
くらーい気持ちになる本です。
でも、知っておいたほうがよいと思う。
無関係じゃないはずだから。
それに、これはちょっと不謹慎かもしれないけれど、どこどこへは行かないほうがいい、というのもわかるでしょう。ある都市は、そこにいるだけで1日タバコ2箱半吸ってるのと同じぐらい、空気が汚れているみたいっすよ。
ホントにキレイな水なんてどこにもない、とも書かれていたしなあ。ほれ、大気も水も地球規模で循環しているから。こないだ越前町でくんできた水は……比較的キレイってことで、よしとしましょう。
いくつか引用。
《ジャーナリストのジェレミー・シーブルックは、ペナンの猟師[漁師?]の末路についてこう記述している。「猟師たちは移住しなかったのに都市化の波に巻き込まれた。生まれたところにとどまったのだが、そのせいで、生活がひっくり返ったのだ」。漁師たちの家は新設の幹線道路のせいで海から切り離され、漁場は都市からの廃棄物によって汚染され、近所の丘陵地にあった森林はアパートの敷地の整備のために伐採されたが、その後には、日本人が所有する近隣の搾取工場に自分の娘を送り出す以外に選択の余地がなかった。》(p18)
う。ペナン行ったことある。おそらくその幹線道路を通った。滞在中、廃棄物も出した。日系企業の工場がたくさんあった。
ホテル脇のビーチは、たしかにキレイじゃなかった。シーフード食ったけど、あれも地のもんじゃなかったのか。
《近代オリンピックには、暗鬱きわまりないがあまり知られていない歴史がある。たとえば、ナチスは一九三六年のオリンピックにそなえ、海外からの来訪者の目に触れそうなベルリン地区からホームレスとスラム居住者を情け容赦なしに追放した。そのあとのオリンピック(中略)では都市再生と立ち退きが付随して起こったが、一九八八年のソウル大会は、貧しい家屋所有者とスクワッターと賃借人にたいする当局の手入れの規模の点でまったく先例のないものだった。ソウルとインチョンでは七二万人もの人々が再居住させられたのだが、それをうけてカソリック系のNGOは、韓国が「力づくの立ち退きがきわめて酷く非人間的な国」としては南アフリカに匹敵する国だと主張することになった。》(p162)
北京も推して知るべしってところだろう。日本でも、同じようなことがあったんだろうか……と思って調べてみると、やっぱりやってますな。東京オリンピックの前に。
《スラムの火事は、多くの場合、事故以外のなにものかである。地主や開発業者は法廷手続きの費用を負担したり正式な取り壊し手続きを待つよりも、しばしば放火という簡便さを好むのである。(中略)フィリピン人地主たちが「ホットな取り壊し」と好んで呼ぶお気に入りの方法は、「生きたねずみや猫を灯油に浸し火をつけて――犬はすぐに死んでしまう――、目ざわりな集落に放つというものである。……不幸な動物は息絶えるまでに無数の掘っ立て小屋に火をつけるため、こうしてはじまった火事を消すのは困難である」。》(p194~195)
ひでえことするなあ。
最後に、人力車の話題。
《アジアでは人力車はつねに労働の劣化の悪名高き象徴であった。東アジアと南アジアの大都市では、一八六〇年代に日本で発明された人力車のおかげで、「人間動物」がラバ車と馬車にとってかわって交通の主要な手段になることができた。日本以外では、第一次世界大戦のあと路上電車との競争さえも生き延びたが、というのも便利で低予算だったし、プチブルの地位を誇示する「パスポート」としての役割を担ったからだ》(p283)
人力車って日本で発明されたのか!
それが輸出されて、ひどい仕事の象徴になるとは……。
プチブルの地位を誇示っていうのは、なんとなくわかる気がする。
日本でも観光地ではまだ人力車が生きているが(でも交通手段っていうより、ホントに観光用ですな)、あれ、自分は乗ろうと思わんし(料金が高いから)、乗っている人を見ると自慢げだもんなあ。
《革命家たちはもちろん人力車を弾劾し、何十万もの人力車苦力が解放される日を約束したのだが、けれどもアジアのいくつかの場所ではこの日は長らく延期されてきた。事実、旧式の人力車と自転車を主動力とする輪タク(一九四〇年代に発明された)を含むインフォーマル人力輸送業はおそらく、一九三〇年のときよりも多くの貧民を今日雇用し搾取している。》(p283)
う。バンコクでサムローと呼ばれる輪タクに乗ったことがある。どちらかというと、観光の一種、話のタネとして。
ほぼ向こうの言い値で乗ったから(外国人観光客からはボッタクるらしい)、よしとするか。





