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堀川高校と漢検ビルと、国語力検定 (2008年09月05日)
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オリンピック中継、ほとんどがアナウンサーと解説者のペアによるものですが、いくつかの競技のそれでは、解説者が解説者になってないような。

「あーーーーーー!」

「いけーーーーー!」

「やったーーーーーー!」

いや、それはテレビの前のみなさんのセリフであって。

解説者は、解説しなきゃダメでしょ。



横山雅文『プロ法律家のクレーマー対応術』(PHP新書)読了。



ハウツー本です。それ関係でお悩みの方には、役に立つと思います。今、そうじゃない人もね。いつ悩まされることになるか、わかりませんし。

逆に言うと、これ、クレーム対応者がクレーマーに対してどう出るか、クレーマーにあらかじめ予想させ、対応をとらせる、という効果もあるのか。「ふふふ、あなた、それ、『プロ法律家のクレーマー対応術』どおりの対応ですね」みたいな(そこまで職業的な、というか、勉強熱心なクレーマーってのも、そんなにいないとは思うが)。

てか、それは、ビジネス本も含めたハウツー本に共通することか。対クレーマーを、対上司とか対部下とか対ビジネス上の交渉相手とかに置き換えてみると、おもしろいと思います。

例によって、いくつか引用。

《食肉の産地を偽装表示したスーパーが、購入者に返金をすることを広告したところ、レシートがあることを条件にしなかったため、実際に販売した価格の数倍の返金を余儀なくされたという事案がありました。》(p181)

あー、あったあった、そういうこと。社会学的に、非常に興味深いケースだなあ、と思った。

《「お客様相談室における2007年問題ということが密かにいわれています。/2007年問題とは、普通、団塊の世代が2007年に定年退職期を迎えて、大量に退職してしまうことによる企業における労働力不足の問題をいいますが、お客様相談室のそれは、定年退職した団塊の世代が暇を持て余して、その知識と経験を生かして厄介なクレーマーになり、大量のクレーマーが発生するのではないかという問題です。/団塊の世代の方々にとっては、非常に失礼な話ですが、現にクレーム対応に携わっている担当者の率直な懸念というか、実感らしいのです。》(p204)

ははあ。これもわかるな。てか、同じような構図での学校へのクレームが、それに先駆けて起こっているのではないのか。

《企業が標榜する顧客主義も実は欺瞞が多いのではないでしょうか。(中略)顧客主義を掲げる企業を消費者は白々しく思っているのではないでしょうか。(中略)私個人の感覚かもしれませんが、悪質クレーマーの潜在意識には、この企業の顧客主義の欺瞞に対する怒りや侮蔑があるように思います。/「そんなに、ご体裁のいい嘘を言い続けるのなら、それにつけ込んでやる」という心理です。(中略)このような企業の顧客主義の欺瞞に対する怒りは消費者だけではありません。その企業に勤務する従業員もそれ以上に怒っています。》(p210〜211)

なるほど。

男子体操の離れ技、いつの間にか、文字通りの離れ技になってますね。

昔、「体操選手よりも、中国雑技団のほうがすげーじゃん!」などと言ってましたが、中国雑技団を超える日も近いか。……評価の尺度が違いますね、すいません。

いやー、でも、大車輪のち、鉄棒の上空10メートルぐらいまで飛び上がって、そこでパントマイムなり形態模写なりの芸を1つ披露して、しかるのちに再び鉄棒をつかむ、という時代が来るのを期待したい。

「さあー、決勝で披露するネタは、何でしょうか!」みたいな。

それが芸術点。

……ダメか。

一度チャンピオンになった選手のネタは、よく考えるとつまんないのに、みんなお約束的に笑ったりしてね。



井堀利宏『「歳出の無駄」の研究』(日本経済新聞出版社)読了。



政府与党寄り、ですかね、どっちかっていうと。

民主党が言うほど歳出の無駄はないよ、また、必要な無駄もあるんだよ、というスタンス。

適宜無駄をなくしていくことは必要だが、無駄を完全になくしてからじゃないと増税できない、ていうんじゃダメですよ、無駄をなくしつつ増税もしないと、日本は財政破綻しますよ、という主張。

こういう一節もあるし。

《わが国では政府や公務員は完全無欠であるべきだとして、過度に素晴らしいパフォーマンスを国民が期待しすぎている。それが無駄な歳出への批判と結びついて、結果として、国民が痛み(増税)を回避する口実に使われる。(中略)しかし、大きな組織でこうした不祥事はある確率で発生する。公務員といえども人間である。ある程度の不祥事が確率的に発生するのは、望ましいことではないが、やむを得ない。》(p201)

この人、政府の委員に選ばれると見た。

もう、なってたりして。

と思って調べてみると、財務省財政制度等審議会委員になっていらっしゃいました。なるほど。

さて、いくつか引用。

《アメリカでは巨大な医療資本設備が構築され、金さえ出せば、最新の先端的な医療サービスをいくらでも需要できる。》(p113)

ふむふむ。なーんて、冗談です冗談。ここは、誤植の引用。「需要」→「受容」ですね。

《現在の日本の公的年金制度は建前としては積み立て方式であり、政府は巨額の積立金を保有しているが、実質的には賦課方式であり、働いている世代がそのときの老年世代を支える仕組みである。賦課方式は政府のみが行えるネズミ講である。将来生まれる世代をあてにして、最初の世代が年金給付という受益を、自らの負担がほとんどないままに手にする。》(p153)

「政府のみが行えるネズミ講」というのがおもしろかった。

が、そうか。どんなシステムであれ、それを作った最初の世代が勝ちか。まあ、自分らの世代に有利なルールを作るのは、当然だあね。

《現実の改革では、相対的な無駄を削減するような、現在の受給者の負担増となる改革は先送りされ、その分だけ将来世代の負担増に回されることが多い。老人世代は投票率も高く、政治的な発言力は大きい。その結果、老人世代の意向を反映した経済政策や社会保障政策が行われる。》(p183)

うーむ、老人天国。

それに対して、著者は、以下のような提言をしている。

《年齢別の小選挙区をつくってみるのはどうだろうか。たとえば、二〇歳代と三〇歳代の有権者を母集団とする選挙区を青年区、四〇歳代と五〇歳代を中年区、また、六〇歳代以上を老年区と呼んで、これら三つの年齢別選挙区を導入する。》(p208)

「中年区」じゃなくて、「壮年区」にしましょうよ、というのは別にして、なるほど! こりゃいいや!……と思ったのだが、待てよ。

みんな、いずれ老人になるんだよな。

二〇代の人も、いずれ老人になる。

それがわかっていて、自分が老人になったときに切なーい思いをするような政策を推し進めようとする二〇代なんて、いるんだろうか。

《中央の政策官庁の官僚は、政府歳出の便益を過大に見積もるバイアスをもつ。背後にある業界団体の利害を代弁しているかもしれないし、もともとコスト意識が働きにくいので、便益を多めに見積もることで、仕事の量(予算の金額)を増加させているのかもしれない。また、技術系の官僚(技官)の多くは、その事業を着実に遂行することが生き甲斐になっており、経済的効率性や財源面でのコストには無関心である。》(p213)

技術系官僚、ひどい言われようですな。なんとなく、わかるけど。戦艦大和は、そうやって作られたんだろうな。

ところで、企業が官僚組織化していないか、ということのチェックにも使えますね、これ。

今年の夏休みは、活字よりも映像に傾いてました。オリンピックもそこそこ観るし、高校野球も観るし、映画も観るし。これぞ日本のオヤジの夏休みってやつか。……海行きてー、釣り行きてー。

昨日も、これは少し前に録画したやつだが、「神聖喜劇 ふたたび」という番組を観る。

小説『神聖喜劇』が、若い世代の間で再び盛り上がりを見せている、というナレーションがあったが、ホントだろうか。

作者の大西巨人先生、2年ほど前に直接お話をうかがったのかな、というと誤解を招くな、えーと、対談っぽいのを観に行ったんです、そのときも、だいぶお年を召されたな、という印象を受けたが、今年で91歳とのことで、やはりテレビ出演は大変そうである。

しかし。番組の最後に。

「作家とは、どういう……」

という問いかけに対し、大西先生。

「作家とはどういうものかだって? そうだな、オレみたいなものさ」

スバラシイ! キラーンと光りましたよ、大西先生!

てなわけで、未読のみなさん、ぜひ読みましょう、『神聖喜劇』。

超超長編なんで、かなり長時間、楽しめると思います。

番組には、試みに映画用の脚本を作ってみた、という脚本家も出てましたが、その人曰く、

「この脚本どおりにやると、42時間の映画になっちゃいますね」

じゃあ、大河ドラマにしたらどうだろう。ねえ、NHKさん。



お盆休みには、たまには外食でも、ということで、裾野市深良にある「二胡」というお店へ行く。中華料理のお店である。といっても、いわゆる街の中華屋さん、という趣きのお店とは異なる。かなりオシャレな感じのお店らしい。



今年5月のオープンであるからして、看板もまだ新しい。



駐車場もゆったりとってある。



内装も新しい。窓が多く、店内は明るい。



席に着くと、お茶が出てくる。それをいただきつつ、オーダーを決める、と。

お。芋焼酎ボトルで2500円か。リーズナブルだな。でも、今日はランチだからな。控えておくか。しかしここ、クルマじゃなきゃ来れないところにあるんだよな。飲むときには、誰を足にするか、だ。同僚サーさんは飲まずんばやまず、だし、同僚アーさんは、免許持ってたっけ。うーむ、いい方法はないものか……と、詮無いことに思いをめぐらせていると、カミサンからオーダーの催促。

では、ランチコースをいただきましょう。



前菜。冬瓜、海老、鶏肉、豆腐が、大き目のレンゲ状の器にそれぞれ盛られて出てくる。それと、トマトとグレープフルーツのジュース。

なるほど、このジュースで食欲を増進させるわけですな。冬瓜の出汁が美味。

続いて、スープ。写真は失念。

ちょっと醤油も利かせてあるのかな。程よい甘みも感じられて、塩味は抑え気味。にしても、こいつも出汁(スープって言ったほうがいいのかな)がいいねえ。

次は、豚肉と玉ねぎとピーマン(赤・緑)の炒め物。

これも写真撮るの忘れましたが、塩味が抑え気味になっていて、あきさせない工夫が感じられます。

お次。海鮮春巻と揚げパン。



この、海鮮春巻が、ちょっと驚きでありました。

食べる前は、通常の春巻の具の中に、魚介類が混ぜてあるのかな、と思っていましたが、さにあらず。

もちろん下味をつける等の仕事はしてあるんでしょうが、食感としては、海老とホタテをそのまま春巻の皮で包んで揚げました的。パリッとした皮の中に、海老とホタテがそのままギッシリ詰まっている、という感じでした。食べると、アツアツのホタテが、海老が、ゴロンと出てくる。こいつぁいいね。絶品だ。

ちなみに揚げパンは、食べずに取っておく。

なぜか。



エビチリのソースと一緒に食べるんですよ。ふふふ。

あ、これ、エピチリね。上にかぶさっているもの(春巻の皮? 食べられます。パリパリ。これもエビチリのソースと一緒にどうぞ)を取ると、



ほい、エビチリ。

こういうふうに、サーブするときの見た目も、しっかり考えられているようです。

御飯モノは、



「ふわふわ卵の天津飯」。おそらく、ほとんどの人、食べたことのない天津飯だと思います。しかも、こいつも、上にかかっているソースがまた美味い。

デザートは、定番の杏仁豆腐と、季節モノ(ぶどうのシャーベット)をチョイス。こいつも、中華街の食べ放題系のお店で出てくるそれとは段違いに美味くて、ばくばく食って写真撮るのを忘れる。量も、申し訳程度ではなく、たっぷりとあって、女性には嬉しいでしょう。

最後は、中国茶と甘いお菓子でシメ。

うーむ、2000円でこの内容というのは、かなりリーズナブルかつ満足度が高いのではないか。てか、満足しました。

ひるがえって、三島の有名ウナギ屋さんを考えてみる。

……いや、恨みも何もないっすよ、マジで。接待となれば使いますしね。

でも、うな重なりうな丼なり一杯に二千数百円払うくらいなら、プライベートでは、「二胡」の2000円のランチコースを選ぶな。

三島の有名ウナギ屋も、ランチうな丼とか出せばいいのに。

またまた映画を観る。「ドラゴン怒りの鉄拳」。

これ、日本で公開されたんだっけ。今までテレビでやったっけ。初めて観るような気がする。

すごくリアルなカンフーシーン。

だから、当時の小中学生(高校生もか?)は、自分も鍛えればブルース・リーみたいになれるかも、なんて考えて、ヌンチャク買ったんだよな。

自分も鍛えればブルース・リーみたいな身体になれるかも、なんて考えて、腕立て腹筋懸垂やったんだよな。

映画としては、何だかとっても暗い感じがした。これ、ハッピーエンドじゃないでしょ。

ブルース・リー、人殺しまくりだし。途中で笑いもないし。

ジャッキー・チェンは、意図的にそうはしなかったんでしょうかね。

ジャッキー・チェンのカンフーシーンは、必ず笑うところが入れてあるし、闘う相手を殺すことはしないよね。



昨日は、三島夏祭り最終日。

夜、三嶋大社前に、各町の山車が続々と集まってくる。

山車の上には、カネや太鼓の叩き手が乗っているわけだが、その演奏の競い合いが行われるのである。

ガン!という音がする。



集合の途中、ある町の山車の飾り物が、信号機に激突したようである。

信号機、たしかに数十センチ動いちゃったような気もするのだが、そこは祭りである。「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ!」という声が周囲から湧き、何事もなかったかのように通過。いいなあ祭りは。

各町山車、勢揃いシーンの一部。



おや? なんだか、Z会ブログで見たような四字熟語を掲げている町もありますね。



テラちゃん、キミは緑町関係者か?

ぼくの住む町の隣町、大宮町の山車には、若い女性も多く乗っている。



いいねえ。こういうのを見ると、この行事はずっと続くんだろうなあ、と思う。

さて、競り合い開始。激突開始。

物凄い騒ぎである。山車がぐらんぐらん揺れておる。

ウチにいても、そこそこのボリュームで聞こえたっつーから、大社正門の近くに住んでいる人、そばの社亭さんやらペット屋さんやら陶器屋さんやら洋菓子ベルーンさんやらは、さぞうるさかろうな。



大宮町のみなさんも、がんばっていらっしゃる。



おお、太鼓の叩き手の若い女性、ステキっすね。



山車の周囲にいる人たちも、そりゃもう大騒ぎっす。

さて、今回、もっとも激しく演奏しているように見えたのは、某町の、



この人。

この競り合い、なんでも20分1セットだそうで、それを4〜5セット繰り返すんだろうか。大変な運動量だな。一晩で3〜4キロはやせるのではないか。

……なんかここ数日、国語力でオチてないな。

休日で映画三昧と、国語力検定

[2008年08月17日(日) ]

読書日記は後でまとめて、ということで、お休みならではの話題を。

映画「GOAL!」を観る。

ショボい映画だろうな、でもま、たまの休みだからよかろう、と思って観始めたのだが、結構感動する。予定調和的なストーリーではあるのだが。ラスト、ちょっと泣いてしまった。

途中で、ベッカムとジダンが出てきてビックリ。日本で言う、特別出演・友情出演みたいなもんなんだろうか。

はじめて知ったのは、イギリスでは11歳から飲酒できるんだ、ということ。ホントかどうかわかりませんよ、でも映画の中でそう言ってた。

主人公、アメリカからイギリスのサッカーチームへ来た若者なのだが、その主人公が、チームメートから飲みに行こうと誘われる。そのシーンでのやりとり。

「身分証明書はいるのか?」

「身分証明書?」

「この国では、何歳から酒が飲めるんだ?」

「イレブン!」



「GOAL!」が意外とおもしろかったので、ついでに「GOAL!2」も観る。

主人公、なんとレアル・マドリードへ移籍。

そんなうまい話がサうそうあるかいな、と思いつつ、映画だからな、と、続けて観ていると、またまた(ていうか、当然か)ベッカムやジダンが出てくる。ロナウドやロナウジーニョやロベルトカルロスも出てくる。その時代のレアル。しかも、これはもう、特別出演・友情出演という感じではない(セリフはないけど)。

前作ほどの感動はないなー、まあ、母親や婚約者とのアレコレが見どころか、と思いつつ観ていると、なんとも唐突な終わり方をする。

「え、これで終わりじゃないだろ、途中でケンカした婚約者とまだ仲直りしてないし、婚約者、ラストで何だか妊娠しているように見えたぞ」

と思っていると、エンドロールには、「トゥービーコンティニュー」の文字が。続くんかいな!

どうやら、三部作らしい。

三部作らしいが、つらつら考えるに、一作目の「GOAL!」を製作した時点では、まだ三部作構想はなかったのではないか。

だから、ベッカムやジダンは、あくまで特別出演・友情出演という位置づけだった。

ところが、一作目が意外と(失礼!)ヒットしてしまった。

すると、二作目も作ろうというスポンサーも出てくる。

じゃあ、主人公、レアルに移籍させて、ベッカムたちもバシバシ出して、ついでに最初っから二作目三作目があるという前提で脚本書いて、二作目は中途半端なところ、というか、「おいおい、続きはどうなるんだよ」というところで終わらせれば、トータルの観客動員数も増やせるのではないか。

……とまあ、そんなところだったんでしょうかね。



映画三昧である。

「ドラゴン・タイガー・ゲート」を観る。

好きなんすよ、カンフー映画。ストーリーが単純で、安心して楽しめるし。

割とリアルなカンフーシーン。石の階段や壁が粉々になるぐらい打ちつけられて、平気で立ち上がれる人間なぞおらんだろう、とは思うが。あるいは、石のように見えるだけで、実は偽装建築だった、というオチなんだろうか。

続けて、「グリーン・デスティニー」を観る。

好きなんすよ、カンフー映画。ストーリーが単純……じゃないな、これは。なんだか複雑なストーリー。恥ずかしながら、ラストシーン、どういう意味なのかわかりませんでした。

カンフー、というか、格闘シーンは、ややドラゴンボール的。チャン・ツィイーが空を飛ぶ。おお、キミは舞空術の使い手か。「気」のコントロールがポイントなんだよな、舞空術は。

いやー、三島大社が近いと、こういう実況的なこともできますなあ。

石田純一さん扮する、頼朝公登場!



ズームしてみましょう!



おお、たしかに石田純一さんだ。



隣の女性は、北条政子さんか。



「三島のみなさん、こんにちは」と、トークまでしてくれるのである。

現在、行列一行は休憩中。

あと10分ほどで、三島大社鳥居前を出発し、1時間ほど三島の街中を練り歩くことになっております。

今日は、夜7時から、境内にて手筒花火もありますので、みなさん観に行きましょう!

って、おれは三島市観光協会か。全然関係ありません。

つい、オリンピックのことを書いてしまう。

昨日で柔道競技が終了したそうで、今朝の新聞には、日本柔道界のエライさんの総括コメントが載っていた。

男子の監督さんの話。

《自分の力を出し切るだけの練習を積んだかどうかが、メダルを取るか取れないかを分けたと思う。》

女子の監督さんの話。

《練習不足が敗因の一つだと思う。》

強化委員長さんの話。

《監督、コーチは一生懸命やったが、全体の結果はみんなの期待を裏切った。》

何だか、すべて選手の責任のようですね。個人競技だから、しゃーないっちゃあ、しゃーないんだろうけど、でも、エライさんたちの「オレたちは何にも悪くないかんね」という言い訳のようにも聞こえなくもない。実際、「だって悪くないんだもーん」なのかもしれないが。

勝敗がすべて選手個人のみの責任であるなら、監督なぞ要らんのじゃないか、とも思った。

あ。なんでここに引っかかったのか、今気づいた。

「権限と責任」ってやつだ。

じゃあ、エライさんたちは、何の権限もなかったわけね、と思ってしまったわけだ。権限のないエライさん、というのも、形容矛盾かもしれないが。

そういえば、業績不振の原因を従業員の努力不足に求める企業トップも……なんて話は、よしておきましょう。

それよりも何よりも、あの、山下泰裕さんのコメントにはビックリした。

《男子はかつてない厳しい結果だ。特に鈴木と泉はひどかった。私たちは2人の実力を見誤っていたと思う。》

きっついですねー、これ。山下さんって、柔和な人だと思ってたのに。鈴木選手と泉選手、相当ヘコむだろうなー、これ読んで。「いいや、もう柔道やーめた」と思っちゃったりして。

褒めるときはみんなの前で、叱るときは1対1で、というのは、ビジネス本の定番っすよ。

でも一方で、山下さんは、代表選考側のミスも認めているわけだ。

てことは、これから、代表選考側にいた人間の更迭とかも、行われるわけですよね、きっと。

ううう、今日も仕事だ。楽しいな。三島夏祭りも始まったし。

夏祭りは、17日までです。



9月に発刊する本の校正をガシガシやる。終了。

ホームページ連載用のテキストをガシガシ作る。終了。

11月の問題の検討を……もうちっと突っ込んでやらねばな。週明けまでに。未了。

毎小の10月分原稿を……これは月内に終わればいいか。



さて、この夏祭りの間だけは、警察も路上駐車を割と大目に見ているような気がする。

場所によるけどね。祭りのジャマにならないところであれば、割とオッケーにしているような気がする。

うちの近くの川沿い、ホントは駐車禁止で、パトカーもしょっちゅう出没するスポットなのだが、この祭りの間だけは、みんな、いいようにクルマをとめている。

「祭りだから」ということであろう。

そういうの、ぼくはあまりキライじゃない。

ううう、今日も仕事だ。釣りに行きてー。泳ぎに行きてー。



オリンピックのメダリストてのは、必ず挫折やスランプや故障といった葛藤を経ることになっているんでしょうかね。

いや、新聞を読んでいると、そんな人ばっかりだなあ、と思って。

葛藤を乗り越えないと、メダリストにはなれないってことか。

あるいは、メダリストとして、葛藤ネタの1つもメディアに披露できなきゃダメだよ、ということか。



ディベート甲子園の感想の続き。

「肯定側立論」では、マシンガンのような喋りが繰り出されることは書いた。

「否定側立論」も、同様である。もう、すごいスピードでの喋りである。

それぞれの後に、「肯定側質疑」「否定側質疑」というのが続くのだが、あのスピードで喋られて、噛み合った質疑ができるんかいな、と思いながら、質疑の時間に移ると。

……やはり、噛み合っていないのである。

ていうか、それぞれの喋りのスピードが極端に落ちる。

「立論」の場面では一切なかった、「えーと」とか、「あのー」とか、長い間が入る。

場合によっては、シドロモドロ、という感じになってしまう。

そうか、「立論」は、あらかじめ用意した原稿を読む、だもんな。そりゃ、ベラベラ喋れるわな。

それに対して、「質疑」はアドリブ。

……中高生にアドリブは、なかなかキツイっしょ。

なわけで、それぞれの「立論」以降は、聞いていて、ちょっと苦しかった。

もうちっと時間をかけたほうが、議論が深まるような気がするんだけどなあ。どうも、表面的なやりとりに終始しているような。

あくまで「型」としての、「スキル」としてのディベート術を競う、というのが趣旨なんだろうけどね。

でも、それにしては、ジャッジの判定の基準に「?」と思うところもあった。スキルのみが判定基準なのか、と思うと、一般常識というか良識というかをベースに判定していると思われるところもあったり。

以上が、ディベート甲子園初観戦の感想です。

東洋大学、校舎も新しく、空調もきいてて、なかなか快適……と思ったのだが、1つだけ。



このイス。2時間座るのは、かなりキツイような気がする。

マクドナルドのイスは、人間工学的に30分しか座れないようにできている、と読んだことがあるが(長居防止のため)、それに近いものを感じた。

大学の場合は、居眠り防止ってことだろうか。



続けて、ディベート甲子園を観戦する。

ふむふむ、なるほどね。多分、こういうことか。

「立論」では、

【プラン】
・〜〜
・〜〜
【現状分析】
・〜〜
・〜〜
【メリット】
・〜〜
・〜〜
【重要性】
・〜〜
・〜〜

のような定型フォーマットがあって、それを埋めたものを、そのまま読んでいるみたいなんだな。

ただ、定型フォーマットって、あくまで「書き言葉」の世界に属するよねえ。「話し言葉」での議論であるなら、より説得力のある「型」があるような気もする。

ま、ディベート甲子園ではこの定型フォーマットで、と決まっているんなら、しょうがないか。

途中、しきりに「……より引用開始。……終わり」というのが入るのだが、最初、何のことかわからなかった。引用の場合の「作法」的なものも、決まってるんですね。

それから気をつけて聞いていると、「引用開始」「中略」「終わり」を、声をひそめて、というか、声のトーンを落として言う、というのも、1つの約束事になっているようであった。

しかし、引用、縦横無尽といってもいいくらいなんだけど、引用元・参考文献・参考資料の「質」的なものは、どう担保されているんだろう。おそらく、資料収集にはネットを駆使してるんだと思うが。ネット情報を鵜呑みにしているってことはないよね。

以上、ディベート甲子園に対する、来賓ではなく一般客としての感想でした。



ゴーヤ6号@ベランダ菜園収穫。



こいつは140グラムぐらいでした。

また、焼き油揚げと一緒に、大根おろしで和え、ポン酢で食す。美味。



この場合は、ゴーヤをかなり薄くスライスするのがポイントですな。

世の中は夏休みモードである。

そこで、ぼく自身は夏休みではないのだが(なんで8月13日に、ほぼ終日会議をやっているんだろう……)、たまには小説を読む。夏休みモードということで。

モンサラット『非情の海』(フジ出版社)読了。



第二次大戦中の、イギリス海軍の護送艦のお話。いやー、おもしろかった。

夏休みに最適。2段組で400ページ以上あって、読み応えあります。

しかし、「ああ、これは男性のほうが死んじゃうんだろうな」と思っていたら、女性のほうが死ぬか。そう来たか。かわいそすぎるぜ、ロックハート。

ところでこの小説、原題は「ザ・クルーエル・シー」。「クルーエル・シー」といえば、中学の頃にコピーしてたベンチャーズに、そういうタイトルの曲があったよな。何か関係があるんだろうか。



昨日の朝日新聞朝刊に、「ワンルーム規制 賛成?反対?」という記事があった。

規制賛成派というか、実際に規制する条例を制定した、東京都文京区の区長さんへのインタビューが掲載されている。

「――都心に安く住みたい単身者は割を食います。」というインタビュアーに対し、区長さん曰く。

《(略)単身者向けの住居はすでに十分あり、決して排除ではない。広いワンルームは規制対象外だから、若いお医者さんとか一定以上の年収の人なら新築にも住める。学生寮やアパートも対象外だ》

うーむ。

このコメントからは、どういう単身者を忌避しているのかが、おぼろげに見えてきますね。

「一定以上の年収の人」なら、単身者でもよい。

「学生寮」に住む学生さんなら、単身者でもよい。

「アパート」に住む、まあこれも学生さんでしょうね、なら、単身者でもよい。

学生ではない、一定以下の年収の単身者がイヤ、ということですね。

おそらく、こういう場合、区長さんの頭の中には、その具体的なイメージが浮かんでいると思われますが、それを口にしなかったのは、1つの国語力か。

でも、一方で、「若いお医者さんとか一定以上の年収の人なら」という発言は、「金持ちしか文京区には来るなってことか!」という反発を受けかねないかな、とも思いますよ。

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