スティーブン・ジョンソン『感染地図』(河出書房新社)読了。
1850年代にイギリス・ロンドンで発生したコレラの話なのだが、当時、日本でいうと幕末期にあたるのかな、のロンドンが、いかにクサい街だったかがわかります。いわゆるインフラもないところに、大量の住民が流入したんだから、やむをえない。産業革命や農地囲い込みとかも関係あるのかな。
それゆえ、コレラの原因が空気にあると当局が考えたこともうなずけるわけであり、また、それに疑問を持った一医師が、感染者をマッピングして感染源、すなわち井戸水を突き止めたことの画期性もうなずけるわけです。
地下室一杯に人糞を貯めてたそうだからねえ。アパート上階の人は、窓から裏庭に汚物を捨てるっていうし。
これじゃイカンと排水溝を作ったはいいが、そのままテムズ川に垂れ流し。水洗便所というのも、この時代にできたそうだが、そのままテムズ川に垂れ流し。激しく激しくクサかったそうです。
19世紀末には、「近代的な下水道」ができたそうなんですが、それでも、汚水を処理するんじゃなくて、テムズ川の河口にそのまま流す、その後は「外洋」に投棄していたそうだから、あんまし近代的とも言えんのじゃないかな。さすがに今は、そのまま外洋に投棄なんてことはせず、適宜処理していると思いますけどね。
クサいものにフタをする努力が近代であり、フタをしきれなくなった、さあどうしよう?となっている(なっていく)のが現代か。核廃棄物とかね。
科学技術の発達によって大量破壊兵器ができた、というのは話の半分で、人間が集中して住むようになったから大量破壊兵器が大量破壊兵器たりうる、というくだりには、「ほう」と思いました。
そういえば、昨日紹介した『戦争する脳』に、兵はメシを食うと同時に排泄する存在であることを忘れてはならぬ、ちゃんとしたトイレがあるか否かに兵の士気は大きく左右される、というくだりがあったな。「兵」は、そのまま「人間」にも置き換えられるだろう。フロぐらいはガマンできるけど、メシ食うのと排泄は、ガマンできんからね。
■
微妙に環境つながりで。
昨日の朝日新聞夕刊一面から。
環境ISOの取得・更新を見送る自治体が増えている、という記事。
どうやら、カネがかかるというのが、その理由の一つのようです。
《規格を取るにはコンサルタント料も含め数百万円が必要とされる。毎年の定期検査には初めて取得した際の3分の1程度の費用が求められ、更新では初回の約8割の費用がかかるという。》
岐阜県の担当者いわく、取得に800万円以上かかる、とのこと。
初年度800万。翌年・翌々年の定期検査で各250万としよう。
更新は3年ごとだそうだから、その次の年には640万。さらに翌年・翌々年の検査に各250万。
初年度−更新時の差額160万は、まあ最初にかかるやむをえないカネとして、そのままずーっと更新していけば、平均して年380万のカネがかかる。
なるほど、この規格の取得・維持費としては高い、という判断か。
一方、民間では、取得する企業が増加傾向にあり、07年末で、27678の由。
380万×27678=、と。
おお、1000億円産業じゃん、環境ISO。
何かモノを作るわけでもなく(つまり原材料費が全くかからず)、コストはほとんど人件費だけの産業だと思いますが、一体、利益率はどの程度なんでしょうね。
と、いったことにも興味を抱くのが国語力、かどうかは、保留。