昨日は映画『ET』を観る。実は初めて。むかーし評判になったこと、むかーしだけじゃなくて今でも有名なことは知っているが、そしてテレビでも何度か放映されたのかもしれないが、観たことがなかった。
世間では名作だー名作だーと言われているようなので、かなり期待しつつ観始める。
1時間経過。
うーむ。たいして起伏のあるプロットでもないし、何が面白いのだろうか。
公開当時、リアルタイムで観たというカミサンに聞いてみる。
「おい、これ、どこがそんなにおもしろかったわけ?」
「いやー、自転車で空飛ぶシーンとかさ」
そんだけかい。
2時間経過。終了。
「おい、これ、どこがそんなにおもしろかったわけ?」
「いやー、自転車で空飛ぶシーンとかさ」
まあ、終了直前に、もう一回、自転車で空飛ぶシーンあったけどさ。でも、そんだけかい。
「子どもにも、安心して見せられる映画なわけよ。そこがウケたんじゃない?」
なるほど。そう言われてみると、洋画の割にはきわどいシーンが皆無だったな。納得。
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ヴィットコップ編『ドイツ戦歿学生の手紙』(岩波新書)読了。
1938年初版発行、2008年7月第9刷発行。すげーな、岩波新書。
しかもその間、増補も改訂もなかったようで、旧字旧かなのままである。
印刷の状態を見るに、多分、どこかの時点で本文を画像データ化したんでしょうね。
ノンブルを見ると、古い版のままの、いかにも活版、というものと、おやおやフォント、というものが混在していて、なかなかおもしろい。
『きけわだつみのこえ』と対比されることが多いようだが、そして『きけ〜』のほうは大学生のときに読んでそれなりに感銘を受けたのだが、こっちは未読だった。
こっちを読んでおくべきだった……と書くと、語弊がありますね。こっち「も」読んでおくべきだった、です。と、ちょっと国語力に絡めてみる。いや、マジメに、これ、学生時代に読んでおくべき本でしょう。
『きけ〜』よりも、戦場に放り込まれた学生の、素の姿が現れているかな、と。そう感じました。反戦思想とか、軍国主義思想とか、そういったことを抜きにした、素の姿。もっとも、そういった思想を読み取るのは、常に生き残った後世の人間なんですが。
印象に残った箇所を、新字新かなにして、いくつか引用。ちなみにこれ、1914年から1918年まで、書かれた年の順に手紙が収録されています。
《生命がどんなに美しいものかということは、生命が危険にさらされている戦場に出て始めて分かります。》(p43)
これはまだ、前線に出て間もないころ。とまどっている様子がうかがえる。
《戦争の現場から家へ誇張した報告を送ることの出来るものは――戦場で何も体験しなかった人だ。事実を描く、というのか。あるがままを描くことは決して出来ない。》(p52)
ある程度の経験を積んだ後の言葉ですね。
《前進、突撃、ワーッ、ワーッ――それは全然失敗でした。何故なら第一に友軍の部隊が我々の前にいたからです。その部隊は絶えず前からばかりでなく、後からも味方の戦友から射たれたのです。その数日間ドイツ軍の弾丸で倒れたものが少くありませんでした。》(p58〜59)
このくだり、戦時中の日本なら、検閲でカットされちゃうんじゃないかな。てか、翻訳の初版が出たのが昭和13年。中国との戦争は、すでに始まってるよな。他国のことだからよし、としたのか。
《世の中には獲得し遂行し享受するに値するものが何と沢山あることだろう。/(中略)自分にはこの人生でまだなすべきこと言うべきことがある。(中略)生きたい気持、生きようとする気力は日ましに大きくなる。大いなる人生を無造作に放棄してしまうのには、自分はまだ人生を知らなさ過ぎる。(中略)ああ、生命を断念することは極めて容易だと考え、始めは極めて軽率にそのことを話したが――今は「おお、女王様、人生は矢張り美しゅうございます!」》(p63〜65)
《名誉の戦死、美しい死について、あたたかい部屋の中で恐らく感激をもって書かれた、多くの「美しい詩」は、今は苦い微笑をもって読まれます。》(p73)
次も、まだ戦争状態にあったとしたら、とても公にできなかったと思われるくだり。
《フランス軍はしばしば攻撃したが、今のところまだ我々の線の小部分を占領しただけだ。所によって突き出た塹壕では十メートルそこそこのところで彼我対峙している。最初は手榴弾を投げ合ったが、その後はもう投弾したり射撃したりしないよう協定した。終いには葉巻、巻煙草、金、手紙などを交換した。(中略)フランス兵は夜頻繁に手榴弾を投げるよう命令されたが、「ドイツの戦友」との約束にもとづいて塹壕の左右に投げる。(中略)こうした出来事はすべて、フランス兵が我々と同様強く平和を願っていることを、またもし彼らの願い通りになるものなら、とっくに平和になっていることを示すものだ。》(p88)
ここで、開戦後2年ぐらいが経過している。独仏とも、ウンザリしてきた様子がうかがえる。
《まる一週間、或いは一週の半分でもただぶらぶらと過ごすことが、戦争後に出来るとは思わない。どんなに自分が仕事を怠って来たか、自分自身の、そしてまた愛するドイツ国民のための仕事を怠って来たかが、明らかになった。だから今の時代の真剣な警告としてこういっておこう。「君に与えられている時期を、自分自身の有益な仕事のために利用せよ」と。僕たちは若く、することは実に沢山あるのだ。楽しい仕事と努力――その上ではじめて愉快な娯楽と生活の享受に対する資格が出来るのだ。》(p100)
もう若くはありませんが、この警告、受けとめました。
最後の引用は、開戦後2年以上経過した時点のもの。相当ウンザリしている様子がうかがえる。
《依然として戦闘は全戦線にわたって激烈に続いている。依然として敵は戦争を決定し勝利を確保しようと試みている。――我が部隊の英雄的な粘りは、今日の戦争の最も恐ろしい手段に抗しつつ、敵から勝利の希望を奪っている。数日のうち、恐らくは数週の後に漸く、戦争はまたもとの未決定の、待機の状態に沈むだろう。双方とも巨大な努力と犠牲を傾け、更に恐るべき手段をととのえて、新たな力攻を試みる。だが、それもまた無効で幾十万の働き盛りの人命を失うことに終るのだ。こういう風に続けて、いつ・・・・いつ・・・・まで?》(p126)
これ以降は、かなり暗いトーンになります。
ところで、この本にせよ『きけ〜』にせよ、読者の頭の中には、「せっかく大学まで行って勉強したのに、戦争で命を落とすなんてもったいない、さぞ無念だったろう」といった思いがないだろうか。
でもさ、死んで無念なのは、別に学生さんに限らない、誰でも無念なんであって、それをことさらに「学生さんだから(無念さはより大きい)」と考えるのは、一昨日の記事との関連で言うと、これも命に位をつけているんじゃないか、と、ふと思った。