昨日は、へばってはいなかったが、激しくへこむ事態が出来する。あまりにもへこんだので、明るいうちから飲みに行く。
100円の生ビールを1杯飲んだあとは、定番の焼酎へ。
このボトル、なんと1000円!
1杯め:焼酎3水7の水割り、2杯め:焼酎5水5の水割り、3杯め:焼酎7水3の水割り、4杯め:焼酎10水0の水割り……じゃないじゃん! というふうに飲んでいく。
これは、静岡名物、生シラス。生姜醤油でいただきます。
おや。おやおやおーやさん。酔ってますなあ。
週に8日飲む新婚さんもいる。おお、ちゃんと指輪をしているではないか。感心感心。
というわけで、え? 4時間も飲んでたの? そりゃ酔っ払うわけだ。今日はおなかの調子が極めて悪い。
へこむ事態は……断続的に継続するでしょう。国語力でもって、何とかなるか。何とかせねば。数えで後厄、満で本厄だからなあ。
さて。ニュルンベルク裁判つながり。
この本から、以下の一節を紹介。
《彼は「政治」が「法」の上位概念になることを厳しく批判し、その観点から東京裁判の問題点を指摘した。このような裁判を続けていれば、「戦争に勝ちさえすれば国際法を無視して都合よく裁判を行うことができる」という認識を広めることになり、戦争の撲滅どころか国際秩序の崩壊すら招きかねない深刻な状況に陥ると訴えた。彼にとって東京裁判は、「文明の裁き」どころか「文明の退化」を意味する極めて問題のある裁判であった。》(p179)
念のために言っておくと、パール判事さんは、「だから、法的にも道義的にも、東京裁判の被告は全員無罪」と言っているわけではありません。
そう読んじゃう、そしてそのセンでパール判事を利用するのは、国語力的に問題アリ、かと。