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モンゴル巡業と猛毒大国中国と、国語力検定

[2008年08月29日(金) ]

大相撲のモンゴル巡業、ワイドショーだけを見ていると、一点の非の打ち所もない成功のような印象を受けますが、新聞系メディアには、こんな記事も。

asahi.com2008年8月27日19時16分より。

《ただ、あっけない相撲も多く「まじめにやれ」と怒声も飛んだ。(中略)マインバヤルさん(27)は「本場所と巡業は全然違う。日本人力士にもっと勝ってほしかった」と口にした。》

ダメじゃん、手ぇ抜いちゃ。

ダメだな、テレビの情報だけじゃ、と思った次第。と、たまには新聞というか、活字メディアを持ち上げてみる。

てか、モンゴルのみなさん、ある意味目が肥えていらっしゃいますなあ。



久々に読書日記。

ピーター・バーク『文化史とは何か?』(法政大学出版局)読了。



学部学生向けの入門書ということで、そんなにおもしろいものではありません。文化史に興味のある人にとっては、紹介されている文献・論文が、以降の読書の参考になる、といった感じですかね。文化史に興味のない人は、読まなくてもいいでしょ、これ。というわけで、引用はナシ。

個人的には、今後読む本リストに、『敗者の想像力』『チーズとうじ虫』『においの歴史』『快楽戦争』『ルイ14世』『ヨーロッパの形成』を追加。



続けて、鈴木譲仁『「猛毒大国」中国を行く』(新潮新書)読了。



オリンピックも無事終わったことだし、紹介してもいいでしょ、ということで。

まー、でも、猛毒大国ぶりを表わす個々のエピソードの紹介は、控えておきましょう。

しかし、中国、大丈夫か。

高度成長期の日本みたいなもんでしょ、あの頃は日本も公害がひどかったしなあ、いずれ中国も……と思っていたのだが、そう上手くはいかないような気がする。今のままの体制だと。

いくつか引用。

《「中国の新聞の読み方は、簡単だ。政府が『順調に進んでいる』という案件はすべて上手くいってない。『困難な問題が起こった』と書いてあるときはすでに解決策は見つかっている。『これはもう、安心してよい』と強調する時は、一番危険な状態だ」》(p38)

国民全部が、これをわかってて読んでいればいいんですけどね。……でも、それじゃ、わざわざ報道を現実と違える意味が、あんましないような気もする。ここで、シニフィアンとシニフィエ……なんて話をすると、かなり国語力的なんですが、ウロ覚えなので中止。

ただ、字を読めない農民も、かなりの数、存在するそうですね、この本によると。

格差社会ぶりについて。

《普通の国家で0.2〜0.3、0.4を超えた国は社会不安を起こすと言われているジニ係数も直近の数字で、脱税や汚職、二重所得などの非正規収入を入れると、すでに0.6を超えた異常水域に達していると某経済学者も警告している。/これは南米やアフリカの一部国家のように、いつ暴動が起こっても不思議ではない「動乱線」を超えた社会不安を生み出す状態だ。》(p181)

農民は、何やかやで5割ぐらいアガリを持っていかれるそうです。江戸時代かよ。共産党が支配する国で、共産主義革命が起きるかもね。

メディアへの規制は、それを警戒して、ということのようですが、でも、かつて革命が起こった時代は、メディアなんて全然発達してなかったよなあ。

《私の知人のある共産党幹部はオフレコの話として、「現在の中国はヤクザ資本主義だ」と打ち明けてくれた。未だ資本主義、民主主義の社会基盤があまりに脆弱だ、という指摘だ。形骸化した共産主義と権力集中制の一党独裁政権の傘に保護された強者はより一層、増長し、それ以外の弱者を飲み込んでいく。権力と癒着した者だけが勝つ、ルールも無い世界はまさに「ヤクザ資本主義」である。》(p195)

文字通りのヤクザが、地方自治体のエライさんになっているケースもあるそうです。逆か、地方自治体のエライさんが、ヤクザ的存在になったのか。



もう1つ、井村順一『美しい言葉づかい――フランス人の表現の技術』(中公新書)読了。



タイトルを見て、国語力的に役立つかと思ったのだが、メールマガジンに一節を引用できただけで、あとは伝記的、仏語学的記述が中心。あまりネタは拾えず。

でも、一箇所だけ引用しておこう。

《話し方の技術は努力しだいで習得できる。だが「会話」を行うためには、それ以前に大切な要件があったはずだ。「会話」とは何であるかを意識することである。(中略)「会話の好きなフランス人」は、一般的に言ってわれわれよりも「会話の技術」に長けていると思う。だが、これとても努力しだい追いつくことができる。そして、われわれの周囲にもいま言った意味での「会話の場」が増えていくことが望まれる。人に喜びをあたえ、みずからも喜びを享受することは、得がたい価値をもつからである。》(p191〜192)

17世紀の、いわゆるサロンが、美しいフランス語の起源だそうだが、日本にはすでに10世紀に、同じく洗練された会話を楽しむ中宮定子のサロンがあったよな。……と、別に張り合うこともないか。

日本にもサロンはあった。が、フランスとの違いは、現代との断絶の度合いの差、といったところでしょうかね。

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