ブログ検索
最新記事
最新コメント
最近は「学習指導統括です」と電話に出ることが多い
おそうじ消しゴムと沈まぬ太陽読了と、国語力検定 (2010年03月06日)
ちゅんしゃんじん
おそうじ消しゴムと沈まぬ太陽読了と、国語力検定 (2010年03月05日)
国語力研究所サポーター
チョコとぜんざいとラーメンとインビクタスと、国語力検定 (2010年02月18日)
国語力研究所サポーター
シックス・センスと北朝鮮帰国事業と、国語力検定 (2010年02月16日)
国語力研究所の1フロア下へ移動した、それでも研究員
映画3つと素粒子の中味と大社の桜と、国語力検定 (2010年02月09日)

http://www.zkaiblog.com/kokugoryoku/index1_0.rdf
プロフィール

今朝のワイドショーで、「茨城空港がオープン」というニュースをやっていた。

空港内で、ブラスバンドがなにやら曲を演奏している。

むむむ、この曲は。

テレビ時代劇「水戸黄門」の主題歌のように聞こえたんだが、間違っていたらゴメンなさい。

しかし、もし「水戸黄門」の主題歌だとしたら、なかなかシャレがきいてていいなあ、と思った次第。

人生楽ありゃ苦もあって、おまけに勇気が必要だ、ドーンと空港いってみよう!てな感じですかね。



飛鳥井雅道『坂本龍馬』(講談社学術文庫)読了。



失敗。

というのは、この本自体のことではありません。

ワタクシが、読む順序を間違えたってことです。

これは、司馬遼太郎さんの本や一般的な伝記を読んだ後で読む本ですな。

「ナントカの本ではこうあるが、私はそう解釈しない」みたいなところが多くてね。

坂本龍馬初心者にはオススメしません。

そういう事情もあって、坂本龍馬とはあまり関係ないところから、いくつか引用しておきましょう。

幕府がペリーの国書を諸大名に示して意見を求めたときの話から。

《「国書」には三つの訳文があったとのべた。漢文と、漢文和解と、オランダ語からの訳文と。(中略)諸大名へは「漢文」そのものを正文として交付したと伝えられる。そして、この漢文が土佐にとどいたとき、この漢文をきちんと意味をとって読みこなす重役がなんと一人としていなかったというのが事実なのだ。》(p56)

ええ! ウッソー!てな感じですな。

《徳川二五〇年の治世では、公用文はいかにくずした形とはいえ漢文がたてまえであり、武士の教養の基本は四書にはじまる漢文教育であり、儒教のはずではなかったか。まして江戸時代の文化の特徴の一つは、教育が庶民のあいだにまでかなりゆきわたっていたことだと強調されているではないか。たしかに一般的にはそうだった。ただ武士の世界ではちがったのである。》(p56)

ふむふむ。なぜそんなことになったかというと、武士の世界の徹底した階級制度のゆえらしい。

土佐では、武士の中で15の階層が世襲として固定していたそうです。

《ここまで固定してしまえば漢文が読めない家老ばかりで藩政府が占められる事態がおこっても、すこしも不思議ではなかったのであった。》(p57)

勉強しようがしまいが身分も役目も同じ……となれば、人間、易きに流れますわなあ。

土佐の山内容堂が家督をついだとき、先代に提出させられた誓紙の内容から。

《外出の際は、弁当の外、酒・菓子は持たず、帰邸は六ツ時(午後六時)までとすること。》(p58)

《日の出前に起床し、五ツ時(八時)出勤、四ツ時(午前十時)までに所用ははたし、夜は四ツ時(午後十時)には休むこと。》(p58)

山内容堂、養子の身だったそうですけどね。にしても、「おいおい、コドモかーい!」と言いたくなるような内容です。実際、山内容堂、イライラムカムカしていた由。

また、山内容堂、幕府の老中との初対面のとき、次のように言ったそうです。

《天下の万機を一身に引受け、さぞかし御心労と察し奉る。イヤ、かく申すは表面上の辞令、実は多くの馬鹿大名どものみを相手の事とて、御気楽千万に候べし。ただ土佐守(自分の官名)のみは、すこしく御厄介に相成り申したし。》(p59)

すげえな、山内容堂。

幕末の薩摩藩の話から。

《薩摩ではこの文久二年から、大量の天保銭を密造しはじめていたのである。百文の銭をつくるのに、原価は三七文だったといい、「初め琉球通宝凡そ十万両足らず……而して後は天保銭のみを数十万両だけを造りました。何処でも通用する様になりました。其処で御宝蔵の貯蓄が動かないようになった」というのである。一日、職人を四〇〇〇人ほど使ったというし、原料がたりなくなると、鍋釜から寺院の鐘まで鋳つぶしての大がかりな密造だった》(p157)

すげえな、薩摩藩。知らんかった。

にしても、精巧な贋金をつくり、それを原資に兵器を購入し、体制転覆をはかる、ということですよね、これ。いいのか? いいのか、体制転覆がうまくいけば。まさに勝てば官軍。目的が手段を正当化する。勝った側から歴史は語られる。

大政奉還後の話から。

《事は龍馬の予言したとおりになった。用意と決意のととのった薩長、そして土の一部の兵にたいし、幕軍は自ら闘いをいどみ、鳥羽伏見で敗退していったのである。このあと当然日本は内乱の洗礼をうけたが、この内乱は、東日本に限定され、かつ幕軍の非があまりにもあきらかであったため、悲劇は最小限にくいとめられたのである。》(p311)

「幕軍の非があまりにもあきらかであった」というのもねえ、勝った側から歴史は語られるっつーことで、全面的には同意しがたいところがあります。

鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れたことを、ネットのニュースで知った。

大銀杏、ダイギンナンじゃありませんよ、オオイチョウ。

あれが倒れるとは。

次に行ったら、「あるべきはずのものがない」感を覚えるんだろうなあ。



秦郁彦『靖国神社の祭神たち』(新潮選書)読了。



手堅いなあ、という印象を受けました。

学者さんとノンフィクションライターとでは、同じネタを扱っても、テイストが全く異なるんだろうな……とまあ、アタリマエっちゃあアタリマエのことを、改めて感じた次第です。

靖国神社には誰が・いつ・どういう基準で合祀されたのか、というのを実証的に知りたい人には、オススメです。

……あんましいないっすか、そんな人は。

では、そうじゃない人向けに、いくつか引用。

ノモンハン事件で自決を強いられた、井置中佐の話から。

《井置は兵力約七〇〇の支隊を率い最右翼のフイ高地を固守し包囲したソ連軍と激闘、「ジューコフ将軍の作戦予定を狂わせた優秀な指揮官」(クックス)と評価された。だが死傷者が七割に達し本隊との通信も切れたので、残兵とともに整然と撤退したのが「無断退却」と見なされた》(p125)

これが、自決にいたる発端。

《第二十三師団の幕僚会議で、直属上司の小松原師団長は「師団の壊滅は井置の退却のせいだ。自決勧告する」と怒り、扇作戦参謀や木村参謀長は反対したが承知せず、扇が「せめて靖国には合祀を」と頼んだが、小松原は「軍法会議にかかれば銃殺が当然、合祀は許さぬ。軍にも連絡ずみだ」と突き放したという。軍とは上級の第六軍(荻洲立兵中将)か関東軍を指すと考えてよい。》(p125〜126)

ほほう、師団参謀長の反対も聞かなかったのか。

《家族にあてた遺書には「会いたくば靖国神社に来れ」とあったが、その願いも空しく、追いつめられた井置は自決の道を択ぶしかなかった。林秀澄(憲兵大佐)は「一種の私刑、否、明瞭に犯罪だ」と断言するが、扇は無断退却を叱りつけた第六軍参謀長へ井置が「後方の天幕の中にばかりいて、第一線部隊がどれほど苦労をしたか、あなた方にわかるものか」と言い返したのが命取りになったと推察している。》(p126)

口は災いの元とは言うが、井置中佐がそう言いたかった気持ち、なんとなくわかります。

《衆目の見るところ、ノモンハン敗北の責任は荻洲と小松原にあり、両人が自決しなかったのを怪しむ空気さえあった。そうだとすれば、敗将たちの責任逃れという私情で自決を強要したばかりか、靖国合祀さえも阻む先例を作りだしたことになる。》(p126)

この時点で、「こりゃ組織としてアカンな」と思った人もいたんでしょうね。

井置中佐、昭和24年になってから合祀されたそうです。

戦犯として獄死した一般邦人の青地鷲男という人も合祀された、という話から。

《青地はバタビアの桜クラブという慰安所の経営者で、オランダ軍事法廷で「婦女子強制売淫罪」により十年の刑を受け、服役中に病死している。》(p164)

これについて、悪かったのはホントに青地だけか?と調べる人もいるわけで。

《梶村太一郎は、オランダ軍事法廷の記録から桜クラブ関係の情報に当り、女たちを集めて切りまわした青地の愛人兼マネージャーのオランダ人女性リース・ベアーホストの「悪事」を割りだした。しかし法廷は自国民を裁かない法令下にあったので、彼女は処罰されなかったという。》(p164)

だから軍事裁判なんてものは……ということを言いたいのではなく、次がメインです。

《国会図書館が「靖国資料集」を発表したとき、新聞各社は専門家も交えニュース価値のありそうな材料を探した。お目あてはA級戦犯の合祀事情だったが、時期的に外れていることがわかると、次に探しだしたのが、この慰安所経営者だった男の合祀だった。他社がわずか数行の目立たぬ記事なのに、某新聞は翌日朝刊の早版で一面トップにすえ、他紙の扱いと比べて思い直したのか二版以降は一面左下に移したのを見て苦笑した覚えがある。》(p164)

某新聞というのは、おそらくワタクシが現在購読している新聞だろうな。

A級戦犯合祀の話から。

《A級戦犯の合祀が各新聞に報じられたのは、合祀から半年後の一九七九年(昭和五十四)四月十九日である。》(p165)

このあと、朝日・毎日・読売それぞれの見出しが紹介されています。

《「東条元首相ら十四人 ひそかに殉難者として」「戦争肯定につながる」(朝日)
 「昨秋、ひそかに『軍国の罪ぼかす―強い反発の声』」(毎日)
 「戦争責任どうなる 神社に遺族の電話次々」(読売)》(p165)

さて、この見出しに対して、著者さんはどのような解釈をしているでしょうか。

《十年近くもめつづけたあと流産した靖国の国家護持法案や首相の参拝をめぐって新聞の話題を賑わしてきたにしては、前年十月十七日の合祀から半年もその事実が明るみに出なかったのは奇異に思えるが、朝日と毎日が「ひそかに」と特筆したのは、その口惜しさからかもしれない。》(p165)

なかなか国語力的だなあと思った次第です。

最後に、樺太の真岡電話局の話から。

《真岡電話局の高石ミキら九人の女子交換手は、ソ連軍が侵攻してきた四五年八月二十日、最後まで職場を離れず、「皆さんこれが最後です、さようなら。さようなら」と連絡したのち、青酸カリを用い自決した。》(p237)

これ、恥ずかしながら知りませんでした。2008年にテレビドラマにもなったそうですが。

この「皆さんこれが最後です、さようなら。さようなら」というのも、粟津先生おっしゃるところの「詩」だよなあ。

また読まなきゃならん本が増えた。

昨日は休日であった。結婚記念日休暇。冗談です、そんな休暇はありませんので、学生のみなさん、誤解のなきよう。

しかし(この「しかし」は逆接ではありません……というのが今日の国語力)、なんやかんやで18年か。

もう、カミサンと一緒の時間のほうが、親と一緒に暮らした時間よりも長いんだなあ。



休日なので(この「なので」は順接ではありません……というのも今日の国語力)、新しいインスタントラーメンを試してみる。



セブン&アイのプライベートブランドインスタントラーメン。5袋218円。イオンのPBラーメンより20円高い。

麺の量が気持ち少ないような気がする。また、同封の粉末スープの袋が透けて見えるぐらいの包装の薄さ。このあたりも、コスト削減努力か。

製造者はと……へーえ、マルちゃんの東洋水産じゃん。だったら、ハズレはないな。ノンフライ麺だし。



ワカメと炒めたモヤシと煮タマゴをトッピング。結婚記念日だからな。

煮タマゴは、沸騰してからカッキリ7分茹でて、すぐさま冷水にさらすと、黄身が半熟に仕上がります。醤油ダレに一晩漬けて出来上がり。

では、いただきます。

うむ。

煮タマゴとモヤシ炒めが美味い……じゃなくて、ラーメンいける。ノンフライ美味い。

こりゃ、20円高いけどイオンよりセブン&アイだな。1袋あたりにすると4円高いだけだし。

失敗は、黒い器にしたことか。塩ラーメンは白い器だな、やっぱ。

さらに注意点。ノンフライ麺は、自然にほぐれてはくれません。

3分過ぎたあたりで(茹で時間4分)、ハシでチャカチャカチャカチャカほぐしましょう。



インスタントラーメンにトッピングを施したことで結婚記念日は終わり……ではもちろんない。

夜はカミサンと飲みに行く。

では、ボトルがあることだし、三島広小路のワウに行きますか。



フォアローゼスブラックラベルをロックで飲む。うめー。



お通し。タコのマリネ。パプリカとセロリの漬け加減が絶妙。



やはり、お好み焼きを頼まねばなるまい。かつて目標としたお好み焼きだからな。

カミサンも、ワウのお好み焼きは相当久しぶりである。

「なーんだ、鉄板に載ってないんだね、今は」

そんな不平を言ってはいけません。

「アタシのお好み焼きのほうが、すでに超えてね?」

はいはい、そうかもしらんね。

次にカリカリベーコンサラダを……と思ったのだが、それではあまりにベタであるので、



昨夜はフィッシュチップサラダなるものを頼む。皿がでかい。

フィッシュチップ=白身魚のフリッターにタルタルソースを載せたもの。それを野菜と一緒に食う。

ハンバーガー用のパンなどが添えてあると、なお良いかもしれない。



ジャンボメンチなるものも食う。熱いうちにハフハフ食うと美味いよ。

シメに海鮮石焼ビビンバいくかぁ?と思ったのだが、2人だと、これでもうお腹一杯になりました。宴会とは違って、残さずキレイに食うからな。

帰りにマックスバリュで甘いものを買い、家で食って終了。

董国強『文革――南京大学14人の証言』(築地書館)読了。



こういうのを連続でアップすると、ちょっと問題あるかな。

このブログに中国の読者はいないと思うけど、中国のプロバイダ経由だと見られなくなってたりして……冗談です。

学術交流で中国を訪問しても、入国審査ではねられたりして……冗談です。

別に何か含むところがあるわけじゃないっすよ。たまたまです、たまたま。去年訪中して以来、中国びいきだしな。

文革当時、南京大学にいた学生や教員の証言集です。

まあ、興味のある人は限られますかね。

印象に残った箇所から、いくつか引用。

紅衛兵活動の思い出から。

《革命委員会が組織した雨花台での「喫憶苦飯(苦しい時代を思って食事をする)」活動は、印象深いものでした。(中略)雨花台ではピクニックと同じ様に、かまどに鍋をかけ、大鍋で、豆腐かす・ふすま・山芋のつる、といった物が入れられました。(中略)私は、何人かの「革命性」の強い派閥のリーダーが競争して、一椀食べてはまた一椀盛っているのを見ました。/私は心中彼らに敬服しましたが、自分では食べられませんでした。その時、班長が来て「虞さん、ここは人が多過ぎるから、向こうに行って食べよう」と言いました。私は彼と一緒に山の斜面の誰もいないところに行きました。/班長はすぐに吐き出して「ばかばかしい! これが革命か?」と言いました。私は驚きましたが、直ぐに班長の考えがわかって、笑って、吐き出しました。(中略)これは非常に面白い一幕でした。おそらくどんなことでもそうでしょうが、やりすぎてしまっては、でたらめが出てきてしまい、結果、滑稽なことになってしまうのです。これも弁証法です!》(p59〜61)

リアリストだなあ、中国の人は。

農村での生活の思い出から。

《ある時集会でスローガンを叫ぶことがありました。その時、年配の人が、「劉少奇を打倒しよう!」などと言わなければならないところを、間違えて「毛沢東を打倒しよう!」と言ってしまいました。みなのいる前だったので、彼も釈明のしようがないことはわかっていました。》(p67)

さて、その後どうなるか。

《しかし、農村には農村のやり方があるのです。苦労して育ててきた豚は、こういう時に殺されるのです。村人全員・大隊・公社の幹部が招かれ「みなさんを慰労するために豚を殺した」と言うのです。このようにして宴会が終わると、何事もなかったことになるのです。》(p67〜68)

リアリストだなあ、中国の人は。

文革全体を通して学生さんが学んだことから。

《私は喋ることができないものがあること、喋ることは愚かであることを知りました。(中略)その時期は、一部の話題は家庭でも喋ることができませんでした。喋ったら同じようにひどい目にあう可能性があったからです。そのため、嘘をつく習慣ができてしまいました。/私は中国人の嘘をつく比率はアメリカ人より高いと思います。もしかしかたら百倍くらい差があるのかもしれません。アメリカ人は何の気兼ねもなく話ができるので、嘘をつく必要がないのです。私たちの統治は基本的には暴力と恐怖によるものです。これは畏怖の気持ちと、服従しなければ全てを失ってしまうという社会心理をつくりだすのです。》(p294)

これはビジネス的にも大事かと思って引用してみました。

自由に批判ができるようじゃないと、いや、批判じゃないな、思ったとおりのことを、また事実をありのままに言えるような環境じゃないと、みんなウソつきますよ、マネージャーのみなさん。「オレが聞きたくないようなことを言え!」ぐらいじゃないと。

《我が民族の悲劇は、社会に人為的な災難が到来した際、それに抵抗する人が大変少ないということです。また人為的な災難が去ってからも、それに責任を取る人が大変少ない――ひどい場合は、一人も出てこない――ということです。(中略)/文革が発生すると、あらゆる人間がこれに巻きこまれ、誰も無関係ではいられませんでした。しかし、政治運動の終結後、懺悔した人はいたでしょうか? みな被害者面していないでしょうか?(中略)/そのため、現代中国には気丈や気概にあふれ、他人の評価を気にしない人が大変少ないのです。そのかわり、風見鶏や優柔不断、権威にへつらう、空気しか読まない人間ばかりあふれているのです。(中略)このような民族の問題点は、私達の伝統文化――儒教と道教――に関係があるように思われます。特にキリスト教的な悔恨・反省の意識が欠けてしまっていることは重大な問題です。》(p316)

「文革」を「先の戦争」に置き換えると、日本もあんまし変わんないような気がしなくもない。「儒教と道教」という文化は、共通しているわけだしな。

にしても、ここでキリスト教が出てくるのには、ちょっと驚いた。

悔恨・反省っつーのは、キリスト教的な意識だったのか。

文革当時の大学進学事情から。

証言者は、中学卒業後に農村へ行ってから、街に戻って工場で働いた人。

《当時、私は一生涯工場にいるつもりはなく、一心に大学への進学を希望していました。そのため私はいたるところで情報収集を行い、受験のやり方がある程度わかりました。願書の書き方、大衆の推薦の取り方、単位のリーダーの許可、学力試験などなどです。(中略)リーダーの許可はちょっと面倒でした。私は全く見当がつかなかったので、父親に頼んで工場のリーダー数人を酒宴に招きました。》(p353)

これでリーダーの許可の問題は解決。コネの世界なんですよ。

《願書と手続きの問題が完了し、私は家にこもって受験勉強を始めました。(中略)語文〔国語〕の成績は大変よいものでした。しかし、他の科目は全滅でした。数学・理科・化学は勉強したこともなく、答案はほとんど白紙同様でした。(中略)そのため、試験終了後、絶望的な気持ちでした。/しかし、しばらくして合格通知書が来たのです。(中略)なんと「南京大学数学科計算機専攻への入学を許可する」と書いてあるではありませんか!》(p353〜354)

数学・理科を勉強したことのない人が、数学科入学!

そんな感じだったらしいっすよ。

《入学後、学科内部で試験が行われました。結果、レベルは誰も皆似たようなひどいものであることを私は理解しました。(中略)私のクラスの二人の学生は、小数点すら習ったことのない小学六年生レベルの人間でした。このような状態だと、大学も正規の授業を始めることができず、私達に四ヶ月にわたる補講を実施しました。》(p354〜355)

日本の大学生の学力低下なんて、カワイイもんだ……と思われたかもしれませんが、証言者はその後、大学教授になっています。

そのまま南京大学の教授になったんじゃありませんよ。カナダの大学の数学教授です。

すげえ。勉強を始めるのに遅すぎるということはないと、改めて思った次第。

今日は粟津則雄先生の講演会に行く。

なかなかよいお話であった。

美辞麗句を連ねるのが詩ではなく、自分を超えたものに出会ったときの曰く言いがたさを、それでも何とか言語化しようとするのが詩という営みである(とワタクシは解釈しました)、というところには、深く感銘を受けました。

また、複雑さを大切にせねばならぬ、単純化に逃げてならぬ、というところにも……あら。そんなことを言いつつ、なんだかお話を単純化してしまったような。すいません。

お話を聞きつつ思ったこと。

先日引用した、墜落する飛行機の中で書かれた遺書、あれは間違いなく「詩」にあたるだろう。

それだけでなく、パイロットがボイスレコーダーに残した言葉、「これはもうだめかもしらんね」も、「詩」にあたるのではないかと思ったのである。

「白い巨塔」で、カラサワ財前が絞り出すように言った「無念だ……」というセリフも、「詩」なんじゃないかな。



休日なので(というのもヘンだが)、新しいカップラーメンを試してみる。



マルちゃんの「ごつ盛り」ねぎ胡麻豚骨ラーメン。



かやくは後のせタイプ。

豚骨だが、そんなに臭くはない……と思ったのだが、なんだこのパンチは。

よくよく見ると、かやくにはフライドガーリックが入っているではないか。

なるほどニンニクパンチってわけだな。

これは昼飯としては休日限定かもしれない。

昨夜、「今日は全国的に暖かかった」というニュースの中で、Tシャツ姿、かつタオルで汗をぬぐっている人の映像が流れた。

……いくら暖かかったとはいえ、そんな人はめったにいないでしょ。

ちょっとやりすぎなんじゃないかな、と思ったひとコマでした。

ああ、そういえば、水浴びしているチビッコの映像もあったな。

「寒くない?」

「寒くなーい!」

気温20度じゃ、水浴びするには寒いだろ、と思うのだが。



原作を読了したばかりの「沈まぬ太陽」が、日本アカデミー賞作品賞をとりましたね。なんとタイムリー。

授賞式でハトヤマさんが「JALは沈んじゃったような気がしますが」などと発言したのは、いかがなものかと思いましたけど。会社名出しちゃマズイんじゃないっすか?

むしろ「内閣の支持率も半年でだいぶ沈んじゃいましたが」のほうがウケたんじゃないっすかね。……いや、笑っていいのかどうか悩んじゃう人もいるか、これだと。

では、「内閣の支持率も沈まぬようにしたいと」……うん、こんなもんですかね。



3月5日の朝日新聞朝刊「声」欄の下に、あるミュージシャンのインタビュー記事が掲載されていた。

「朝日求人×マイナビ転職 共同企画」の「ヒーローズファイル〜挑戦者たち〜」という、なんだろうこれは、一種の広告なんだろうか。

そのインタビュー記事の中に、「ほう!」と思う一節があったので、ご紹介しておきましょう。

ミュージシャン自身の言葉ではなく、記事を書いたライターさんの文章のほうです。

《彼は福岡在住にもかかわらず小学生の時から東京の俳優養成所のオーディションを受けに行くなど、自分の表現の場を積極的に求める少年だった。》

「自分の表現の場を積極的に求める少年」。

うまく書けるもんだなあ。いやいや、「〜受けに行くなど、」の後に、こう続くとは思わなんだ。

国語力的にスバラシイ!と思いました。

みなさんなら、「〜受けに行くなど、」の後に、どのような形容を置くでしょうか。

もう一昨日になるが、我が家でも雛祭りっぽいメシを食うのである。



ちらし寿司。お土産のイクラをまだ使っております。



鯛のカブト煮。……は、雛祭りっぽくはないのか。よくわからん。

関西では一般的だが、関東じゃあまり食わんのかな、これ。

いや、ヨーカドーでえらく安かったんですよ。あんまし食わん=売れんから安いのかな、と。

サイズは確かにちょっと小さいが、しかし関西だとあの値段はないでしょ、多分。

カブト1尾分だけじゃなく、1尾分のアラまで入って、なんと150円。

すいません、しかも夕方だったんで半額シールがついてて、実際には75円。

半額シールってところで、ますます「売れないのかなあ、これ」と思ったわけです。

煮て食うと美味いのになあ。目玉の周りとか。



朝日書評(3月7日)先取り企画。

趙紫陽ほか『趙紫陽 極秘回想録』(光文社)読了。



趙紫陽さん、1989年の天安門事件当時、党総書記という立場にあったんだけど、軍隊の出動に反対したことで長老連の怒りを買い、一切の役職を解かれて、自宅軟禁状態となりました。多少の外出はできたみたいですけどね。2005年に亡くなっています。

感想は、うーん、中国はなかなか難しい国だ。

いくつか引用。

なぜ改革解放が必要か(必要だったか)というところから。

《われわれは長年、小麦の生産に適さない地域に小麦の栽培を強要してきた。それゆえ、たいへんな労力を傾けて農業インフラを整備し、灌漑プロジェクトを進めなくてはならなかった。》(p226)

《中国は大きな国なので、地域によって環境や条件はさまざまに異なる。われわれは正しいと思われる方法を全国一律に適用しようとすることが多かったが、それは各地域の強みと特性を無視することであった。》(p239)

まあ、日本でも、とにかくコメ、という時代がありましたよね。

《同じことは工業にもあてはまる。かつてのわが国の工業開発戦略は、「飯を炊くなら、まず米を手に入れろ」であった。つまり、すべてにおいて原料作りから始めようとしていたのである。》(p226)

《何もかも自力でやろうとして、けっきょく、どの分野でも中途半端な結果しか得られなかった。そのせいで、われわれはたいへんな損失をこうむった。閉鎖的な政策をやめて国際市場と統合し、国際貿易を活用しなければ、わが国は取り残され、近代化は不可能になる。》(p227)

まあ、企業でも、とにかく自社でやる、というところがありますよね。

しかし、いかんともしがたい弱みに、どれだけリソースを突っ込んでみたところで、もともとそこを得意とするところには勝てない。

だったら、そんなところにリソースを突っ込まずに、自分の得意なところへ……という話ですね。

おお、これが一時流行った「選択と集中」ってやつか。

お題目を唱えることと、それを実行することとは、別ですけど。

いやね、「選択と集中」には、必然的に「切り捨てること」が伴うわけだけど、この「切り捨てること」が、実際にはなかなかできないもんだよなあ、と思うことが多いので。

最後に、「エピローグ」から。

ここは、趙紫陽さんの秘書だった人の息子さんが書いたところ。

《今日の中国では、経済改革が怒濤の勢いで進展し、資本主義―株式市場、不動産市場、民間企業―がすっかり定着した。しかしそのいっぽうで、趙紫陽が世間から隔絶された中庭付きの邸宅に幽閉されていた晩年に気づいたように、腐敗によって制度は損なわれ、政府の国民生活を向上させる能力に対する信頼は揺らいでいる。(中略)市場は腐敗した役人と汚い取引によって歪められている。国は依然として法ではなく人に支配されている。》(p423)

そして趙紫陽さんは晩年、「議会制民主主義にしくはない」という結論に至るわけですが、なかなか難しいんじゃないかなあ。

今朝の新聞によると、自民党の若手議員が幹事長さんに、

「幹事長は顔が怖い」

と言ったらしい。

うーむ、国語力的には、

「幹事長、スマイルスマイル!」

……なんてことは言えんか。

にしても、「怖い」てのは、ちょっとストレートすぎるかな、と。



最近の我が家での(というか、カミサンの)ブーム。



おそうじ消しゴム。

先日お客さんが来るときに使ったらしいのだが、おもしろいように汚れが落ちるらしい。

ここんとこ、思いついてはいろんなところを磨いているようです。



山崎豊子『沈まぬ太陽』(山崎豊子全集・新潮社)読了。

結末は「あれれ、これでオシマイなの?」という感じだったが(今イチすっきりしないんですよ)、まあ、それまで楽しませていただいたんだから、よしとしよう。

また、御巣鷹山の事故についての本をまとめて読んでみようという、という目標もできたから、よしとしよう。

まず、第1部「アフリカ篇」から引用。



主人公が単身赴任しているナイロビを社長が訪れた際、社長のお付きに言われたセリフから。

《社長が遠路運ばれる以上、国際会議の出席でなくても、タラップから赤絨毯を敷いて、入国手続もフリーパスの手配をするべきだ、気がきかないな》(「アフリカ篇」p47)

へええ、赤絨毯か。航空会社の社長さんて、エラかったんですねえ。

1960年代の、国際線乗員の勤務状況から。

《南廻りヨーロッパ路線は、羽田から香港を経由し、バンコクで最初のクルー交替。三日待機して次の飛行機に乗務し、カラチでまた交替、四日待機して次の飛行機に乗る。ここからは交替なしで、カイロ−ローマ−フランクフルト−ロンドン着、ロンドンで四日待機した後、往路と同じ日程で羽田に向うのだった。往復二十四日の南廻りはきつく、復路のカラチあたりでへばりそうになるのを、次は緑したたるバンコク、そして、日本が目前と云い聞かせて頑張り、乗客へのサービスに努めるのだった。》(「アフリカ篇」p213)

カミサンに「おいおい、大変だなあ、客室乗務員さん」といってこの箇所を示すと、「でもさ、24日のうち、18日が待機、実働6日ってことでしょ。なんだかラクじゃね?」という。

そうかなあ。1回日本を出ると24日戻れないってのは、なんだか船乗りみたいで、大変だなあと思ったのだが。

主人公が、両親の墓参りに行くところから。

《恩地は、妹の紀子と連れだって新幹線の熱海駅で乗り換え、三島駅で下車した。駅前の花屋で色とりどりの菊の花を求め、タクシーで五、六分の菩提寺へ向った。》(「アフリカ篇」p411)

おお! なんと! 主人公の出身地は三島だったのか! なんだか急に親近感が湧いてくるなあ。

《山間の菩提寺には、両親が眠っている墓があるのだった。思えば、母の存命中は、仏壇の父の位牌に手を合わせるだけで、久しく郷里への墓参りはしていなかった。》(「アフリカ篇」p411)

駅からクルマで5、6分てことは、せいぜい3〜4キロってところか。

三島駅から3〜4キロにある山間。

どこだ。

箱根のほうか?

しかし3〜4キロ程度で「山間」と呼べるようなところ、あったっけ。

《遥かに連なる山並みの上に、長く裾をひいた富士の山容が望まれ、頂きに積った新雪が、眩ゆいまでに銀色に輝いている。視線を巡らすと、遠くに駿河湾が真っ青に拡がっている。》(「アフリカ篇」p412)

富士山はわかる。しかし、三島駅から3〜4キロのところで、駿河湾が見えるポイントなんて、あったっけ。

ウガンダに工場を建てた衣料メーカーの駐在員の話から。

なんと、操業五ヶ月目にウガンダでクーデターが起こってしまったんですねえ。

《ほどなく政府軍のジープが乗りつけた。私に銃口を突きつけ、「バガンダ族を匿っているだろう、ここへ集めろ、匿うとお前も殺す」と、銃の引金に手をかけた。「私は日本人だ、クーデターと全く無関係の日本人を殺すというのか!」と銃口の前にたち塞がると、「われわれの命令に従わなければ、工場をぶっ壊すぞ!」、自動小銃を持った兵士たちがいきりたった。「この工場は、ウガンダ政府と日本企業の合弁で出来たもので、私がその責任者だ、私は会社の従業員を、命を懸けて守る、従業員は誰一人、出せない」と云うと、小銃を突きつけていた兵士は「解った、ここは日本人が経営している会社で、クーデターとは無関係だ」と云い放って、引き揚げていった。この日以来、「ミスター・マツダは私たちのブラザーだ」と云われ、従業員たちと強い絆で結ばれた。それに伴って、工場の生産性も向上したのだった。》(「アフリカ篇」p482)

いい話やねえ……どころじゃなくて、いや、ミスター・マツダ、すごい。たいしたもんです。

《工場を軌道に乗せたら、帰国する予定だったので、それを従業員たちに伝えると、「ミスター・マツダは、われわれのブラザーではなかったのか」「あなたは、ウガンダへ金儲けのために来たのか」と怒り、泣き出す者もあった。私は「この国が好きだ、今も皆のことをブラザーと思っている」と答えたが、日本へ帰る限りは信じて貰えなかった。/私は遂に、ウガンダに骨を埋める覚悟をし、日本の社長にその旨を書き送った。同時に妻に現在の自分の心境を伝えた。社長からは「すべて君の決断に任せる、いかなる支援も惜しまない」という豪気な返事が届いた。二人の娘を持つ妻は、さすがに考えあぐねたらしく、ようやく「家族は一つ、私も娘も、あなたに随いて行きます」という返事が着いた時には、涙が止まらなかった。》(「アフリカ篇」p483)

いい話やねえ……どころじゃなくて、いや、ミスター・マツダのみならず、ご家族も社長さんも、すごい。たいしたもんです。

次に、第2部「御巣鷹山篇」から引用。



半官半民の会社って、そうなっちゃうのね、というところから。

《国民航空に縁故入社している国会議員の子弟は五十名以上で、その親たちが“PTA”を結成している。》(「御巣鷹山篇」p25)

つーことはアレか、元電電公社も元専売公社も郵政公社も、似たようなもんなのかな。

国からカネが出ているようなところは、そうなるんですかね。

「御巣鷹山篇」p118〜119。

覚えている人も多いだろう。泣いた人も多いだろう。

事故で亡くなった人が、機内で書いた遺書から。

《マリコ 津慶 知代子 どうか仲良く がんばって ママをたすけて下さい

 パパは本当 に残念だ きっと助かるまい 原因は分らない 今5分たった

 もう飛行機 には乗りたくない どうか神様 たすけて下さい

 きのうみんなと 食事したのは 最后とは 何か機内で 爆発したような形で
 煙が出て降下しだした どこえどうなるのか 津慶しっかり た(の)んだぞ

 ママ こんな事 になるとは残念だ さようなら 子供達の事 をよろしくたのむ

 今6時半だ 飛行機は

 まわりながら 急速に降下中だ 本当に今迄は幸せな 人生だった と感謝している》

自分は当時大学生だったが、泣いた記憶がある。家庭を持っていたような人にとっては、さらに感じるものがあっただろうな、と思いました。

この遺書について、山崎豊子さんは次のように書いています。

《一人の人間が、死を前にして、かくも冷静に知・情・意を尽した遺書を記し得るものなのか――。その文字から滲み出ているものは、強靭な意志と、家族に対する限りない愛情、人間の尊厳に満ちた惜別であった。》(「御巣鷹山篇」p119)

最初に遺書を読んで泣き、このくだりを読んで、また泣けましたよ。

最後に、第3部「会長室篇」から引用。



……と思ったが、「お、ここは」という箇所がありませんでした。

印象に残ったのは、三十半ばのパーサーがやたら「自分は年収1000万、地上職の3倍だ」と言っていたことかな。

時代は1980年代。パーサーが高かったのか、地上職が安かったのか、どちらとも妥当だったのか。

『沈まぬ太陽』、おそらく今日中に読了。トータル1500ページ以上もあると、さすがになかなか時間がかかる。

墜落事故のちょうど1年後の同じ時間、墜落現場に集まった遺族の描写には泣きました。



今朝のワイドショーで、少し前に紹介した清水ヒロヤスさんの辛口コラムが取り上げられていた。

大丈夫か、清水さん。

清水さんが「おう、バンバン取り上げてくれよ、タブーなき言論だぜ!」と思っていらっしゃるのならいいのだが。

にしても、清水さんのコラムだけではわからなかったことが、マスコミが本気出すとわかる……というか、オープンになるんだなあ。本気出してくださいよ、マスコミのみなさん。

今朝、「へええ」と思ったこと。

バンクーバーへ(国費で)派遣された選手の数、九十数人。

それに対して、バンクーバーへ(これももちろん国費で)乗り込んだ「役員」さんの数、なんと百十数人!

なんで選手より多いんだよ。

おまけに、選手はエコノミークラス、「役員」さんはビジネスクラスだとも聞く。

体調に万全を期すべきは、選手のほうじゃないの?

帰国便のほうは、まあ、お年寄りを大切にすればいいと思うけど。



中野雅至『「天下り」とは何か』(講談社現代新書)読了。



天下りもしょうがない面があるんだよ、それに悪いことばかりじゃないんだよ、官僚は優秀だしさ、という主張のように読めました。

まあ、そういう主張もアリでしょう。著者さん、元キャリア官僚(現在は大学の先生)ということもあるんでしょう。

にしても、現実の切り取り方が、元キャリア官僚だなあ、という感もなきにしもあらず。

いくつか引用。

天下りが発生する要因を述べたところから。

《日本の役人は年金水準がそれほど高くないことも挙げられます。》(p48)

ほうほう。主要各国と比較した表が載ってるな。

《これを見ると、日本の場合、高級官僚でさえ年金額がいかに少ないかがわかります。》(p48)

なるほど。確かにイギリスの半分以下だ。

局長級で622万円、課長級で451万円。

《もちろん、国内の水準としては決して安くはありません。「庶民に比べたら十分じゃないか」というのはもっともな意見です。しかし、国際的に見れば、日本の公務員の老後は豊かではないということです。》(p48〜49)

ふーん。

一方では、「世界中を見渡せば、一生涯の賃金保障のあるサラリーマンは極めて恵まれている」という人がいるし、一方では「国際的に見れば日本の公務員は恵まれていない」という人もいる。

比較の問題なんだなあと思った次第です。

ちなみに掲載の表には、最終年収に対する年金額の比率もある。

これを見ると、ドイツ・フランスの公務員は大変だなあというのもわかる。

年金額を並べてみると、

日本:局長級622万円、課長級451万円
フランス:局長級775万円、課長級501万円
ドイツ:局長級1120万円、課長級818万円

最終年収に対する年金額の比率は、以下のとおり。

日本:局長級33.5%、課長級32.8%
フランス:局長級72.7%、課長級72.7%
ドイツ:局長級69.9%、課長級69.9%

著者さんは、《最終年収に対する割合でも断トツの低水準》(p48)と、いかに日本の高級官僚が恵まれていないか力説なさってますが、ワタクシは逆に、現役時代はフランスやドイツより恵まれているんだなあ、とりわけフランスは厳しいなあ、という印象を受けました。

天下りの特徴について述べたところから。

《第二に、「成果主義の傾向」です。(中略)事務次官という最大の功労者にはおいしいポストが与えられる一方で、課長クラスで役人生活を終えれば、それなりのポストしか用意されません。》(p52)

あれ? 「成果主義」って、こういう意味だったっけ。

天下りの弊害であると指摘される、政官業癒着について述べたところから。

《公共事業の場合には、巨大なパイの実質的利益の多くは建設業界に流れ込みます。公共事業の口利きに伴う政治家に対する不当な利益供与の額は(中略)政治家個人が得る利益としてはこれまた巨額です。この両者の取り分と単純に比べれば、官僚が天下りから得るものはそれほど大きいとは言えないでしょう。》(p117)

これも、比較の対象、比較方法が、ちょーっと違うような気がしないでもない。

みんながみんな天下ってるわけじゃないよ、というところから。

《企画官・課長クラス以上で辞めた人のうち、60%以上は斡旋を受けて天下っていますが、残りの40%の大半は自力で再就職しているのです。》(p120)

胸はって言われてもなあ。

《もちろん、自力で再就職できない人もいます。私の見るところ、これは能力の差というよりも、勤務していた役所やポジションによる差が大きいように思います。》(p121)

能力とは関係ないところで再就職できるかどうかが決まる……これを「自力で」と言うんだろうか。

最後に、高級官僚は優秀なんだよ、というところから。

《高級官僚の経営能力はあなどれません。高級官僚の仕事は民間企業の役員と同じく、数多くの部下・予算・組織を管理して成果をあげることだからです。》(p127)

じゃあ収入以下に支出を抑えろよ……というのはおいといて。きっと「政治家が悪い」とおっしゃるんでしょうから。いや、ひょっとしたら「国民が悪い」か。

それはともかく、でも再就職は能力とは関係なく決まるんですよねえ。なんだかワケわかんないぞ。

《高級官僚は概して人間的な「総合力」も優れています。》(p127)

とまあ、こういう本です。

『沈まぬ太陽』第3部「会長室篇」に突入。

泣く頻度がガクンと落ちました。

でかい会社になると、いろいろ蓄財……というか、私服を肥やす方法があるもんなんだなあ。

カミサンにも読むよう勧める。

第1部「アフリカ篇」を開いて読み始めたようだ。

しかし。

「うーむ、どうも作品に入り込めん、アタシは山崎豊子さんの世界とは合わんようだ、それにさ、『白い巨塔』とか『不毛地帯』とか『華麗なる一族』とか、みんなテイスト似てね?」などとのたまう。

そりゃ、同じ作家なんだもん、テイストは似てるでしょ。

「なんかさ、善玉悪玉がクッキリ分かれすぎっつーかさ、人間そんな単純じゃないよねえ」

エンターテイメントは、それでいいのである。

「第2部から読もうっと」

別にいいけどさ。

そしてしばらくして。

「『墜落遺体』のほうがすごかったよ」

「なにその『墜落遺体』て」

「そういう本があんのよ」

あんまし読む本を増やさんでくれよ。



函館土産編。



キャラメル2種。

あずきの方は前からあった気がするけど、バターは新製品だよな。

食べてみる。

あずきは、うん、あずきだ。素朴な味。

バターは、へえ、これがバターねえ、という感じ。

ここで「お、もしかしたら」と気づく。

2種を同時に口へ放り込んでみる。

おお、やっぱり!

スガキヤのクリームぜんざい味になるではないか!

その他、丸井今井の地下で「特価! 鮭フレーク2瓶630円」とあったのをついつい買ってしまい、空港で「特価! イクラ醤油漬け150グラム1400円」とあったのをついつい買ってしまう。

特価なのかどうかはよくわからんが、でもイクラ醤油漬けは函館で作ったものだし、「原材料 イクラ 醤油」とだけあるシンプルなものだったので、よしとしよう。

カミサンはイクラを使って、



こんなものを作る。

ま、そういうのもいいけど、やっぱ鮭とイクラがあるなら、親子丼でしょう。



イクラ、醤油はうすーくきかせてあるだけで、美味かったっす。

めずらしく、モノ系のお土産も買う。



トマリ先生から「結構人気あるみたいよ」と聞いたので買ってみる。

函館刑務所の製品です。

| 次へ