フィリップ・コトラー『社会的責任のマーケティング』(東洋経済新報社)読了。
コトラーといえば、10年以上前になるか、『マーケティング・マネジメント』という本を読まされた。
そう、当時の気分でいうと、ホントに「読まされた」のである。後悔の気持ちを込めて、また若い方々にそうなってほしくないという気持ちを込めて書くが、マーケティングやマネジメントといったものへの関心が、極めて低かったゆえ。
正直に書くが、進んでビジネス書を読むようになって、まだ10年もたっていない。最初は、必要にかられて、という部分が大きかったのだが、何冊か読むと「ほほう、そういうことだったのね」的におもしろくなってくる。同時に、「ああ、もっと若いころから読んでおけば、ああいうことも、こういうこともできたかもしれないのに」と、後悔しきりであった。そういうわけで、若い方々、年に数冊はビジネス書も読んだほうがいいですよ。
もっとも、そうするうちに、「なんだこれ、○○と同じことしか書いてないじゃん」と思うことも多くなるでしょうが。そういう場合は、ナナメ読みしてください。
で、「読まされた」ところの『マーケティング・マネジメント』。
当時は国語の編集者だったせいもあるのだろうが(あ、今も広い意味ではそうか)、「読みにくい本やな、これは」というのが、正直な感想であった。
その原因は、「章見出しや節見出しがハッキリしなくて、どこが意味的な括りなのかわかりにくい」「■や◆や※などの使い方がよくわからない」「大小も含めたフォントの使い分けが、意味的な重要度と対応していないように思われる」といったことだったように、おぼろげに記憶している。
訳者さんは原文に忠実に訳しちゃったんだろうが、編集者さんが、もっとわかりやすく、というか、リーダーフレンドリーにできなかったんだろうか、ということである。
おぼろげな記憶なんで、正確じゃなかったらご容赦。
『社会的責任のマーケティング』も、同じような性質の読みにくさがあった……ような気がする(あくまで「気がする」ですよ)が、それがここでのテーマではない。
最近考えていることと、いろいろつながったのである、『社会的責任のマーケティング』。
「よきこと」が、そのままビジネスになれば、あるいはビジネスに好影響を与えてくれれば、そんなによいことはない。
たとえば
Z会ができる「よきこと」とは、教育の分野での貢献だろう。
これまで民間の教育産業は、公教育を、生徒の可処分時間を取り合う競合、と捉えてきた面もある。
しかし、目的が同じであれば、少なくも目的の一部分が重なっていれば、その部分については、競合ではなく、むしろパートナーとなったほうがよいのではないか。
これは直接生徒に提供するものだが、先日セミナーの中で知った、オンデマンド型教育コンテンツ・プラットホーム【ODECO】(
http://www.odeco-net.jp/odeco.html)というのも、同じ考え方によるものであろう。
あるいは、生徒ではなく、教える側に、効果的かつ効率的なコンテンツやメソッドを提供して、学校をより教育に適した場にするサポートもできるかもしれない。
国語力研究所の場合は、どうか。
研究所の目的の1つとして、「読書する子どもを育てる」というものがある。「朝の読書推進協議会」といったところとパートナー関係を結ぶのもアリだろう。すいません、カネはあんましないんで、それ以外のリソースの提供になっちゃいますが。
……といったことを、つらつら考えたわけである。