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「銚子市長、市議に肉」から大飢饉へと、国語力検定

[2008年09月07日(日) ]

いやー、相撲ネタ、精密検査の結果は8日に出ると聞いていたので、昨日軽く書いてみたんですが、アップした直後に、ネットのニュースで「精密検査も陽性」と流れて、ちとビックリ。

夜、記者会見の様子をテレビで観ましたが、同席した弁護士さん、なかなかステキな弁を振るっていらっしゃいましたね。

でもさ。検査結果が信用できないって言うんなら、最初っからその機関での検査を拒否すればよかったのに。

自分が希望する結果を出す検査機関=信用できる、そうじゃない機関=信用できない、ていうことなら、そもそも検査する意味があんましないような気もするし。

国語力的には、「検査」という言葉の意味をグラつかせたという面白さを感じなくもないが。



そうそう、9月5日朝日新聞夕刊の社会面に、ちょいと面白い見出しがあったんだ。

「銚子市長、市議に肉」

なんだ?と思うでしょ。

《条例案採決前日の先月21日、条例に反対する市議の自宅を訪れ、実家が経営する精肉店の豚肉約1キロを渡していたことがわかった》由。

大船商店街の肉屋さんでは、国産豚肉・しょうが焼き用・サービス特価品が、たしか100グラム55円だったよな。550円分の贈り物。……てことはないか。ブランド豚か何かでしょうかね。

その結果、条例案はどうなったか。

《22日の臨時市議会では(中略)1票差で可決成立した。》

おお、豚肉1キロの効果か! と思ったら。

《肉を受け取った市議は反対したという。》

……効いてねーじゃん、豚肉1キロ。

市長さんは、《遠い親せきで、夏にシジミを2回もらったお礼の軽い気持ちだった》と釈明しているそうだが、ここでふと思ったのは、市長から市議への豚肉1キロが糾弾されるのであれば、市議から市長へのシジミ2回も糾弾されなければならないのではないか、ということ。

と、書きましたが、ホントのところの疑問は、豚1頭とかならともかく、豚肉1キロや、あるいはシジミ2回が、ワイロとして有効なのか、ということです。贈ったご本人も、ワイロ性を認識していたのだろうか、ということです。

たとえば、終戦直後とかだったら、豚肉1キロも、十分ワイロ性を持ちえたとは思いますが。

「なんだよあいつ、反対したのに豚肉もらってんじゃねーかよ、賛成したおれらに豚肉はねーのかよ」といったところから発覚したんじゃないかなあ、と、これはあくまで想像です。



清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(吉川弘文館)読了。



まさに、教科書が教えない歴史。

なんて書くと、ある種のイズムを感じちゃう人もいるかもしれませんが、そういう意味での「教科書が教えない歴史」ではありません。全然違います。

ある特定のテーマに絞って、それを様々な視点から考えてみた、という趣きかな。しかも、現代を参照しつつ。

へー、歴史って、おもしろいじゃん、と感じられると思います。

日本史の教科書のつまらなさにウンザリしている人は、ぜひ。

なわけで、いくつか引用。

室町幕府が、公定価格での米の販売を命令した法令。

《「古米六升・新米八升、売るべし」》(p42)

古米なら六升を100文で、新米なら八升を100文で販売せよ、という命令。

……ん?と思った人は、いますかね。

そう、これだと、同じ金額なら新米のほうが多く買える、つまり新米より古米のほうが高い、ということになっちゃうんですね。

ちなみに、古米のほうが新米より高価、というのは、近世の史料にも見られるそうです。

さて、これ、どうしてか、わかります?

ヒント。昔は、味の良し悪しよりも、もっと大切なことがありました。

答え(正確に言うと、著者の推理ですが。ただ、ぼくは「なるほど!」と思いました)。

新米を炊くときは水を少なめに、古米を炊くときは多めに、と言いますよね。

これは、コメに含まれる水分量によるものですが、古米のほうが水分量が少ないため、炊くときにより多くの水が必要になる、つまり、炊き上がったときの分量が増えるんですな。

大体、新米の1.2倍くらいの量になるそうです、古米は。

昔の人は、味の良し悪しよりも、腹一杯になれることのほうが、ずっと大事だったわけです。

なるほどー。

……ウチも今度から古米にするか。現代では、古米のほうが安いし。

都市について。

《見た目の華やかさに反して、現実の都市の生活はいつも過酷な実態をもっていた。物価問題や衛生問題、あるいは治安問題、これらは超歴史的に都市生活の負の属性と考えられている。事実、歴史人口学の成果によれば、ヨーロッパや日本では前近代の都市部の死亡率は農村部よりも高く、周辺部からの人口を吸収するわりに都市自体の人口再生産力は低かったという。/こうしたことから、歴史人口学では「都市」はしばしば「アリ地獄」と形容されるし、ヨーロッパ史では「都市=墓場説」なる学説まで存在する。あるいは、同じことを多少ドライにいって、都市を増えすぎた周辺人口を吸収する「人口調節装置」と定義する場合もある。》(p182〜183)

農村で増えすぎた人口を都市に送り込む→農村よりも都市のほうが死亡率が高い→都市でたくさん人が死ぬ→全体としての人口が適正に保たれる、というわけですか。

そういや、昔、「東京砂漠」って歌があったな。

大飢饉の記憶について。

《これらの地域の人々にとって、室町時代の大飢饉は決して遠い昔の歴史上の出来事ではなく、いまも地域の歴史の重要な画期として生々しく記憶されているのである。》(p206)

この引用だけじゃ、わかりにくいですね。

地域に古くから伝わるお祭りには、大飢饉を起源とする(大飢饉の際に雨乞いのお祭りをした、あるいは大飢饉をかろうじて生き延びた人たちがお祭りをした、など)が多いそうです。

お住まいの地域のお祭りがどうして始まったのか、調べてみるとおもしろいかもしれません。

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