大隊に向けるようみずから命じた。その数日後には、ドイツ軍に人間の盾として利用されるロシア民間人といえども容赦するなとのスターリン命令にはげまされてのことと思われるが、彼はさらに一歩をすすめて、敵に投降した者の家族は射殺せよと命じた。》(p234)
退却したら射殺、投降したら家族も射殺。
これ、もし戦争に負けていたら、「そんな命令を出すから負けたんだ」と言われたでしょうね。でも、勝てば英雄。そんなもんだろうな。
さて、スターリンは、同じようなことを、軍の司令官レベル、将官にまで実行しました。
《同じような非情な措置を、スターリンは軍司令官らにたいして講じ、国境地帯での惨敗の責任者らをすばやく処断した。(中略)四名の将官は官等級剥奪のうえ銃殺刑を宣告され、刑はすでに執行された、とスターリンは告げた。》(p234〜235)
将官が、戦闘に負けたら銃殺かあ。ここは、日本と大きく違うな。日本は、上に甘かったもんな。
第二次大戦での、各国の戦死者数について。
《英米軍の戦死者一人あたりの日本軍の戦死者は七人、ドイツ軍は二〇人》(p516)
ふーむ、日独は敗戦国だもんな、そりゃ英米に比べて多いでしょ……といった感想を持つことと思います。あるいは、へー、ドイツは日本よりも激しく激しく戦ったんだな、といった感想。
しかし。
《ソ連軍は八五人であった》(p516)
《第二次世界大戦の戦闘の五分の四は東部戦線でくりひろげられた。Dデー〔連合軍ノルマンディー上陸〕以後でさえ、ドイツ軍総兵力の三分の二は東方に配置されていた。じっさいのところ、もしロシア軍と戦っていなかったら、ドイツ軍は全員フランスにいただろうし、Dデーもありえなかっただろう。(中略)この戦争に勝ったのは自分たちだとロシア人が信じているのも、ふしぎはないのだ。》(p516〜517)
まあ、それだけの犠牲を払ったんならね。そう思わんと、やりきれんでしょう。
では、ソ連は、なぜ負けなかったのか。ソ連が、負け寸前のところでも、国民を戦いに駆り立てることができたのは、なぜか。
《スターリンのヒロイックな非情さ、あるいは彼の意思をあらゆるレベルに押しつける党機構の能力には、ほぼ疑問の余地がない。(中略)包囲下で頑強に戦い、退却してもあきらめず、国土を固守し、反撃に出ることができたのは、スターリンの非情な意志の力によるところが大きい。(中略)全体として見れば彼は動揺しなかった。部下の司令官らにきわめて残酷にハッパをかけた。》(p534〜535)
ご覧のように、500ページ超ありますので、お時間のあるときにでもどうぞ。
ただ、「訳者あとがき」(p545〜548)だけでも、読んでおくとよいかと思います。歴史について、なかなかよいことが書いてあると思いました。
その中で、1つ、歴史研究における問題点を指摘しています。
《マル秘文書は事実をありのままに述べているからこそ公開されなかったのであり、秘匿度が高ければそれだけ真相に近く、逆に文書の形で残されていないことがらはすべて疑ってかからねばならないという思いこみである。だが、すべての公文書が真実を語っているわけでもなく、すべてが後世に残されたわけでもない。》(p546〜547)
なるほど。後世に残したい歴史をでっち上げて、100年間マル秘にしておく……ミステリのネタになるかな、これ。