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楽天のミキタニ社長と、国語力検定 (2010年07月03日)

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プロフィール

昨日の朝日新聞朝刊の地方面に、熱海市長選の記事が載っていた。

候補者お二人の写真と、そのコメント。

そのうち、お一人の写真とコメントが「え?」と思うようなものだったので、紹介しておく。

まず写真。



よく知らんのですが、ボタンダウンの襟ボタンを1つ外すってのは、オシャレなんですか? オシャレだったらいいんですが、もしそうではないなら、カメラマンさん、「外れてますよ」と注意してあげたらいいのに……と思いまして。

次にコメント。

《大学卒業時、市議だった父親が支援していた縁で、衆院議員だった木部佳昭氏に就職を頼みに行ったら、「うちを手伝ってみろ」。》

こんなこと、わざわざ言わんでもよろしいのに……と思いまして。



だいぶブログが現実に追いついてきた。

というわけで、9月5日は大阪に引き続き、東京で密談。日曜日だが仕事なのである。

その前に昼飯でも食いますか……ということで、コダイラくんにならって松屋で牛めしを食う。

翌日から250円になるのがわかっていながら、あえて320円で食うのである。これがオトナ食いってやつか。



並盛り(味噌汁付き)320円。なんか、昔より美味くなっているような気がする。

ここで、ちょっとしたトラブルがあった。

食券を買おうとして、券売機に100円玉を入れる。

しかし、受け付けてくれない。

1枚入れる。

チャリンと戻ってくる。

2枚入れる。

チャリンチャリンと戻ってくる。

一気に4枚投入してみる。

チャリンチャリンチャリン……あれえ? 3枚しか戻ってこないぞ。

おつりボタンを激しく押してみたのだが、もう1枚が戻ってこない。

後ろに食券を買いたそうな人がいたので、「あ、どうぞ」と譲り、別の券売機で500円玉を使ってみると、無事食券を買うことができた。

席に着き、食券を渡しつつお店のお兄さんに言う。

「すいません、そこの券売機で100円玉1コ飲まれちゃったんですけど」

「はあ」

何かことさらに行動を起こそうとはしない。

アルバイトでは、この対応は荷が重いか。

「まあいいや、でもそこの券売機、調子悪いかもしんないすよ」

「はあ。すいません」

すいませんで終わらせるか。

まあ、ブログのネタができたと思ってよしとするか……などと考えつつ、牛めしを半分ぐらい食ったところで、別のお兄さんが出てくる。

「お客さま、100円玉が云々というのは……」

自分の後、すでに何人もその券売機を使って、お釣りもジャラジャラ出ているわけだから、今さらムリだろうな……と思いつつも、一応かくかくしかじかと説明する。

「はあ、では、調べてみます」

券売機を開け、ロール紙みたいなものを取り出して、なにやら調べている。

ちょうど牛めしを食い終わったころ、そのお兄さんがやってくる。

「100円玉、詰まっていたようです」

100円玉1コ、返してくれる。

うーむ。

ホントに、詰まっていたとわかったんだろうか。いや、ホントに詰まっていたんだろうか。

詰まっていたとしても、自分の後でお釣りをジャラジャラ出した人、そのお釣りの中に入ってしまっているんじゃないか、つまり「お釣りを多く受け取っている人」がいるだけで、券売機としてはおカネを多く受け取っている状態ではないんじゃないか。

なんだか、お兄さんに申し訳ない気持ちがしてしまったのである。

100円玉、受け取ったけどね。

しかし本来は、飲まれた瞬間に、券売機の前に陣取って「おーい、おカネが戻ってこないぞ!」と言ってあげるべきであった。

神田西口通り商店街の松屋のお兄さん、スマヌスマヌ……。



密談終了後、例によって北谷食堂で泡盛と沖縄料理か……とも思ったのだが、今回は韓国料理シバリでいこう!と思い直し、神田西口通り商店街の松屋の近くにあった、



このお店に行ってみる。



やはり、焼酎はジンロである。ボトル1900円ぐらいだったか。



キムチ盛り合わせ。うーむ、大阪のお店の勝ちかな。少々味に複雑さが足りないような……。



チャンジャ。うーむ、山田商店の勝ちかな……などと、比較をしてはいけないのである。



海鮮チヂミ。小麦粉含有率はノーマル。辛いタレをドバッとかけたかったのだが、カワハラさんに却下される。



トッポギ。これはよかった。甘い……辛い辛いって感じで。



鍋。これもよかった。辛い辛い。

ジンロ班は自分ひとりで、かなり酔っ払う。

まあ、Z会御茶ノ水教室近くで飲む場合の選択肢として、アリではないか。会計から2割引きしてくれるチケットを山ほどもらったしな。

伊東合宿のレポートに対して、ヒラヤマさんより「重大な事実誤認があります!」と突っ込みが入る。スマヌスマヌ……。

というわけでみなさん、あのレポートは8掛け(7掛け?)ぐらいで読んでおいてください。とりわけ、飲みの部分は。

そして通常は、9掛けぐらいで読んでいただければよろしいか、と。



読書記録は後回しにして、日々のイベント記録をアップしてしまおう。

というわけで、9月3日は、chikurin先生・もののし先生と大阪で密談。

密談前に、昼飯でも食いますかね……ということで、



Z会上本町教室にも近いこのお店へ行ってみる。安いことで有名らしい。

お店前の貼り紙を見ると、なるほど定食類が300円台である。これは安い。

せっかくなので、フンパツして400円の日替わり定食にしてみる。たいしたフンパツだ。

この日の日替わりは、カツ丼+(かけうどんorかけそばorかけラーメンor豚汁)。

うーむ、(  )からは、何を選ぼうか……。

なんとなーく、かけラーメンをチョイスしてしまう。いや、この中ではラーメンがいちばん高そうな感じ、するじゃないっすか。



カツ丼+かけラーメン。

しかーし。

ラーメンを一口食った瞬間、

「失敗したー!」

かけうどんorかけそばorかけラーメン、という形で提示された場合、ラーメンを選んではならぬ、という鉄則を忘れていた。富山県立高岡高校の学食でラーメンは食うな、というのと同じである。四半世紀以上前の話だけど。スープが(多分)ウドン・ソバ・ラーメン共通なんですよ。

おまけに、ここは「コシ」という言葉がない国か?と思うようなラーメンである。

健康のためにも、豚汁にしとけばよかった。

でもまあ、メニューをよく見ると、かけラーメン150円。カツ丼単品330円だから、480円→400円で、お得なセットではあったんだろう。



密談後、上本町と鶴橋の中間あたりにある、



このお店へ行く。

「健康館」などと書いてあるので誤解されそうだが、焼肉&韓国料理のお店である。

こういうところでも、焼酎を飲む。しかし、



そこはそれ、鏡月プレミアムである。ボトル2000円。小ぎれいなお店の割には安い。



キムチ盛り合わせ。焼酎がすすみますねえ。



ホルモンを焼いて食う。グッド。



イカチヂミ。



キムチチヂミ。

いずれも、小麦粉含有率が自分の知っているチヂミよりも、かなり低い気がした。具がゴロンゴロンしている感じ。鉄板焼きを申し訳程度に小麦粉でつなげたって感じ。

そのほか、チャプチェとかハラミとかカルビとかを食う。

焼酎も3人で2本空け、いい感じで酔っ払う。

カードは使えなかったけれど、明細もくれたし、そんなに高くなかったし、なかなかよいお店であった。ここはきっとリピートするでしょう。



その後、chikurin先生と二人でミナミのバーへ行く。

ジャックダニエルをロックで飲みつつ……うーむ、だいぶ酔っていたので、あまり記憶がない。

ジュンコママのライブ映像を観たのは覚えている。

ギターはおろか、ドラムすらできなくなっていることに愕然としたのも覚えている。いや、お店にギターやドラムがあるんですよ。やらないとできなくなるもんなんだなあ。あるいは、その程度しかカラダに覚えさせていなかったってことか。

しょうがないので、chikurin先生のギターにあわせてレベッカの「フレンズ」とウタダヒカルの「ファーストラブ」を歌っていたことは覚えている。生演奏で歌うのは楽しいなあ。

えーと、結局chikurin先生にご馳走していただいたんですよね、スミマセヌスミマセヌ……。

あ。おまけにタクシーでホテルまで送っていただいたのか。スミマセヌスミマセヌ……。

記録を見ると、チェックインは25時半ごろになっていた。久々に遅くまで飲みました。



翌日(9月4日土曜日)、もののし先生に教えてもらったお店でキムチでも買って帰るか、ということで鶴橋へ行く。

鶴橋駅近くの、お店がごちゃごちゃ集まっているエリアにあるんだよな……と思ってブラブラ歩いてみるも、目あてのお店はない。

その一帯の案内図のようなものもあったのだが、そこにも目あてのお店の名前はない。

さすがにキムチを売っているお店で「○○商店てどこですか?」と尋ねるのも国語力的にはばかられたので、衣料品店の前に立っていたオバチャンに尋ねてみる。

「このへんに○○商店てあります?」

「このへんにはないで。モモダニのほうちゃう?」

モモダニと言われてもなあ。

しょうがないので、お店の前に「テレビでも紹介された……」的な貼り紙のあった、



このお店でキムチとチャンジャを買って帰ることにする。

えと、お店の写真、いいですか?

「ええよええよ、ネットでも何でも宣伝したって!」

ノリがいいなあ。



帰宅後、「○○商店」の場所をネットで調べてみる。

うむ。

確かに、鶴橋の隣の、桃谷という駅寄りではある。

しかし、お店のホームページには、「鶴橋駅から900メートル」と書いてある。

900メートル……結構歩くのね。

しかししかし、それよりも何よりも重要だったのは。

「○○商店」は、土日休みということであった!

嗚呼、ひょっとして衣料品店のオバチャンは、それを知っていて「このへんにはないで」と言ってくれたんだろうか。

もしそうだとしたら、恐るべき国語力である。

ヘタに道順を教えてもらっていたら、空しく往復約2キロを歩くところであった。



「キムチ買って帰る」とカミサンにメールを送っておいたら、さっそく例のやつを作ろうと準備していた。



フライパン焼きビビンバ。

どうよ今回のキムチは?

「うーん、こないだのやつより、辛みも酸味も、ちょっとマイルドなんじゃないかな」

観光客も意識して、味を抑えているのかもしれない。

三楽で取材飲みと、国語力検定

[2010年09月07日(火) ]

8月30日は、取材飲みであった。

ゲストは、Z会屈指のアツい男、ヒサカズくん。

場所は、三島広小路の三楽というヤキトリ屋さんである。



一見高級そうであるが、実は庶民のお店なのである。



この日はフライング気味にお店へ行き、焼酎をボトルでオーダーして飲み始める。



焼酎ボトル、2500円。「日本海庄や」よりもボトルが高い……というのは意外だった。庶民のお店として、なんとか千円台のボトルをおいていただきたいものである。

みんなが来る前に、すぐつまめるものとして、エダマメ・トマト・厚揚げぐらい、頼んでおきましょうかね。



お通し。大根の漬物。一人一人にではなく、一皿で出てくる。これがえらくしょっぱい。

こいつをカリカリ食いつつ焼酎を飲んでいると、カワライさんとヒサカズくん登場。少し遅れて、愉快なミゾ君も到着。

「もう飲んでんの!」

飲んでますよー。エダマメとかも頼んどきましたよー。

「しかも焼酎ボトル!」

飲む? え? 焼酎じゃなくてビール? すいませーん、生中3つー!

じゃあほれ、ヒサカズくんビール飲みなさい。

そのあたりで、残りのメンバー(ゴメン、はしょっちゃって)も到着。

ヒサカズくん、生ビールをゴキュゴキュ飲みつつ、大いに語る。

若者たちも、大いにインスパイアされたんではないか。

先日の合宿でも話題になったが、やっぱ紙媒体とリアルな場とでは、全然違うね。こういうリアルな場を、どれだけ作っていけるかだな……と、たまには飲み会記事でマジメなことも書いてみる。



エダマメ、250円ナリ。ちょっと茹ですぎか。



冷やしトマト、250円ナリ。氷なぞ敷いてなくてもよいのである。



厚揚げ焼き、250円ナリ。ちょっと焼きすぎか。

でも、値段設定が御徒町の例の店っぽいでしょ。



串焼き盛り合わせどれでも1本100円。

ヤキトリ屋であるからして、これは美味いよ。

どれでも1本100円というのも、庶民の味方である。



串焼き盛り合わせどれでも1本100円、第2弾。

白ネギではなくタマネギを挟んであるところがポイントである。



誰がオーダーしたんだこれは。食ったけどね。ジャガバター、値段はわからず。一皿200円てところか。

これでホッピーセットが300円代で、かつホッピーナカを200円未満で提供し、さらに「もっともっと」攻撃が有効なお店づくりをすれば、御徒町の例の店とも十分に戦えるであろう。ということは、三島においては独り勝ちできるということでもある。ぜひ、御一考をお願いしたい。

つーことを考えているうちに、11時前に飲み会終了。

このお店、10時台にラストオーダー、11時には閉店なのである。

そこもまた、健康的でよいではないか。

頑張れ三楽。

日々のイベント&読書記録にブログが追いついていない。

先輩タエさんにはキリキリ原稿催促されるし。スミマセヌスミマセヌ……。

なわけで、どんどんアップしてしまいましょう。

大阪&東京放浪記韓国料理シバリ編はいつになるのか。



伊東研修所合宿編その3。これでおしまい。

前夜3時過ぎまで飲み、それからお風呂に入って寝たというのに、ちゃんと8時には起きてくるというのが若者のパワーである。

もっとも、みんなロクに朝飯を食えなかったようであるが。



Z会伊東研修所の朝飯。



窓の外に広がる海を見ながら朝飯を食う。

記憶の中では「研修所の朝飯700円て高くね?」というのがあったのだが、いや、これはリーズナブルである。700円とは思えないほどの充実ぶり。これは食うべしである。

なわけで、十分睡眠をとったワタクシはバクバク食う。美味い美味い。

ご飯をお代わりして食う。

よっしゃご飯三杯食うか……と思ったのだが、おかずだけで結構腹一杯になってしまう。昼飯も兼ねて食うのならもっと頑張ったのであるが、二杯でやめておきました。

個人的な好みを言えば、ご飯はもう少し固めに炊いてあったほうがいいかな。



10時にチェックアウト。

せっかくだから、少し観光もしましょうか、ということになり、みんなで城ヶ崎の吊り橋へ行く。



吊り橋の上から海を望む。

おい、揺らすなよ。



吊り橋の上から下をのぞきこむ。

おい、揺らすなって。

「自然に揺れてんすよ、ここ」

結構おっかない。



高さはどれぐらいあるんだろう。

高所恐怖症の人は、確実に足がすくみます。



岩の上に立つ若者二人。



後ろで見守るのは、「よくそんなおっかないところに立てるな……」と思っている若者二人です。



じゃあボチボチ解散……。

「いや、昨夜の振り返りとまとめをしなきゃダメです」

マジメだ、若者たち。

なわけで、



ドリンクバーのあるガスト伊豆高原店へ行く。

混んでるなー、ここのガスト。

観光地でヘタなお店へ行ってボラれるより、安心感を求めてガストへってところか。

しかし、リスクをとる覚悟がなければ高いリターンは……という話じゃないっすね。

ドリンクバー単品だと349円。デザートと一緒だと199円。ちなみにプリンは199円。

プリンが数十円で食えるってことじゃん!

じゃあ、ということで、プリンとセットにする。

プリンを待つ間、カプチーノを1杯。

プリンが来たところで、



エスプレッソを1杯。

カラダにいいものも飲んどくか、ということで、



野菜ジュースを1杯。

「……なんですが、カワフチさんの意見は?」

え? おれ? ええっと、んーと、それでいいんでないかい?

若者たちから新企画のいいアイデアがいくつか出てきて、よかったよかった。



昼頃にガストを出て、三島に向かう。

三島近くに着いたところで、昼飯。

「味の民芸」という、和食系ファミレスってやつですかね、そこでウドンを食う。

メニューに「手延べせいろうどん(1枚、2枚、3枚)」とあったので、「ふーん、じゃあ普通は2枚か」と思って、2枚745円(税込)をオーダーする。



手延べせいろうどん2枚。

では、一口。

うむ。ツルツルしていてノドごしがよい。しっかりコシもあり、これは美味い。キネヤやハナマルより麺は上ではないか。

しかーし。

1枚が、結構な量なのである。

かつ、味が単調で飽きてくるのである。

2枚めは、かなりムリしてなんとか完食。

軽く食うなら、1枚で十分であろう。

また、お店側としては、2枚以上の場合にはタレを2種類つけたほうがよいのではないか。



帰宅したのは、午後4時ごろ。

なかなかに濃い1泊2日であった。

みなさんお疲れさまでした。

(終わり)

伊東研修所合宿編その2。

釣りはダメだったけどシュノーケリングを楽しめたからいいか、ということで夕方6時頃伊東研修所に戻る。

若者たちが到着する前に、潮くさい体と生臭い(オキアミくさい)手を洗っときましょうかね、ということで大浴場へ。

ここでついでにロッドやらリールやらバケツやら海パンやらも洗ってしまう。スマヌスマヌ……。

カラダを洗って新しい服に着替えて、うー、サッパリした。



風呂から上がって、さっそく飲みである。

若者たちが来る前に、下地を作っとくのである。



今日は、焼酎ではなくスコッチとバーボンにする。スコッチは、マリーナ仲間のマルヤマさんにいただいたもの。こっちのほうが断然高級そうだから、まずはバーボンにしますかね……ということで、バーボンをロックで飲み始める。

7時過ぎに、まずは(若者ではない)マンちゃんが到着。

ほれ、バーボン飲もうバーボン。

ツマミはヤオハンで買った、



サンマフライ。



カキフライ。



豚フライ……て、揚げ物ばっかだな。

その他、チーズや乾きもの。

8時過ぎに、若者たち7人が到着する。

そこから、各々ビールやチューハイを飲みつつ、マジメな話を開始。

10時過ぎ、マンちゃんと2人で飲んでいたバーボンが空きそうになる。

今回、久々に思い出した。我々は、2人でバーボン1本空けると、落ちるのである。20年前から、そうである。よく広小路で2人して落ちていたものだ。ああ懐かしい。

そんなわけで、



まずマンちゃんが撃沈。

続いて、ワタクシが撃沈。

このまま2人でみなさんサヨウナラか……と思ったのだが、ここからがマンちゃんの粘り腰である。



ワタクシが落ちている横で、12時半ごろ、復活したらしい。

そしてそれから3時過ぎまで、若者に付き合ったらしい。すげえオヤジパワーだ。

しかしさすがに若者も3時にもなると、



すっかり目ぇ据わってますよ、ヤナギダくん&ヒラヤマさん。



翌朝。



あれえ。いつのまにかスコッチも空いちゃってるじゃん。だれ飲んだの?

「カワフチさんが落ちた後しばらくして、ヒラヤマさんが『そろそろ飲むか』とボソッとつぶやいてスコッチを開けたかと思うと、あとは一気呵成ってやつでした」

……おそるべし。なんつー強さだ。

(続く)

8月27〜28日は、Z会の伊東研修所(伊豆高原駅。八幡野港近く)で合宿であった。

これからのZ会はどうあるべきか……というほど大きな話ではないが、まあ中くらいの、しかしマジメな話をする合宿である。マジメなのである我々は。

メンバーは、ふだんは「取材飲み」のライターやインタビュアーやオーディエンスとして参加している若者(一部例外あり)たち。



若者たちはちゃんと一日仕事をしてから伊東研修所に向かうとのことだったが、ワタクシと愉快なミゾくんは、「どうせ行くなら朝から行こうぜ〜」とばかりに、10時半に三島を出発する。

まだ夏休みということもあって、結構道路は混んでいたが、お昼頃には伊東市街に到着。

「メシどうする?」

「すいませんソバぐらいしか食えないんですよ……」

前夜、かなり痛飲したらしい。今日も飲むのに。カラダ壊すぞ……と、ヒトに言えるこっちゃないか。

では、ということでソバ屋に寄る。



おろしソバ850円ナリ。

越前ソバとは異なり、白くて細い。

また、ツユをドバッとかけるやり方でもない。

コストパフォーマンス的には、越前ソバの勝ちかな。



それから、イシグロでアミコマセ200円と仕掛け少々を買い、さらにヤオハンで酒やらツマミやらを買って、伊東研修所へ。

駐車スペースにクルマをとめ、タオルとマスクとシュノーケルを持って、八幡野港へ向かう。

八幡野港で、シュノーケリングをするのである。



なるほど岩場になってるわけね。しかもダイバーがエントリーするための通路も作ってある。

では、ということで、マスクとシュノーケルをつけて、さっそく海中へドボン。

おおお!

思っていたよりはるかにたくさん魚がいる!



青い小さな魚。



沖縄によくいるやつ。わかります?

ほかにも、でかいメジナとかボラとかベラとか、いーっぱいいました。ごくごく浅いところに。

しまった。堤防でアジとかイワシとかを釣るつもりで、メジナはノーマークだった。

堤防じゃなくて、この岩場からメジナ仕掛け投げてもおもしろかったか。次回はそっちで行こう。

あれ? ミゾくん、潜らないの?

「いやあ、シュノーケルは持ってきたんすけど、マスク忘れちゃって」

じゃ、ほれ、これ、オレの使えばいいじゃん。

「ありがとうございます!」

ミゾくんもドボン。

どうよ?

「ムチャクチャ魚いるじゃないっすか!」

でしょー。て、オレも初めてなんだけどね。

フィンも持ってくればよかったなあ。そうすりゃ、もうちょっと沖まで行ったのに。



シュノーケリング後、堤防(先の写真の灯台あたり)で釣り。

アジ&イワシ、いるかなー。ミゾくんはちゃんとカセットコンロまで用意してきているんだが。

「お、もうきましたよ!」

なにい!

「ほら!」



そんな嬉しそうな顔をせんでよろしい。それはキンギョと呼ばれる魚です、リリースしてください。

ミゾくん、不満そうではあるがリリースする。

その後、ミゾくんキンギョを爆釣。入れ食い状態。

「リリースするんですかあ?」

リリースしてください。



「カワフチさんは全然釣れませんねえ」

ぼくはキンギョを釣らないように工夫してるんです。



海中をのぞくと。



ウジャウジャ魚はいるのである。多分キンギョが。それを釣らないのもテクニックなんである。

にしても、あまりにも釣れないので、退屈になってきた。



堤防の上を歩く。



映画「硫黄島からの手紙」のポスターみたいだな。



結局、食える魚は釣れないまま、日が沈んできたので終了。

やっぱメジナ狙いだ、ここは。

(続く)

カチンの森と、国語力検定

[2010年09月04日(土) ]

今週末もボート釣りに行けず。むう。まだまだ夏だし、海の中はさらにまだまだ夏だし、来週以降に期待するか。



ヴィクトル・ザスラフスキー『カチンの森 ポーランド指導階級の抹殺』(みすず書房)読了。



よくもまあこんなに長い間、歴史をねじまげることができたもんだ……というのが感想。

中高生諸君(でこのブログを読んでいる人はまずいないと思うが)、歴史の教科書っつーのも、アタマから信じないほうがいいと思うよ。

この類のこと、ほかにもたくさんあるような気がする。

いくつか引用。

《この[マルクス・レーニン主義の]イデオロギーのおもな特徴は「階級主義」と規定できるだろう。人種主義にも通じるものがあり、勝手に社会階級を設け、ひとつの階級を優等とし、劣等とみなされる他の階級にたいする差別を正当化する。/このイデオロギーは信奉者に条件反射を植えつけた。世界は「われわれ」と「その他」に区別されたのだ。社会の成員は個人としてみなされなくなり、ある階級を表わすとみなされるようになる。》(p55〜56)

欠陥があったんじゃないっすかね、イデオロギー自体の内部に。

《数万の将校を殺し、東部ポーランドの数十万の住民を追放する命令をくだしたときに、スターリン指導部は法律的手続きと一定の基準が存在することを知っていたし、ソヴィエト憲法と法律をおかしているのを承知していた。しかし自分たちは犯罪者であるどころか、むしろ人類に奉仕していると信じていた。「完璧な社会」に向かって、人類進歩の歴史の過程を加速していると思っていたからだ。》(p56〜57)

やっぱり、欠陥があったとしか思えない。

だからといって、カチン事件に関して彼らだけが悪いかというと、そうでもない。

《西側政府の積極的な幇助がなかったならば、ソヴィエト指導部は半世紀ものあいだカチン虐殺の自己責任を隠しおおすことはできなかっただろう。西側政府は入手していた情報を隠蔽し、事件を握りつぶそうと全力をつくした。アメリカ政府は一九五〇年代はじめまで、イギリス政府はソヴィエト政権の崩壊まで、この態度を変えなかった。》(p73)

こういうのを「共犯」というのではないか。

《カチン事件の場合、ソ連側のいんちきと偽造の程度と、西側諸国による本当か嘘かわからない現実主義政策を名目とする複雑さの水準は前例のないもので、世界の世論を完全に歪曲したのだ。たとえばイギリス政府がアメリカの[一九五〇年代に改めて出された]結論を公式に認めないことを決定し、そのせいで数十年にわたってソ連がつづける脅迫に屈したのはよい見本である。》(p82)

さらに深い、何かオモテに出せない事情があったんでしょうかね、イギリスには。

《カチンの犠牲者の近親者と子孫は、愛する人たちの名誉回復のために法的戦いをつづけている。(中略)二〇〇六年一月、カチンで銃殺されたポーランド将校の夫の名誉回復を長年要求してきた未亡人は、ロシア軍事検察局からつぎの回答を受け取った。彼女の夫をふくむポーランド将校は名誉回復法の対象とならない、なぜならばこの法律は政治迫害の犠牲者にだけ適用されるからだ。ロシアの判事によれば、予審の結果将校たちが一九二六年刑法のどの条項にもとづいて銃殺されたのかが立証できなかったのは、関係文書が破棄されてしまったからだという。》(p142〜143)

どうっすか、この対応。

著者は、次のように書いています。

《これこそ権力の傲慢と法の戯画化である。》(p143)

最後に、結論っぽいところから。

《カチン事件は、世界で民主主義の生存が危殆に瀕した二十世紀の暗黒の日々にわれわれを連れもどす。カチンの追憶は二十世紀の歴史から最大の教訓のひとつをわれわれにあたえることができる。それは、人権擁護を国内問題として個々の政府に任せておけないとする原則に立って、新しい国際文化と対外政策の誕生に寄与できるからである。》(p144)

……と思ったけど、「訳者あとがき」にも興味深いくだりがあったので紹介しておく。

なぜポーランド将校が抵抗らしい抵抗もせずに虐殺されてしまったのかについて。

《NKVDは捕虜のあいだにやがて帰国できるとの噂を巧みに流し、またそう説明もした。希望的楽観とそのうえ西欧価値基準にとらわれていたから、スターリン全体主義の行動(たとえば西欧基準での無罪は、ソ連の基準である「階級の敵」「ソヴィエト権力の敵」の概念を適用すれば、容易に有罪、そして有罪である以上裁判を経ないで死刑重刑が課された)を予測することはとてもできなかったようだ。/(中略)教養があればあるほど、ソ連秘密警察の行動を推測することはむずかしかった。まさかの思いが先に立って思考停止が起こる。》

カチンの場合は、目の前に墓穴があって……という状況だったので、殺される直前には抵抗したようです。

《けれどカリーニンやハリコフやスモレンスクのNKVD処刑室で銃殺された捕虜は、最後の瞬間まで気づかなかった。一万五〇〇〇人の捕虜たちは屠所に引かれる羊の群れのように、静かに死地に向かった。死は予想外だったのだ。》(p165〜166)

結果が同じであるなら、恐怖を感じる間もなかった分、まだマシだったのか……いやいや、そういう話じゃないだろう。

ここでの教訓は、教養・理性・合理的判断(と思っているもの)が、むしろ思考停止を引き起こす、というところではないか。

スラムの惑星と、国語力検定

[2010年09月03日(金) ]

マイク・デイヴィス『スラムの惑星――都市貧困のグローバル化』(明石書店)読了。



くらーい気持ちになる本です。

でも、知っておいたほうがよいと思う。

無関係じゃないはずだから。

それに、これはちょっと不謹慎かもしれないけれど、どこどこへは行かないほうがいい、というのもわかるでしょう。ある都市は、そこにいるだけで1日タバコ2箱半吸ってるのと同じぐらい、空気が汚れているみたいっすよ。

ホントにキレイな水なんてどこにもない、とも書かれていたしなあ。ほれ、大気も水も地球規模で循環しているから。こないだ越前町でくんできた水は……比較的キレイってことで、よしとしましょう。

いくつか引用。

《ジャーナリストのジェレミー・シーブルックは、ペナンの猟師[漁師?]の末路についてこう記述している。「猟師たちは移住しなかったのに都市化の波に巻き込まれた。生まれたところにとどまったのだが、そのせいで、生活がひっくり返ったのだ」。漁師たちの家は新設の幹線道路のせいで海から切り離され、漁場は都市からの廃棄物によって汚染され、近所の丘陵地にあった森林はアパートの敷地の整備のために伐採されたが、その後には、日本人が所有する近隣の搾取工場に自分の娘を送り出す以外に選択の余地がなかった。》(p18)

う。ペナン行ったことある。おそらくその幹線道路を通った。滞在中、廃棄物も出した。日系企業の工場がたくさんあった。

ホテル脇のビーチは、たしかにキレイじゃなかった。シーフード食ったけど、あれも地のもんじゃなかったのか。

《近代オリンピックには、暗鬱きわまりないがあまり知られていない歴史がある。たとえば、ナチスは一九三六年のオリンピックにそなえ、海外からの来訪者の目に触れそうなベルリン地区からホームレスとスラム居住者を情け容赦なしに追放した。そのあとのオリンピック(中略)では都市再生と立ち退きが付随して起こったが、一九八八年のソウル大会は、貧しい家屋所有者とスクワッターと賃借人にたいする当局の手入れの規模の点でまったく先例のないものだった。ソウルとインチョンでは七二万人もの人々が再居住させられたのだが、それをうけてカソリック系のNGOは、韓国が「力づくの立ち退きがきわめて酷く非人間的な国」としては南アフリカに匹敵する国だと主張することになった。》(p162)

北京も推して知るべしってところだろう。日本でも、同じようなことがあったんだろうか……と思って調べてみると、やっぱりやってますな。東京オリンピックの前に。

《スラムの火事は、多くの場合、事故以外のなにものかである。地主や開発業者は法廷手続きの費用を負担したり正式な取り壊し手続きを待つよりも、しばしば放火という簡便さを好むのである。(中略)フィリピン人地主たちが「ホットな取り壊し」と好んで呼ぶお気に入りの方法は、「生きたねずみや猫を灯油に浸し火をつけて――犬はすぐに死んでしまう――、目ざわりな集落に放つというものである。……不幸な動物は息絶えるまでに無数の掘っ立て小屋に火をつけるため、こうしてはじまった火事を消すのは困難である」。》(p194〜195)

ひでえことするなあ。

最後に、人力車の話題。

《アジアでは人力車はつねに労働の劣化の悪名高き象徴であった。東アジアと南アジアの大都市では、一八六〇年代に日本で発明された人力車のおかげで、「人間動物」がラバ車と馬車にとってかわって交通の主要な手段になることができた。日本以外では、第一次世界大戦のあと路上電車との競争さえも生き延びたが、というのも便利で低予算だったし、プチブルの地位を誇示する「パスポート」としての役割を担ったからだ》(p283)

人力車って日本で発明されたのか!

それが輸出されて、ひどい仕事の象徴になるとは……。

プチブルの地位を誇示っていうのは、なんとなくわかる気がする。

日本でも観光地ではまだ人力車が生きているが(でも交通手段っていうより、ホントに観光用ですな)、あれ、自分は乗ろうと思わんし(料金が高いから)、乗っている人を見ると自慢げだもんなあ。

《革命家たちはもちろん人力車を弾劾し、何十万もの人力車苦力が解放される日を約束したのだが、けれどもアジアのいくつかの場所ではこの日は長らく延期されてきた。事実、旧式の人力車と自転車を主動力とする輪タク(一九四〇年代に発明された)を含むインフォーマル人力輸送業はおそらく、一九三〇年のときよりも多くの貧民を今日雇用し搾取している。》(p283)

う。バンコクでサムローと呼ばれる輪タクに乗ったことがある。どちらかというと、観光の一種、話のタネとして。

ほぼ向こうの言い値で乗ったから(外国人観光客からはボッタクるらしい)、よしとするか。

ティム・ワイズ『オバマを拒絶するアメリカ レイシズム2.0にひそむ白人の差別意識』(明石書店)読了。



これは濃い本であった。この本自体を離れて、いろいろ考えてみることもできる、という意味で。

いくつか引用。

オバマ氏の大統領選での勝利=レイシズムへの勝利ではない、というところから。

《有色人種の人が選挙で勝利することが、九〇〇〇万人近い人々が対象となるレイシズムへの勝利を意味する、などという主張はばかげている。このような議論は、女性差別についてはありえない。たとえば、パキスタンではベナジル・ブット女史が二度も首相に選ばれているからといって、女性差別がなくなったなどとは誰もいわない。インド、イスラエル、イギリスなどでも、女性が国のリーダーに選出されているが、女性差別の議論はない。》(p33)

教育について論じる方々に読んでいただきたいなあ、というところから。

《右派は、教育では金が問題なのではないと主張する。子どもの教育で決定的に重要なのは、個人の動機づけだという。(中略)教育において金は問題ではないとする主張が本当に正しいかどうかは、それを主張する人たちが次のような行動に出るまでは、われわれとしては懐疑的にならざるをえない。つまり、寄宿制のエリート私立学校を廃止して、家庭教師を使って子どもを教育しないと誓い、アイビーリーグの大学に代わってコミュニティ・カレッジ〔職業教育を主とする州立の二年制大学〕に子どもを通わせると公言することなどである。》(p62〜63)

オバマ氏の勝利は、逆に人種差別を「深く静かに潜航せよ」状態にしちゃったんじゃないか、というところから。

《選挙運動中に、オバマは「人種を超えた」とか「人種を乗り超えた」などと称賛された。》(p102)

この、「人種を超えた」というのが、実は問題なんである。

《もしも、白人の多くが「人種を超える」能力をもっていること(中略)だけを理由にオバマを受け入れるのなら、白人であることに与えられる権力、人種差別的な思考が、今日のまま継続していくことを示唆していないだろうか。また、「黒人であることを超越する」という概念全体が(中略)それ自体で人種差別主義的ではないのだろうか。(中略)黒人であることを超越するのを賛美することは結局、黒人であることが何かネガティブなものであることを暗示している。(中略)いまだかつて白人の政治家が自分の人種(白人であること)を超越するように求められたことがないように、人種の超越が不平等な負担として経験されていることは、議論の余地がないのである。》(p104〜105)

ここから何が起こるかというと、「人種を超越した黒人」と「人種を超越していない黒人」という新たな分類である。当然、後者への差別は残り続ける。ひょっとすると、前者は差別していないことをもって「自分は黒人を差別していない」などと勘違いしながら。

《他人があなたをどう見ているかを知らないのは、単に不幸なだけではなく、致命的になることもよくあるのだ。(中略)白人の否定と特権について、人種差別的な実態とは異なる状態にしておくと、危機にさいしてわれわれはきわめて無防備になる危険性がある。白人が、白人以外の人々の認識や現実に対応することを避けてしまうからである。》(p174)

その具体例の1つが、9.11テロ。

《九・一一テロのとき、白人、事実上白人だけが、攻撃を受けたショックから「なぜアメリカを憎むのだ」と、テレビ・カメラを前にして世界中に絶叫したのである。ほとんどの白人には、その答えを得る手がかりが何もなかった。/(中略)アメリカ白人が長年にわたって想定してきたのは、アメリカの歴史に敬意を表すことは普遍的に認められた真実であり、世界はアメリカと同じ経験をしてきた、ということである。すなわち、アメリカは情け深い、優しい巨人として、民主主義とハンバーガーを世界中に広めてきたというのである。しかし、外国ではそう見られていない。とりわけ、アメリカの干渉主義の対象となった国々、干渉主義による被害を何百万人もが実際に被った国々では、アメリカをそのようには見ていない。こうした実態を認識しないのは、アメリカにとって危険である。》(p174〜175)

今でもあんまし実態を認識していないように思いますけどね。

今週のサバ料理。

フリーザーのサバを始末すべく、いろいろ試してみる。

@キュウリをスライサーで薄く輪切りにします。

Aサバの干物(薄塩で干したやつ)を焼き、皮をはずして身をあらくほぐします。皮は料理をする人がぺロッと食べちゃいましょう。

B醤油1:ミリン1:酢1の割合で三杯酢をつくり、キュウリとサバの身をあえます。

C冷蔵庫にしばらくおいて、味をなじませましょう。



サバの干物とキュウリの酢の物、完成。

どうよ?

「サッパリしてて、いいんでない?」

針生姜をトッピングしてもよかったかな。



8月25日は、アミノさん&元横浜事業所の愉快な仲間たちと飲み会であった。

場所は、三島駅前の「日本海庄や」。

珍しくフライングせず開始時刻ちょうどにお店へ行くと、メンバーがお店入り口付近でウロウロしている。

「どうかしたんすかぁ?」

「いやあ、幹事のナガっちゃんがさあ、『日本海庄や』じゃなくて『庄や』のほうに予約入れたみたいでさあ、『庄や』キャンセルしてもらって、今あわてて席作ってもらってるとこなのよ」

「日本海庄や」と「庄や」がグループで、かつ三島ではほんの10メートルぐらいしか離れていないことが不幸中の幸いであった。

しばらく後に来たナガっちゃん、アミノさんに「おい!」と突っ込まれて、一瞬だけ抵抗の姿勢を見せたものの、重ねてアミノさんにガーッと言われてシュンとなっちゃったのは、「ああ、昔と同じだなあ」という感じで、いとおかし。



さて、「日本海庄や」。

「庄や」よりも高級感を出そうとしていることが、一つ一つのアイテムから感じられる。

それでも、



芋焼酎ボトルが2250円からというのは、ありがたいことである。

お通しは、



揚げ出し豆腐。あったかけりゃ、もっとよかったのになあ。

……で済まそうと思ったのだが、やはり書いておく。

このお通しを持ってきたときの話である。

自分はたまたま座敷の入り口に背中を向ける格好で座っていたのだが、先に来た焼酎を飲んでいると、背後でなにやら人の気配がする。

しかし気にせず飲んでいると、背後から「すいません!」と声をかけられる。

「え?」と思って振り向くと、ホールスタッフがお通しをのせたお盆を、無言でこちらに突き出す。

え?

ここでは、客がまとめてお通しを受け取ってみんなに配るという行為が、デフォルトなわけ?

みんなに配ろうとし始めたホールスタッフを手伝うべく、こちらが皿をとって回す、というのはよくあることだが、ここではそれが義務化されてるわけ?

高級感を出そうとしてしているお店で?

ここで、かなーり違和感を覚えてしまったのである。

その後も、ホールスタッフは、座敷の入り口から決して中に入ろうとはしない。必ず自分に料理や飲み物を受け取らせ、「あとは任せた!」状態なのであった。

大丈夫か? 日本海庄や。

ひょっとして、「予約間違えてワタワタさせやがって……」という気持ちがお店側にあったのかな……にしても、それを接客に出してしまうのは、プロフェッショナルではなかろう。



冷やしトマト。まあトマトだ。



シーフードサラダ。食べたっけ……。



刺身盛り合わせ。これは、こういうチェーン系のお店としては、上等だと思いました。この日は半額だったしな。



串焼き盛り合わせ。ナンコツ入りのが美味かった。

うーん、総合評価で言うと、オカチのお店の勝ちかなあ。三島シバリだと、高級感は求めんから「庄や」でいいや、となるか……というのは、比較の対象が適正じゃないかもね。

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