[2007年11月16日(金) ]
昨日の夕刊社会面に、「おからを不法廃棄!」みたいな見出しが載っていて、「え?」と思った。
おからを捨てるなんて、なんともったいないことを……と思って、記事を読むと、なんと!
今は、おから、産業廃棄物扱いなんですねえ。知らんかった。半分は家畜の飼料にされるけど、あとは、ほとんど捨てられるとのこと。へー。なんてこったい。
99年の最高裁判決でも、「おからは産業廃棄物である」と言い渡された由。マジかよ。
これが飽食ニッポンってやつか。
でも、スーパーに行くと、おから、商品として売ってるよな。あれは、商品にするために、ことさらに作ったおからなのか?
三島に、笑栄通りという商店街がある。そこに、1軒の豆腐屋さんがある。
もう10年以上前になるだろうか、そこを通りかかったとき、店先に「ご自由にお持ちください」と書いて、ビニール袋に入ったおからが置いてあった。
ぼくは、ありがたく2袋いただいて帰り、家に帰って料理して、美味しく食べた。
つい先日、その豆腐屋さんの前を通りかかったところ――ビニール袋に入ったおからは変わらずにあったが、しかし、値段がついて商品になっていた。
それを見て、ぼくはむしろ、「おからもタダではなくなったのか」と思っていたのだが。
おそらく、こうなったのではないか。
もともとタダに近い→社会が豊かになって「わざわざこんなものを食べなくても」と、需要が減る→商品として出回らなくなる(余ったものは捨てられる)→おからを食べたことのない人が増える→ますます売れなくなる→ますます捨てられるものになっていく……。
このスパイラルを脱するには(何で脱する必要があるの?と問われると、「せっかく食べられるものを捨てるなんて、もったいないじゃん」程度の答えしかないが)、おからを美味さを知らしめるしかないだろう。
そこで1つ提案。
産業廃棄物処理場へ向かうトラックを、給食センターへ向かわせ、学校給食には必ず毎日1品、おから料理を入れることにすればよいのではないか。
マクドナルドは、顧客がガキの頃に自社の味を刷り込むことを戦略にしていると聞く。
同じように、ガキの頃におからの味を刷り込んでおけば、オトナになっても、「ああ、たまにはおから、食いたいなあ」となるのではないか。
現在20代の人たちは全く感じないだろうが、40代の人たちは、時々「クジラの竜田揚げ、食いたいなあ」と感じるように。