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旅ゆけば酒と、国語力検定

[2010年03月18日(木) ]

昨日、テレ東の旅番組で鎌倉特集をやっていたので、観てみる。

稲村ヶ崎で昼飯、というところで紹介されたお店、「地元の人でも大賑わいの」などとナレーションにはあったが、いっつもガラガラじゃなかったっけ、あそこ。

昼飯の定食が2000円もしてるし。観光客が1回だけ立ち寄るお店なんじゃないかなあ。

地元民で大賑わいのお店なら横須賀線ガード近くのあのラーメン屋でしょ、終電で帰っても唯一開いてるラーメン屋、ラーメンもチャーハンも暴力的なボリューム、深夜、何かに復讐するように食ったなあ……何に復讐してたんだっけ。



大岡玲……もとい、大岡玲先生の『旅ゆけば、酒。』(日本経済出版社)読了。知らない方じゃないし、近々一緒に飲むことになってるからね。



初めてお会いしたときには、著書を全く読んでいないという極めて失礼な状態だったので(スミマセヌスミマセヌ……)、今回ガーッと固めて読んでおこうと思ったわけです。

しかし。

この方と一緒に飲むのか。

知らんかった。

こんなに飲まれる方とは。

(つぶれちゃったみたいなんですが)ウィスキーをボトル1本飲まれたことがあるらしい。

……ワタクシはボトル半分でつぶれます。

また(つぶれちゃったみたいなんですが)日本酒1升を5分で飲まれたことがあるらしい。

……ワタクシはせいぜい時間をかけて5合がいいとこです。

いやー、何だかコワくなってきたな。ウコン飲んどくか、一応。

いくつか引用。

奄美大島篇から。

《いやはや、この黒砂糖から作られる酒は、泡盛よりもすっきりと癖がなく、どうにもこうにも旨くて旨くて、困りものである。》(p44)

おお! 黒糖焼酎! あれはうまいっすね。奄美のスーパーで一升瓶買って帰ろうか悩んだもんな。

画家・田中一村篇から。

《人に向かって何かを表現したい、と考える者だったら、こうした情念を持たないはずはない。ひがみそねみのまったくない、天使のように善良な芸術家など、この世には存在しない。他者に影響力を及ぼそうというのだから、これは当然なのだ。》(p54)

日本は世界一ブロガーが多いそうだ。だからどうだということもないが。

香港篇から。福臨門酒家に関連して。

《こういう至福が経験できるのは、ここと創發という潮州料理店――魚の浮袋や豚子袋が入った、胡椒味のスープといったら!――だけだ。》(p70)

おお! 潮州! 去年行ったところではないか!

へー、潮州料理もご存知なんですね。

そして中国篇で、この創發へ行く話が出てきます。

《福建省の省都福州へは、香港を経由して入った。乗り継ぎの時間が三時間近くある。となれば、黙って空港にいる手はない。》(p81)

というわけで、創發へ。

《塩茹でして風干しにした甘鯛に、潮州名物の調味料豆醤をつけながら食べる、という快楽にありつきたかったのはもちろんだが、この店で料理の前に登場する功夫茶を茶の旅の門出に味わっておきたいという気持ちがあったからだ。》(p81)

おお! 功夫茶!

潮州では、必ずメシの前に出てきたなあ。



こういうやつです。

達人のお店へ行ったときの記事は、↓これです。
http://www.zkaiblog.com/kokugoryoku/daily/200909/02

《功夫茶は、酒の杯ほどの大きさの茶碗で供される。濃いめに淹れた鉄観音の、渋みと酸味が交錯する味は、口中を清めて猛然とした食欲を導いてくれる。これを何杯か飲んで胃の腑を刺激し、あとはプーアル茶に切りかえる。すると、恐ろしいことに、いくらでも料理が入ってしまうのである。まったく中国人というのは、快楽の達人だと思わざるをえない。》(p81)

やっぱ違うなあ、描写が。

最後に、イタリア篇から。

《今回の旅で、ヴェスヴィオス火山の噴火で埋まってしまった有名な都ポンペイを、女優の桃井かおりさんと訪ねた日、当時の生活を説明された桃井さんの口からこぼれた言葉が印象的だった。繁栄と頽廃、快適さと自堕落がいりまじるこの都の廃墟の中で、彼女は「いやだわ。ここには、中心がなんにもないじゃない。どうやってここの人たち、きちんと生きていくことができたのかしら」と言ったのだ。/私は返事につまり、モゴモゴしてしまった。と、桃井さんは追い打ちをかけるかのごとく、「なんだかつまんないじゃない。話を聞いてると、まるで今の日本とおんなじみたい。結局、繰り返しってこと?」と、きびしい宣告を下したのだ。そして、私にもたしかにそう思えたのである。》(p204)

スルドイ批評である。

日曜日、ふと思いついて、ネットで何か調べているカミサンに「ホリキタマキさんてさ、トシとったらハリセンボンの片方みたいになると思わね?」と話しかけると、カミサン、こちらを向いてニヤリと笑う。

「ちっと待って」

何やらキーボードをカタカタやっている。

「ほれ」

PCのディスプレイをこちらへ向ける。

おおお! ホリキタマキさんからハリセンボンへの遷移画像を作っている人がいるとは!

つーことは、ワタクシの感じ方も、あながち間違ってはいないってことだよな。



3月16日16時56分配信 夕刊フジ《反省の言葉なし…エリカ様「想定外」会見でアクシデント》という記事から。

この会見、今朝のワイドショーでちらっと見たんだけど、会見というのは話し言葉で行われるわけだから、それをそのまんま文字に起こしちゃうと、どうしても多少ヘンなところはあるよねえ。原稿を棒読みしてるわけじゃないんだからさ。

だから、会見のコメントを記事にする場合は、書き手が適宜修正するもんだと思っていたんだが、どうやらこの記事は、コメントをそのまんま文字に起こしたようである。

たとえば、これ。

《「今回の始動に際しまして、大きな物議をまたしても呼んでしまったことを、私へのバッシングはともかく、たかの友梨、クライアントの皆様に大変なご迷惑を呼んでしまいました。とても残念に思っております」》

まあ、最小限の手直しをするとしたら、「今回の始動に際しまして、大きな物議をまたしても呼んでしまったことを、また私へのバッシングはともかく、たかの友梨、クライアントの皆様に大変なご迷惑をかけてしまいましたことを、とても残念に思っております」ぐらいですかね。

また、これも。

《「私が求めていたのは普通の生活がしたかった。何気ない日々がとても刺激的で楽しかった」》

「私が求めていたのは普通の生活がしたかった。」→「私が求めていたのは普通の生活。」ぐらいの修正、してあげましょうよ。国語力基礎検定レベルっすよ、これ。

夕刊フジ、「わざと」「あえて」そのまんま文字化したんですかね。

だとしたら、どっちもどっちだなあと思った次第です。



フィリップ・P・パン『毛沢東は生きている』上下(PHP研究所)の続き。



改革解放で、炭鉱が民営化された結果、どうなったかという話。

《中国での炭鉱事故は、世界的に見ても飛び抜けて多く、一〇〇万トンの石炭生産量に対して、四人ないし五人が亡くなっていることになり、それに比べ、ロシアとインドは一〇〇万トン当たり一人未満で、英米に至っては、実に〇・〇五人なのだ。》(上巻p230〜231)

どうしてこんなことになるのか。

《石炭の需要が増大するにつれ、炭鉱を管理する党幹部や実業家は裕福になったので、彼らは能力以上に生産を拡大し、炭鉱夫を疲労の極限まで追い込んだ。上げた利潤に比べれば、炭鉱夫の命への代償はわずかにしかすぎず、炭鉱経営者は、安全策や設備などに投資するよりも、炭鉱夫を犠牲にするほうが、経営上プラスになると考えてきたのである。》(上巻p231)

まさに「人の命がおカネに換算されている」ってやつですな。

これも、中国の労働事情の話から。

《労働組合を結成してストライキを行うことは禁じられており、世界最大の労働源を活用できる経営者に対し、炭鉱夫や他の労働者は対抗手段が殆どない。報道の自由や、独立した裁判所が存在しないので、賃金の支払いを拒否され、健康が危険にさらされても、使用者に対する苦情を持ち込むところがないのだ。》(上巻p233)

あれえ? 共産党や共産主義って、労働者のためのものじゃなかったっけ。

ヘタすると、共産党が支配する中国で共産主義革命が起こったりして。

SARS騒動が起こったときの話。

《真実を否定する党の努力は、死に物狂いの様相を呈するようになる。SARS感染をWHOの調査チームから隠蔽するため、衰弱した患者を別の病棟やホテルへ移送することを、一部の病院に命じた。ある病院では、医師と看護婦は患者を救急車に乗せ、WHOのチームが去るまで、病院をぐるぐる回っていた。》(下巻p129〜130)

何もそこまでせんでも……という感じですね。

中国の(体制にモノ言う)ジャーナリストの話。

《同紙が党幹部を怒らせたことは、これが初めてではないので、編集者は、窮地を切り抜けるためにどうすればいいかを心得ている。すなわち、重大な誤りを犯したとすばやく告白し、再発防止のため、どんな手段を講じたかを報告書にしたためた。さらに、SARSの記事を書いた記者を解雇し、それを一面に掲載した編集者を停職処分にし、さらに同紙の新星である、編集長の程益中を降格させると付け加えた。/この厳しい内容が、党幹部を満足させたようだ。》(下巻p166〜167)

なんだ、弱腰じゃん、と思いましたか?

《しかし、解雇された記者は違うペンネームで書き続け、停職処分を受けた編集者は、別の交代時間に依然として出社し、程は編集長の肩書きこそ持たなかったが、新聞を実質的に運営していることを党は知らなかった。》(p167)

したたかなだあ、中国の人は。

最後に、一人っ子政策がもたらした結果についての話。

これもまあ、中国の人のしたたかさというか、いや、悲しい話になっちゃうんですけどね。

子どもは一人にせよ、という命令が下りてきたら、人びとは、どういう行動をとると思いますか?

なんとかその一人の子どもを、男の子にしたいと考えるんですね。とりわけ農村においては。

《『人民日報』でさえも、一九八〇年代初めの二年間に、安徽省農村部のある県で、四〇人もの女児が水死したことを報じている。(中略)女児の死亡率が高いことは、この政策に起因しているものと思われる。》(p282)

《女性の多くは、性別が確かめられる、妊娠三カ月まで待ち、男子であるのを確認するまで、何回となく人工妊娠中絶を行っていた。》(p282)

その結果。

《このような性による選別は、中国での子供の性別比率をゆがめ、一九九九年に生まれた男児一二〇に対し、女児は一〇〇となり、それが及ぼす大きな影響は、男児が結婚適齢期になる時まで判明しないだろう。》(p283)

何千万のオーダーで男子が余るらしいっすよ。女子のみなさんはモテモテ……という問題ではない。

こういうケースは、人類史上でこれまであったんだろうか。

男子のほうが死にやすいそうだから、また戦争などでは男子のほうがたくさん死ぬから、女子が余るってことはあったんじゃないかと思うが。

そうか、余った男子で戦争……なんてことを考えないようにしていただきたいっすね。

ま、戸籍には載っていない女子がたくさんいるから大丈夫、という見方をしている人もいるようですが。

今朝のワイドショーで、保育所が足りないというネタを取り上げていた。

ああ、よく聞くな、これ……と思ったのだが、それからふと思った。

少子化なのに保育所が足りないとは、これいかに。

それからまた考えて、こう思った。

少子化なのに、ではなく、少子化「だから」(もちろんそれだけが理由ではないが)保育所が足りなくなるんだな。

ところで、若いお母さん、「主人の給料だけじゃ、生活がしんどい」とおっしゃっていたが、いやあ、それをテレビで言わんでも……と思ってしまいました。

ご主人やご主人の親御さんがこれを聞いたら、どう思うだろう。

「おっしゃるとおりでございます」ってところだろうか。



フィリップ・P・パン『毛沢東は生きている』上下(PHP研究所)読了。



体制に唯々諾々と従うことなく、おかしいと思うことは「おかしいやないかい!」と声をあげた人たちのお話。

大概は監獄へぶちこまれるんですけどね。そして「捕まるか?」と自分でも薄々わかっててやってるんですけどね。その勇気には敬服いたします。

いくつか引用。

以前、趙紫陽さんの回想録を紹介しましたが、この本には、その趙紫陽さんの葬儀の様子が描かれています。

亡くなった後まで、様々な干渉を受けたようですね、趙紫陽さん(の御遺族)。

葬儀ぐらい自由にさせてあげてもいいじゃん、と思うのだが。

《趙紫陽の死去は、中国の一時代の終わりを告げている。彼が夢見た民主改革が行われるとしたら、後継者である臆病な共産党指導者によって実現されるとは、到底考えられない。それは、彼の葬儀に参加した人たち、つまり、過去を忘れずに、新たな未来を勇敢に築こうとする人たちによって、初めて可能となるのだ。》(上巻p54)

中華人民共和国が成立して、農地解放が進められたときの話。

《作業チームは、村から村へと移り、農民を酷使してきた地主から土地を取り上げ、再配分する。(中略)/仕事は容易ではなく、時にチームは暴力に訴えたこともある。(中略)/毛沢東は、農民が「階級の敵」を糾弾している間は、作業チームに手を出さないようにと指示していたが、どの村でも、少なくとも一人、場合によっては数人の地主とその一族が撲殺されるか、処刑された。一九五二年、その死者の数は二〇〇万人にも上ったという。》(上巻p74〜75)

もっと穏やかにできなかったもんですかねえ。

林昭という女性が処刑されたときの話。

家族のもとに警察官がやってきて、こう言ったそうな。

《「弾丸の費用五分を早く払ってください。あなたのお嬢さんは銃殺刑に処せられました」》(上巻p80)

銃殺刑に使った弾丸の費用を、遺族から徴収する! へーえ。

さて、この林昭さん、地主ではありません。共産党員で、大学時代は農地解放の作業チームにも参加しています。

それがなぜ、銃殺刑なんてことになったのか。

「百花斉放百家争鳴」という政治運動が一時あり、「体制批判オッケー!」とされたんですが、あまりに体制批判が激しくなったんで、しばらくすると逆に「反右派闘争」をせよ、となって、体制批判をした人が弾圧されちゃった……という、「おいおい」というようなことがあり、それに引っかかっちゃったんですね。林昭さんなんか、ホントに国と党を愛するがゆえの批判だったのに。

その「反右派闘争」のときの話。

《全国で、五〇万人超の人たちが強制収容所に送り込まれるか、それとも農村部の労働に従事させられた。多くの地方では、党幹部が労働集団ごとに、その五パーセントに当たる人数を右派として暴露するよう命じた結果、党を批判しなかった人までが、その割り当ての達成のため、無実の罪を着せられた。》(上巻p102)

ところで林昭さん、才色兼備とみんなに言われているわけですが、写真が掲載されていました。



なるほど。今風だ。こりゃモテただろう。

(続く)

今日は休日であった。

しかし、三島の街を数時間ほっつき歩く。

国語力検定を実施している某塾さんが生徒さんの作品による写真展を開催するそうなのだが、そこにゲストとして国語力研究所やら三島やらの写真出展を依頼されたのである。

なわけで、カメラ片手にあちこち回り、写真を撮る。

そのうちから、いくつか紹介。



三嶋大社境内にある、一見何の変哲もない石。

しかしこれ、なんと源頼朝と北条政子が座った(と伝えられる)石なんですよ。



菰池公園の湧き水。この水が、三島市街を流れる川の源になっております(多分)。



例によって休日なので新しいラーメンを試してみる。



今回はセブン&アイの醤油ラーメン。これも包装が薄い。

しかしノンフライ麺である。開けてみると、スープも粉末と調味油が別袋という豪華版。



純粋に味わうため、素ラーメンでいただく。

ノンフライ麺は美味い。スープもパンチがきいていて好みである。さすが東洋水産。

ただ、休日とはいえ、素ラーメンだけではあまりにも寂しい。

なんかなかったっけ。

あ。函館土産のイクラが、そろそろ賞味期限か。さすがにイクラを賞味期限切れで食うのは、ちょっとはばかられるな。



というわけで、鮭イクラご飯を一緒に食う。

これでも栄養バランス的にはいかがなものかとは思うが、ま、いっかー。

1日に映画3本と、国語力検定

[2010年03月14日(日) ]

今日は午前中ちょっと海を見に行ったあと、映画三昧。

まず1本め、「エディット・ピアフ」。

最初に人前で歌ったのがフランス国歌ということになっているあたりが、時代も絡めて、ははあ、という感じですね。

歌は、感動しました。ピアフさん、日本で言う美空ひばりみたいなもんだったんでしょうか。

三島駅近くに「ピアフ」というバーがあって、一度団塊世代の人たちと行ったことがあるんですけど、ピアフの話題ですっかり取り残されたことがありました。

まあ、これで、もう一度そのバーに行けるかな、と。

にしても、ピアフさん、酒にしろドラッグにしろ、もう少し節制できなかったものか。

酒については、「オマエが言うな」と突っ込まれそうですが。

2本め、「キングダム/見えざる敵」。

多分ゲージュツ的にはピアフより下ってことになっているんだろうが、いや、おもしろかった。いわゆるハリウッドアクション的なおもしろさ。

……と、思って最後まで観ていると、いや、ラス前までは「いやー、よかったよかった」て感じだったんですが、最後の最後で、こう来るか。カタルシスではなく、憎しみの連鎖で終わるか。それがリアルなのかもしんないけど。

3本め、「フォーエヴァー・ヤング」。

多分ゲージュツ的にはキングダムよりさらに下なんだろうけど、こういうのが休日にダラダラ観るのにはいちばんいいんだろうなあ、という印象でした。

すいません、実際、これは途中で一度爆笑し、ラストで落涙してしまいました。

昨夜は取材飲みであった。……といっても、いつもの取材飲みではなく、商社に勤めるK先輩から、あれやこれやのお話を聞こうという趣向である。

いろいろ勉強になりました、ありがとうございました。

さて、週末の品川は、大変な賑わいである。

2軒飲み屋に「満席です」と断られ、しょうがないのでなんだか安そうな居酒屋へ行く。スミマセヌスミマセヌ……。

入ってみるとホントに安く、飲み物がオール300円であった。日本酒2合も300円。合成酒か? ツマミも総じて安い。300〜400円台中心。刺身盛り合わせも、7種盛りで1500円ぐらいだったな。

まずは生ビールで乾杯の後、うーむどうしよう1杯300円をショットで飲むか、それともボトルにするか……とメニューを見ると、芋焼酎5合ボトルが、なんと2100円。こりゃボトルでしょ。



というわけで、芋焼酎をお湯割りでガブガブ飲む。



お通し。マグロの煮たやつ。



シメサバ。さすがに東京のシメサバは、しっかり〆てあります。



寒ブリ。……ああ、東京で寒ブリなんか頼んでしまった。



串焼き。1本がでかい。

2時間ほどで焼酎5合ボトルを2人で空け、いい感じで酔っ払って終了。学生さんや若いサラリーマンには良いお店ではないでしょうか。

今朝気づいたんですが、上野で飲んで、能登号を見て感涙にむせびつつ解散、でもよかったっすね。

能登号。学生のときはよく使ったなあ。

社会人になったあとも、独身のときは能登号を使った。

デッキのすえた匂いが、なんとも言えないんだよね。



最終の新幹線で三島に到着。

う。また入った。深夜ラーメンスイッチが。

今日は駅からの帰り道の途中にある、あの店にするか。



味噌ラーメン600円ナリ。なんで味噌なんか頼んじゃったんだろう。

感想。「博多ラーメン」を謳っているお店で、味噌ラーメンを頼むべきではないな。

素直に博多ラーメン550円ナリを頼むべきであった。

これを次回の教訓としよう。

いつぞや取り上げた、伊豆箱根鉄道三島駅の立ち食いソバ屋さんのウドン。



これが、そのウドンである。シンプルだなあ、かけは。

麺に透明感があるのが、わかるだろうか。



わかんないか。

でも、ホント立ち食いとは思えんよ、ここは。



平尾道雄『中岡慎太郎 陸援隊始末記』(中公文庫)読了。



これはまあ一般的な伝記……だが、少々きつい。

というのは、幕末当時の日記や手紙や記録からの引用が満載で、しかもそれらが(表記は別として)ほぼ原文のまま引用されているからである。

現代の読者が漢文訓読体や候文をそんなにスラスラ読めると思っていらっしゃるんだろうか、ちとそれはムリがあるんじゃないか……と思って奥付を見ると、初版が1977年。

さらに解説を読むと、もともとは1942年に出された本らしい。それが1966年に改訂され、さらに1977年に中公文庫版になった由。

1942年であれば、おそらく日常的に本を読むぐらいの人は漢文訓読体や候文をスラスラ読めたであろう。

1966年でも、この手の本の読者は戦前に教育を受けた層だろうから、漢文訓読体や候文、大丈夫だったような気がする。

しかし1977年になると、どうだろう、50代以上じゃないとキツかったんじゃないか。

うーむ、漢文訓読体や候文を現代でも必須の国語力と考えるかどうか(ということは、国語力検定に取り入れるかどうか)、悩ましいところではある。

というわけで、本筋とは全然関係ないところから、一箇所だけ引用。

大学受験生も知っているであろう、幕末の幕政改革の話から。

《幕政改革のもっとも重要な一項は、諸大名の参勤交代制度をゆるやかにし三年に一度とあらため、江戸に住んでいるその家族の帰国を許したことである。》(p27)

ここまではご存じですよね、大学受験生のみなさん。

《これは大名相手に生計を立てていた府民の一部に大きな打撃をあたえた。のみならず、大名往来の従者もへらされることになると、都下(江戸)の人宿日傭頭として営業する者およそ百五十軒、その取りあつかう渡り徒士や日雇い人など四万人は、たちまち生活の道をうしない、衣食に窮しなければならない。》(p27)

受験生のみなさん、ここまで習いましたか?

《幕府でもその対策に苦心したが、彼らの人気はしだいに荒れて、松平春嶽や山内容堂のごとき政治改革の責任者をうらみ、危害を加えようとする噂さえ飛んだ。》(p27)

みんなが「バンザーイ!」となるような改革などあまりなく、誰かによかれと思ってやったことは、大概他の誰かには喜ばれないことが多いということ、若いみなさん知っておいてください。

今朝のワイドショーで、「茨城空港がオープン」というニュースをやっていた。

空港内で、ブラスバンドがなにやら曲を演奏している。

むむむ、この曲は。

テレビ時代劇「水戸黄門」の主題歌のように聞こえたんだが、間違っていたらゴメンなさい。

しかし、もし「水戸黄門」の主題歌だとしたら、なかなかシャレがきいてていいなあ、と思った次第。

人生楽ありゃ苦もあって、おまけに勇気が必要だ、ドーンと空港いってみよう!てな感じですかね。



飛鳥井雅道『坂本龍馬』(講談社学術文庫)読了。



失敗。

というのは、この本自体のことではありません。

ワタクシが、読む順序を間違えたってことです。

これは、司馬遼太郎さんの本や一般的な伝記を読んだ後で読む本ですな。

「ナントカの本ではこうあるが、私はそう解釈しない」みたいなところが多くてね。

坂本龍馬初心者にはオススメしません。

そういう事情もあって、坂本龍馬とはあまり関係ないところから、いくつか引用しておきましょう。

幕府がペリーの国書を諸大名に示して意見を求めたときの話から。

《「国書」には三つの訳文があったとのべた。漢文と、漢文和解と、オランダ語からの訳文と。(中略)諸大名へは「漢文」そのものを正文として交付したと伝えられる。そして、この漢文が土佐にとどいたとき、この漢文をきちんと意味をとって読みこなす重役がなんと一人としていなかったというのが事実なのだ。》(p56)

ええ! ウッソー!てな感じですな。

《徳川二五〇年の治世では、公用文はいかにくずした形とはいえ漢文がたてまえであり、武士の教養の基本は四書にはじまる漢文教育であり、儒教のはずではなかったか。まして江戸時代の文化の特徴の一つは、教育が庶民のあいだにまでかなりゆきわたっていたことだと強調されているではないか。たしかに一般的にはそうだった。ただ武士の世界ではちがったのである。》(p56)

ふむふむ。なぜそんなことになったかというと、武士の世界の徹底した階級制度のゆえらしい。

土佐では、武士の中で15の階層が世襲として固定していたそうです。

《ここまで固定してしまえば漢文が読めない家老ばかりで藩政府が占められる事態がおこっても、すこしも不思議ではなかったのであった。》(p57)

勉強しようがしまいが身分も役目も同じ……となれば、人間、易きに流れますわなあ。

土佐の山内容堂が家督をついだとき、先代に提出させられた誓紙の内容から。

《外出の際は、弁当の外、酒・菓子は持たず、帰邸は六ツ時(午後六時)までとすること。》(p58)

《日の出前に起床し、五ツ時(八時)出勤、四ツ時(午前十時)までに所用ははたし、夜は四ツ時(午後十時)には休むこと。》(p58)

山内容堂、養子の身だったそうですけどね。にしても、「おいおい、コドモかーい!」と言いたくなるような内容です。実際、山内容堂、イライラムカムカしていた由。

また、山内容堂、幕府の老中との初対面のとき、次のように言ったそうです。

《天下の万機を一身に引受け、さぞかし御心労と察し奉る。イヤ、かく申すは表面上の辞令、実は多くの馬鹿大名どものみを相手の事とて、御気楽千万に候べし。ただ土佐守(自分の官名)のみは、すこしく御厄介に相成り申したし。》(p59)

すげえな、山内容堂。

幕末の薩摩藩の話から。

《薩摩ではこの文久二年から、大量の天保銭を密造しはじめていたのである。百文の銭をつくるのに、原価は三七文だったといい、「初め琉球通宝凡そ十万両足らず……而して後は天保銭のみを数十万両だけを造りました。何処でも通用する様になりました。其処で御宝蔵の貯蓄が動かないようになった」というのである。一日、職人を四〇〇〇人ほど使ったというし、原料がたりなくなると、鍋釜から寺院の鐘まで鋳つぶしての大がかりな密造だった》(p157)

すげえな、薩摩藩。知らんかった。

にしても、精巧な贋金をつくり、それを原資に兵器を購入し、体制転覆をはかる、ということですよね、これ。いいのか? いいのか、体制転覆がうまくいけば。まさに勝てば官軍。目的が手段を正当化する。勝った側から歴史は語られる。

大政奉還後の話から。

《事は龍馬の予言したとおりになった。用意と決意のととのった薩長、そして土の一部の兵にたいし、幕軍は自ら闘いをいどみ、鳥羽伏見で敗退していったのである。このあと当然日本は内乱の洗礼をうけたが、この内乱は、東日本に限定され、かつ幕軍の非があまりにもあきらかであったため、悲劇は最小限にくいとめられたのである。》(p311)

「幕軍の非があまりにもあきらかであった」というのもねえ、勝った側から歴史は語られるっつーことで、全面的には同意しがたいところがあります。

鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れたことを、ネットのニュースで知った。

大銀杏、ダイギンナンじゃありませんよ、オオイチョウ。

あれが倒れるとは。

次に行ったら、「あるべきはずのものがない」感を覚えるんだろうなあ。



秦郁彦『靖国神社の祭神たち』(新潮選書)読了。



手堅いなあ、という印象を受けました。

学者さんとノンフィクションライターとでは、同じネタを扱っても、テイストが全く異なるんだろうな……とまあ、アタリマエっちゃあアタリマエのことを、改めて感じた次第です。

靖国神社には誰が・いつ・どういう基準で合祀されたのか、というのを実証的に知りたい人には、オススメです。

……あんましいないっすか、そんな人は。

では、そうじゃない人向けに、いくつか引用。

ノモンハン事件で自決を強いられた、井置中佐の話から。

《井置は兵力約七〇〇の支隊を率い最右翼のフイ高地を固守し包囲したソ連軍と激闘、「ジューコフ将軍の作戦予定を狂わせた優秀な指揮官」(クックス)と評価された。だが死傷者が七割に達し本隊との通信も切れたので、残兵とともに整然と撤退したのが「無断退却」と見なされた》(p125)

これが、自決にいたる発端。

《第二十三師団の幕僚会議で、直属上司の小松原師団長は「師団の壊滅は井置の退却のせいだ。自決勧告する」と怒り、扇作戦参謀や木村参謀長は反対したが承知せず、扇が「せめて靖国には合祀を」と頼んだが、小松原は「軍法会議にかかれば銃殺が当然、合祀は許さぬ。軍にも連絡ずみだ」と突き放したという。軍とは上級の第六軍(荻洲立兵中将)か関東軍を指すと考えてよい。》(p125〜126)

ほほう、師団参謀長の反対も聞かなかったのか。

《家族にあてた遺書には「会いたくば靖国神社に来れ」とあったが、その願いも空しく、追いつめられた井置は自決の道を択ぶしかなかった。林秀澄(憲兵大佐)は「一種の私刑、否、明瞭に犯罪だ」と断言するが、扇は無断退却を叱りつけた第六軍参謀長へ井置が「後方の天幕の中にばかりいて、第一線部隊がどれほど苦労をしたか、あなた方にわかるものか」と言い返したのが命取りになったと推察している。》(p126)

口は災いの元とは言うが、井置中佐がそう言いたかった気持ち、なんとなくわかります。

《衆目の見るところ、ノモンハン敗北の責任は荻洲と小松原にあり、両人が自決しなかったのを怪しむ空気さえあった。そうだとすれば、敗将たちの責任逃れという私情で自決を強要したばかりか、靖国合祀さえも阻む先例を作りだしたことになる。》(p126)

この時点で、「こりゃ組織としてアカンな」と思った人もいたんでしょうね。

井置中佐、昭和24年になってから合祀されたそうです。

戦犯として獄死した一般邦人の青地鷲男という人も合祀された、という話から。

《青地はバタビアの桜クラブという慰安所の経営者で、オランダ軍事法廷で「婦女子強制売淫罪」により十年の刑を受け、服役中に病死している。》(p164)

これについて、悪かったのはホントに青地だけか?と調べる人もいるわけで。

《梶村太一郎は、オランダ軍事法廷の記録から桜クラブ関係の情報に当り、女たちを集めて切りまわした青地の愛人兼マネージャーのオランダ人女性リース・ベアーホストの「悪事」を割りだした。しかし法廷は自国民を裁かない法令下にあったので、彼女は処罰されなかったという。》(p164)

だから軍事裁判なんてものは……ということを言いたいのではなく、次がメインです。

《国会図書館が「靖国資料集」を発表したとき、新聞各社は専門家も交えニュース価値のありそうな材料を探した。お目あてはA級戦犯の合祀事情だったが、時期的に外れていることがわかると、次に探しだしたのが、この慰安所経営者だった男の合祀だった。他社がわずか数行の目立たぬ記事なのに、某新聞は翌日朝刊の早版で一面トップにすえ、他紙の扱いと比べて思い直したのか二版以降は一面左下に移したのを見て苦笑した覚えがある。》(p164)

某新聞というのは、おそらくワタクシが現在購読している新聞だろうな。

A級戦犯合祀の話から。

《A級戦犯の合祀が各新聞に報じられたのは、合祀から半年後の一九七九年(昭和五十四)四月十九日である。》(p165)

このあと、朝日・毎日・読売それぞれの見出しが紹介されています。

《「東条元首相ら十四人 ひそかに殉難者として」「戦争肯定につながる」(朝日)
 「昨秋、ひそかに『軍国の罪ぼかす―強い反発の声』」(毎日)
 「戦争責任どうなる 神社に遺族の電話次々」(読売)》(p165)

さて、この見出しに対して、著者さんはどのような解釈をしているでしょうか。

《十年近くもめつづけたあと流産した靖国の国家護持法案や首相の参拝をめぐって新聞の話題を賑わしてきたにしては、前年十月十七日の合祀から半年もその事実が明るみに出なかったのは奇異に思えるが、朝日と毎日が「ひそかに」と特筆したのは、その口惜しさからかもしれない。》(p165)

なかなか国語力的だなあと思った次第です。

最後に、樺太の真岡電話局の話から。

《真岡電話局の高石ミキら九人の女子交換手は、ソ連軍が侵攻してきた四五年八月二十日、最後まで職場を離れず、「皆さんこれが最後です、さようなら。さようなら」と連絡したのち、青酸カリを用い自決した。》(p237)

これ、恥ずかしながら知りませんでした。2008年にテレビドラマにもなったそうですが。

この「皆さんこれが最後です、さようなら。さようなら」というのも、粟津先生おっしゃるところの「詩」だよなあ。

また読まなきゃならん本が増えた。

昨日は休日であった。結婚記念日休暇。冗談です、そんな休暇はありませんので、学生のみなさん、誤解のなきよう。

しかし(この「しかし」は逆接ではありません……というのが今日の国語力)、なんやかんやで18年か。

もう、カミサンと一緒の時間のほうが、親と一緒に暮らした時間よりも長いんだなあ。



休日なので(この「なので」は順接ではありません……というのも今日の国語力)、新しいインスタントラーメンを試してみる。



セブン&アイのプライベートブランドインスタントラーメン。5袋218円。イオンのPBラーメンより20円高い。

麺の量が気持ち少ないような気がする。また、同封の粉末スープの袋が透けて見えるぐらいの包装の薄さ。このあたりも、コスト削減努力か。

製造者はと……へーえ、マルちゃんの東洋水産じゃん。だったら、ハズレはないな。ノンフライ麺だし。



ワカメと炒めたモヤシと煮タマゴをトッピング。結婚記念日だからな。

煮タマゴは、沸騰してからカッキリ7分茹でて、すぐさま冷水にさらすと、黄身が半熟に仕上がります。醤油ダレに一晩漬けて出来上がり。

では、いただきます。

うむ。

煮タマゴとモヤシ炒めが美味い……じゃなくて、ラーメンいける。ノンフライ美味い。

こりゃ、20円高いけどイオンよりセブン&アイだな。1袋あたりにすると4円高いだけだし。

失敗は、黒い器にしたことか。塩ラーメンは白い器だな、やっぱ。

さらに注意点。ノンフライ麺は、自然にほぐれてはくれません。

3分過ぎたあたりで(茹で時間4分)、ハシでチャカチャカチャカチャカほぐしましょう。



インスタントラーメンにトッピングを施したことで結婚記念日は終わり……ではもちろんない。

夜はカミサンと飲みに行く。

では、ボトルがあることだし、三島広小路のワウに行きますか。



フォアローゼスブラックラベルをロックで飲む。うめー。



お通し。タコのマリネ。パプリカとセロリの漬け加減が絶妙。



やはり、お好み焼きを頼まねばなるまい。かつて目標としたお好み焼きだからな。

カミサンも、ワウのお好み焼きは相当久しぶりである。

「なーんだ、鉄板に載ってないんだね、今は」

そんな不平を言ってはいけません。

「アタシのお好み焼きのほうが、すでに超えてね?」

はいはい、そうかもしらんね。

次にカリカリベーコンサラダを……と思ったのだが、それではあまりにベタであるので、



昨夜はフィッシュチップサラダなるものを頼む。皿がでかい。

フィッシュチップ=白身魚のフリッターにタルタルソースを載せたもの。それを野菜と一緒に食う。

ハンバーガー用のパンなどが添えてあると、なお良いかもしれない。



ジャンボメンチなるものも食う。熱いうちにハフハフ食うと美味いよ。

シメに海鮮石焼ビビンバいくかぁ?と思ったのだが、2人だと、これでもうお腹一杯になりました。宴会とは違って、残さずキレイに食うからな。

帰りにマックスバリュで甘いものを買い、家で食って終了。

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