昨日の、「中国は五輪関係で」云々つながりで。
池袋で激しく飲んだ翌朝、例によってオレンジジュースとコーヒーを激しく飲むため、宿泊場所のレストランへ行く。
そこには、こんな貼り紙が。
貼り紙の言いたいことは3つ。
・食べ物を運ぶときはトレーを使え。
→お客さんではなく、レストラン従業員からなんでしょうなあ、この声が出たのは。
・歩きながら食うな。
・大声を出すな。
→これらは、お客さんからの声か。
数ヶ月前には、こんな貼り紙、なかったような気がするが。夏休みで、中国からの観光客が激増しているせいだろうか。
個人的には「一度とったものは全部食え」も付け加えてほしい、と、その朝は思ってしまったのであった。
ところで、まるで(注)のように、それぞれの下に小さく書かれている日本語文が、国語力的だなあ、と思いました。
どういうことかと言うと。
貼り紙の目的を達成するため、だけであれば、日本語文を添える必要はなかっただろう、と思われます。
しかし、もし中国語のみの貼り紙にしたとすると。
中国語が読めないお客さんは、「何が書いてあるんだろう?」と、とっても気になりますね。
そういうことを避けるために、わざわざ日本語文を添えたのではないか、と思われます。
このプロセスが、国語力的だなあ、と、そういうわけです。