昨日も今日も、ちょっとだけ仕事をする。
明日、休もうかと考えているためだが、さて、天気も悪そうだし、どうしよう。
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三島の街を散策中、なかなか楽しい看板を見つける。
吐く人が多いんでしょうなあ。
大学も近いしね。
二十代のころは、自分もよく吐いたもんだ。
……すいません、三十代でも吐いてました。
さすがに、四十過ぎてからは、吐いたことないな。
少しはオトナになったってことか。
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広瀬隆『持丸長者[戦後復興編]――日本を動かした怪物たち』(ダイヤモンド社)読了。
広瀬隆さんと言えば、ぼく的には『危険な話』である。
大学生のころ、かなり流行った記憶がある。『危険な話』。
てか、バイト先の同僚に「ぜひ読め」と言われて貸してもらったんだっけか。
メンタリティというか問題意識というか、基本的なところは変わっておられないようである……ウロ覚えですけどね、『危険な話』の内容。
ごく少数の例外を除き、軍人や政治家や資本家を、激しく嫌悪していらっしゃるようだ。わからなくもないが。白洲次郎さんも、ボロクソに書かれている。確かに、いろんな視点からのものを読んだほうがいいとは言える。
敗戦直後、備蓄してあった国家予算1年分ほどのカネ・モノが、特権的な立場にあった人たちによって山分け状態、というのがおもしろかった。おもしろかった、というか、なんだかなあ、というか。当時、そうしたのはわからんでもないですよ。でも、今からでもいいから、「当時はすんませんでした、返しまーす!」という気は起こらんものなのか。
一箇所だけ引用。
《なぜわれわれは、いま、この戦後史を正確に知っておかなければならないか。/尋ねるだけ、野暮である。》(p38)
ちょいとおもしろかったんで引用しました。
いや、もちろん広瀬隆さんは、「以下、読んでもらえればわかるだろう、だから『尋ねるだけ野暮である』のだ」という意図なんでしょう。
Z会の問題の解説で、「なぜ、この問いの答えがこうなるのか。/尋ねるだけ、野暮である」と書いてみたら、ウケるだろうなあ、と思って。ウケないっすね、すいません。
でも、かつて、ごく限られた人のための
Z会だったころ(まだぼくが
Z会で働き始める前ですね)、実際、「なぜこれが正解かは、諸君には解説するまでもないだろう」といった旨の解説もあったと聞いたことがある。
当時は、そりゃまたなんと高踏的な、と思いましたが、今から考えると、それでペイをもらえたわけで、いい時代ではあった。「まず自分で考えてみよ」という意図もあったんだと思いますが。
今は、それ、通用しないでしょうね。
手取り足取り、が主流ですもんね。
それが逆に、対象をスポイルしている面もあるのではないか。
難しい問題だ。