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補給戦からの引用と、国語力検定

[2008年06月21日(土) ]

今日は平和学習……じゃなくて、国語力検定問題ネタ探し。

これについては、明日以降、改めて。

いやー、昨日は、なかなか有意義な一日でした。今日も実り多い一日になるでしょう。



マーチン・ファン・クレフェルト『補給戦――何が勝敗を決定するのか』(中公文庫)より、いくつか引用。



《一つの新型装備を設計し完成させるには何年もかかるだろうし、さらに現有装備を大量生産するには数年かかるだろうが、戦術的条件――政治的条件は言うに及ばず――は、数週間または数日間の間にも変わりうるのだ。これらの事実を踏まえて、歴史上の偉大な軍人は、計画立案の時間的長さには限界があることを悟っていた。これを悟らなかった軍人は、必ずしも成功を収めなかった。》(p339〜340)

確かに、ベストなのは、「今・ここ」の状況に応じた計画を、タイムラグなく、すぐさま実行することだろう。「新型装備」や「現有装備」は、計画立案時点では有効なものかもしれないが、開発中、大量生産中に、状況にそぐわないものになる可能性がある。そしてその可能性は、開発・生産期間の長さに比例するだろう。……戦艦大和が、その例か。

企業で言えば、設計〜生産までの、いわゆる開発リードタイムを、いかに短くできるか、ということになろう。あるいは、そのプロセスに、状況に応じた変更を自在に加えられるかどうか。……企業じゃないけど、ダムや道路建設が、その(あまりよろしくない)例か。

《過去に存在したおびただしい数の司令官たちは、政治的運命の変遷や戦術的条件の変化によって、理想的だと考えていた数量と種類に近い資源を使って、戦争をすることができなかったであろう。このことは、司令官にはある種の個人的資質が必要だということを意味した。例えば適応性、機略縦横、即製能力、そしてなかんずく決断力である。これらの素質を欠いていたら、いかに分析的頭脳を持ち洞察力の富んだ司令官でも、機械より劣るであろう。》(p340)

ある状況に応じた計画なり作戦なりを立てる。それを実行することによって、状況自体が変化することは、もちろん織り込み済みで計画なり作戦なりは立てられるだろう。ただ、計画や作戦の中の自らの行動は「予測」ではないが、状況自体の変化は「予測」に過ぎない。ウチがこうすると、競合やマーケットはこう動くだろう、というときの、「ウチがこうする」は確定したことだけど、「競合やマーケットはこう動く」は予測にすぎない、ということです。だから、もちろん外れることもある。にもかかわらず、計画や作戦に修正を加えない司令官は、「機械より劣る」というわけか。

ただ、それは司令官だけの問題でもないわけで。

《だが司令官がそうした資質を発揮するためには、柔軟性のある幕僚と、過度の組織化によってこちこちになっていない指揮機構が必要だ。》(p340)

加えて、以下のようなことも。

《軍隊の「中枢機構」が、その本体に比べてどれくらいの規模となるべきかは、正確には言えない。だがこのことと戦場での勝利との間には、なんら明確な相互関係がないことにも留意しなければならない。例えばナポレオンの皇帝司令部は果てしなく膨張して、遂には一万人という小型兵団になっていた。しかしこの大部分は無用の長物だった。なぜならナポレオンは常に自分ですべてのことをやっていたからである。大モルトケによって作られた組織は、恐らく二十数人の将校を数えるにすぎなかった。だが、いくつかの歴史上最も輝かしい勝利を収めることができた。》(p340)

司令部要員が一万人かよ。

名ばかり管理職……ちょと違うか。スタッフ要員がやたら多い企業、あるいは上位管理職がやたら多い企業のようなもんか。全体を見てればいいんだけどね。でも、そんなにやたら多くは必要ないでしょ。

昨日少し触れた、ノルマンディ作戦について。

《一九四四年に連合軍が収めた勝利は、あらかじめ作られた兵站計画を実施したからというより、むしろそれを無視したためだと言っても、必ずしも誇張ではないであろう。結局のところ勝敗を決定したのは、計画を無視し、その場で対策を実施し、危険を冒すだけの積極性があるかないかだった。》(p392)

で、結論。

《計画の立案とその実行の両面において、知性は中心的役割を果たさなければならない。われわれにはそれ以外によりよい方法がないからである。しかしながら、戦争とか人間行動の他の側面を理解するには知性という手段しかないと信じるのは、バベルの塔を作り罰を被った人々と同じように、自信過剰を証明するものだ。戦争においては、精神と物質との関係は三対一であるというナポレオンの格言の心理を承認すること。結局これが、機動作戦に及ぼす兵站を研究する際、われわれが学びうるところのすべてであろう。》(p392〜393)

納得しました。

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