奥駿河湾釣り日記

酒、釣り、読書、ときどき国語力。なお、このブログはフィクションであり、登場する土地、機関、人物は、作者自身も含めてすべて架空のものです。

2010.12.30 08:58

藤原彰『餓死した英霊たち』(青木書店)読了。

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読まなきゃ読まなきゃと思っていた本。ようやく読んでみました。

これ、若い人たちに、ぜひ読んでおいてほしい本だと思います。

先の戦争での戦死者のうち、6割が餓死、つまり敵の兵器による死ではなく、飢えによる死だった、というお話です。

ガダルカナルやインパールの話は読んでいたけど、他にも同じような話がいくつもあったんですねえ。(フィリピンについては、むしろ輸送中に水没しちゃった、というほうが印象に残っていました。)

いくつか引用。

ミヤモトさんのお父さんが伍長として参加したという、インパール作戦の話から。(調べてみると、おそらく124連隊。あれ? ひょっとすると、ガダルカナル戦にも参加してます?)

《携行食糧二週間分を持って、チンドウィン河を渡って攻撃を開始した第十五軍の運命は悲惨であった。主力に先立って三月八日攻撃を開始した左翼の第三十三師団は、三月下旬にはインパール平地に達したが、すでに食糧はなくなり、弾薬も不足して攻撃は予定通りすすまなかった。牟田口軍司令官はこれを憤って、師団長柳田元三中将を罷免した。中央を進んだ第十五師団も、インパール間近まで迫ったが攻撃が頓挫した。牟田口軍司令官は第十五師団長山内正文中将も、消極的だとして罷免した。/最右翼を進んだ第三十一師団の佐藤幸徳中将は(中略)「米一粒も補給がない」ことに怒り、食糧のあるところまで後退するとして独断で退却した。佐藤中将は抗命の容疑で罷免の上、軍法会議にかけられた。》(p75)

第十五軍の下には、三つの師団がある。その三つの師団の長全員を軍司令官が罷免。この時点で、むしろ軍司令官に問題があるんじゃないか……ていうか、「ちょっとちょっと、大丈夫かい軍司令官は」と中央は思わなかったんだろうか。

企業だと、そうなると思うんだけどなあ。

ところで、著者は実際に戦場に出た人です。

《実をいうと私は、第二十七師団の支那駐屯歩兵第三聯隊第三中隊長としてこの作戦[大陸打通作戦]に参加したので、その体験をつけ加えておく。》(p122~123)

任務は、道路補修だったそうです。それがまた、いい加減な計画だったそうで。

《このような無謀な計画を、どうして上級司令部が立てたのであろうか。地図の上に道路の線が引いてあっても、現状はどうなっているのか確かめたであろうか。また部隊が泥まみれで苦闘しているとき、一人の参謀も現場を視察には来なかった。》(p123)

現地を見てないんじゃ、ダメでしょうねえ。

最後に、日本の軍隊がキツかった理由について。

《もともと陸軍が範としたヨーロッパ大陸国の徴兵制の軍隊は、解放された独立自営の農民、すなわち自立した国民の存在を前提としていた。そうした国民を基盤とする兵士には、愛国心、自発的な戦闘意識を期待することができたのである。ところが日本では、明治維新はフランス革命のようなブルジョア革命とはいえず、農民の多くは未解放のままにとり残された。独立自営の農民が産み出されたのではなく、貧しい小作農や、地租の負担にあえぐ小農民が人口の過半数を占めていた。つまり兵士の愛国心、自発性に期待が持てなかったのである。そこで兵士にたいしては、機械的に服従するようになるまでの強制と習慣化に加え、一方ではきびしい規律と過酷な懲罰をもって接したのである。》(p189)

なるほど。大多数の日本人にとって、明治維新なんて「ふーん、それで?」だっただろうからね。
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読書
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