(元)北大生編集者のキタラボ

キタラボには、大好きな北海道の魅力を探求していく「北の研究室」という意味と、クラシック音楽好きのあまり、学生時代にバイトしていたコンサートホールの愛称を組み合わせたものです。北海道のこと、音楽について、お仕事について、経済学修士の視点で(?)書いていきます。

     
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音楽を超えられなかった映像
[2008年07月21日(月) ]

現在、コンサートやオペラなどの映像は、
テレビやDVDなどで、誰でも観ることができます

「○○のライヴコンサートのDVD」
…どんなものかみなさん想像がつくと思います

この「コンサートのDVD」というスタイルが落ち着くするまでには、
実は果てしない紆余曲折がありました
その中心にいた人物こそ、指揮者カラヤンです。


音楽を映像で記録する

で、なにを記録するのでしょう?


観客席からのコンサート記録でしょうか?
→カメラの動きがほとんどない映像で、小さな画面では静止画を眺めながら鑑賞しているに等しい映像です

コンサートのドキュメントでしょうか?
→映像作者のシナリオに沿った記録になります

演奏者の呼吸でしょうか?
→演奏者がどのように演奏しているかがよく分かる映像になりますが、映っていない他の音が無視され、映像が音楽的主張までするようになります

楽曲のイメージでしょうか?
→音楽解釈を映像で表現し、コンサート会場で客観的に見る映像からは、遠く離れてしまいます。最終型はNHKの名曲アルバム。コンサートの記録ではありません


映像を作りこむことによって、どんどん演奏の客観性・記録性が失われていきます。
だからといって、作りこまない映像は、映像の存在意義を薄れさせてしまいます。

とても難しい問題だと思いませんか?


カラヤンは、1957年に来日した際に、
自分のコンサートが全国にテレビ放映されていることに気がつきました
そこで見ている人は、数万人だと言われたそうです。

自分のコンサートに来ている人は、せいぜい2千人

より多くの人に、いいコンサートを体感してもらいたい


カラヤンの映像との格闘が始まりました


カラヤンの映像を検証するドキュメント
カラヤン〜スクリーン上のマエストロ
「テレビの枠」に収めるためか、かなり駆け足ですが、
面白い作品でした