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エデンとヤッターマンと、国語力検定

[2008年01月03日(木) ]

スタニスワフ・レム『エデン』(早川書房)読了。

なんとなーく、堪能しどころを間違ってる気がしてならない。アルコールのせいか。……国語力のせいかも。(垂渓庵先生、『エデン』については、もう語ってもらっていいっすよ! 『ソラリス』は、しばしお待ちを。)

暮れに読んだ『逝きし世の面影』つながりで、一箇所引用しておきます。

《どこかの高度に発達した種族が、数百年前、宗教戦争の時代の地球にやって来て、紛争に介入しようとした――弱者の側についてだ――と考えてみたまえ。その強大な力をもとに、異端者の火あぶりや異教徒迫害等々を禁じたとしよう。彼らの合理主義を地球上に普及させることができたと思うかね。当時の人類はほとんど全員が信仰を持っていたのじゃないかね。その宇宙の高度な生物は、人類を最後のひとりになるまで、つぎつぎと殺さなくてはならなかったにちがいない。そして彼らだけが、その合理主義的理想とともに残るということになっただろうね》(p222)

全然関係ないが、テレビを観ていると、「新番組、ヤッターマン!」という番宣をやってて、ちょっとビックリ。ヤッターマンって、たしかおれが小学生ぐらいのときにやってたよな。

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「もしもわたしたちがエデンに降り立ったとしても、これぐらいのことしか理解できないのだよ」……なるほど。たしかに。

人間の知性に対する懐疑、というのは、『ほんとうの〜』第1部のテーマの1つとしてすごくいいんじゃないかと思ったんですが、……難しそうですね。
Posted by:国語力研究所代表 at 2008年01月04日(金) 04:06
レムの作品を読む場合、すかっとした謎解きを期待するとえらい目にあいます。どうももやもやとしたものが残る場合が多いのです。もちろん、どの時期のレムを読むかによって多少異なってくるのですが、基本的にレムは人間の認識力あるいは科学による説明可能性を疑っているのだと思います。

エデンの場合はまだ科学あるいは科学者に対する楽天的な信頼があり、比較的謎解きがスムーズにいっていますが、それでもどうもすっきりしない部分が残ったはずです。それはたぶんレムが意図したことなのだと思います。もしもわたしたちがエデンに降り立ったとしても、これぐらいのことしか理解できないのだよとレムは言いたいのでしょう。そういう意味でリアルな展開なわけです。

言ってみればレムは人間の知性に十全の信頼を置いていないのですね。でもそうでありながらも、個と全の問題や個人のアイデンティティの問題、客観世界と主観との関わりなどの哲学的命題を作品のなかで追及するという面がレムにはあります。また、エデンやソラリスや天の声のような人間の認識の枠組みにうまく収まりきらない存在を、レム自身の懐疑の対象となっている知性の力で生みだしてもいます。そこらのある種矛盾しているとも言える絡み具合がファンにとってはこたえられないわけです。

とは言え、わたしは基本的にはレムが好きなのですが、時にレムのその超然とした姿勢にしんどさを覚えるときもあります。そんな時は田中啓文やアスプリンなどを読んだりします。

何やら異様に長大なレスになってしまいました。レムについてはいずれもう少し詳しくブログで書くことにします。
Posted by:垂渓庵 at 2008年01月04日(金) 00:07