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新入社員と子育てパパと8月15日神話と、国語力検定

[2008年07月22日(火) ]

20日の夜に30分ぐらいかけて書いてパーになって、翌日、書くのを忘れたこと、思い出した。

7月20日付朝日新聞朝刊の、ある記事を読んで思ったことだ。

「新入社員 今どきの育て方」というタイトルの記事。

そこに、《「単純作業ばかりで意欲が下がってしまうんです。何とかしたいのですが……」》と、涙を流してメンターに訴える新入社員が取り上げられていた。

メンターさん、きれいな言葉でまとめたアドバイスをしていたが、それ以前に、「キミ、その発言、ひどく傲慢に受け取られる危険性があるから、気をつけたほうがいいよ」と言ってあげたほうがよいのではないか、と思ったのである。



なんでそれを思い出したかというと、あんまりつながりはないかもしれないが、昨夜、「お父さんも子育てに参加しよう」といったテーマの番組を観ていて。

そこに出てきた、あるお父さん、会社にばかり時間をとられる原因は、一日に5回もある会議のせいだ! これをなくせばいいんだ!と、会議をなくした由。

……一日5回ってのが、そもそもおかしいだろ、と思ったのである。

これ、何かものすごく進んだ、すばらしいことをしたのではなく、ヘンなことがフツーになった、という事例なんじゃないか、と思ったのである。

一日5回あった会議をなくした!と、胸を張って言われてもなあ、と思ったのである。



佐藤卓己『八月十五日の神話――終戦記念日のメディア学』(ちくま新書)読了。



これ、高校生が読むといいんじゃないでしょうか。教科書によって、終戦・敗戦・降伏の取り上げ方が微妙に異なることがわかります。事実は1つのはずなのに、なんで?と考えるところが、今まで学んできた(教え込まれてきた)歴史なるものを振り返ってみるきっかけになるでしょう。

正面から取り上げるのは、やや差し障りがあるようにも思われますので、脇筋からいくつか引用。

《メディアによって整理され再編された「記憶=歴史」の上で、私たちは自分の体験を位置づける。同時代を生きた人間の記憶も、そうしたメディアが再編した「歴史化した記憶」の枠組みから自由には存在しえない。》(p27)

……ありゃ。これは脇筋じゃなくて、本筋か。

テレビで観たことが、いつのまにか記憶のなかで「体験」になっちゃってることって、ありますよね。

《夏の甲子園野球大会(中略)は、一九一五(大正四)年、大阪朝日新聞社主催で開始された。夏休みの「記事枯渇」に対応して記事を量産するために企画されたメディア・イベントである。(中略)自ら主催し、呼び寄せ、取材し、そして批評する。記事はいくらでも生み出すことができる。甲子園大会はそうした夏のニュース製造機であった。》(p156)

他の競技じゃ完全黙殺されるようなエピソードというか、小ネタ満載だもんなあ。しかも、地方大会の段階から。いや、地方大会開催前の段階から。

んもう、暑くて取材大変、という話は聞くけどね。

《韓国の国史教科書で、日本が登場するのは植民地時代に集中しており、「戦後」現代に日本はほとんど登場しない。それゆえ、朴振東「韓国高校生の目で見た歴史教科書」(二〇〇〇年)によれば、韓国の高校生の約半分以上は、日本の「正式国名」をまだ大日本帝国と認識している。》(p219)

へー。そうなのか。教科書の効果ってのは、すごいね。

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