たねちゃんの中3向けブログ

     
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集中力の差
[2008年10月21日(火) ]

大学にいると、たまにすごく優秀な人に出会います。
東大生とは言えど、その大半は天才肌ではありません。普通の人、ふつうの努力家です。

しかし、まれに天才に出会います。

普通の人が3回も4回も教科書を読んでやっと覚えることができることを、1回で覚えてしまう人とか。

話を聞いたところ、なにやら彼は「視覚」で覚えているらしいです。
彼の言う視覚で覚えるとは、いわゆる「映像記憶」のようです。

高校の友人にもそういうことを言っている人がいました。彼の言うことを私は信じていませんでしたが、これで2人目なので、少し信じる
ようになりました。


どうやったらそんなことができるのか?

気になったので話を聞いてみると、
「別に何も意識しなくてもできる」
だそうです。

そう言われたらこちらとしては諦めるしかありませんが。しかし、私は、同じ人間なのだから、脳の作りにそれほどの差があるとは思いま
せん。
おそらく集中力の差ではないかと思うのです。集中力次第で、一度に覚えられる量は変わりますよね。これと同じなのではないか、と思い
ます。
まああくまで推測ですが。こう考えないとなんか悔しいですからね。

想像力と他者理解
[2008年09月13日(土) ]

「苦労している人は、他人の心の痛みがわかる」ということを、しばしば聞きます。
逆に、「苦労していない人は、他人の心の痛みがわからない」ということも。

みなさんどう思いますか?

確かに前者は結構当たっているかもしれませんね。
苦労を経験している人の中には、自分が苦労したときに感じた痛みと似たような痛みを感じている人に強く共感できる人が多いと思います。

後者はどうか?
私は必ずしもそうは言えないと思います。
若い頃にそれほど「苦労」を経験していない人でも、人の心の痛みに気づき理解することができる人は沢山います。

しばしば後者のように考えられてしまうのは、よくニュースで「苦労」経験していないように見受けられる人が傲慢に振る舞っているのが目につくからだと思いますが、あの人たちが全てではありません。


要は、「想像力」の問題だと思います。
「苦労したかどうか」は本質ではありません。

苦しんでいる人を前にしたときに、自分にはそんな経験ないから「無縁」だと考えるのではなく、想像力を働かせてその人の気持ちになってみることが大事なのではないでしょうか。


こんなことを考えたのは、最近の日本社会は、みんな心に余裕がなく、他人に対する「寛容さ」が低いということをよく聞くからです。



感動を与える泳ぎ
[2008年08月26日(火) ]

北京オリンピックも終わってしまいましたね。
これでしばらく続いたオリンピック中毒ともおさらばです。

さて今回のオリンピックを振り返ると、個人的には、やはり北島康介選手の活躍がすごく嬉しかったです。
「言葉になんねえ!」(100m優勝後、インタビューでの北島選手の言葉)
感動しました。

北島選手はアテネ後に様々な試練を迎えたりして、そこから這い上がっての金メダルだったので、喜びも格別だったことと思います。

北島選手の決勝は、まさに日本中が応援していたといっても過言ではないと思います。
ある家電量販店のテレビの前に、大勢のサラリーマンが集まって応援しているシーンをテレビで観ました。
優勝に涙しているおじさんもいました。

ああいう風に、何かで人を感動させることができる、ってすごいことだと思います。

自分が何かをやり遂げることで人を感動させることができたら、また自分の喜びも大きくなるのではないでしょうか。

部活の仲間
[2008年08月13日(水) ]

部活の仲間は特別だな、と思うときがあります。

クラスの友達は2、3日会わなくても普通ですが、部活の仲間は2、3日会わないと「久しぶり」と声をかけ合います(笑)

私は大学入学以来、今まで部活をやってきました、
その中で得たものは色々ありますが、やはり一番よかったな、と思うのは仲間を得たことです。

同じ目標に向かって共に練習し、壁を乗り越えた仲間との間には、深い信頼が生まれます。

私は中学のときも運動部員でしたが、そのときの部活仲間とは今でもよく会います。

何年経っても変わらぬ関係でいられるのは、そこに中学3年間で築かれた信頼関係があるからだと思います。

部活の仲間というのはいいものです。



原爆の日
[2008年08月09日(土) ]

今日は8月9日。

長崎に原爆が投下された日です。
1945年の今日、11時02分、長崎のまちは一瞬にして火の海になりました。
そして、その6日後、日本が降伏し第二次世界大戦は終結しました。


ところで、私の出身地長崎県では、小学生の頃から社会学習の一環として、原爆について学びます。

原爆とは何なのか。
原爆によってどれほどの人々が犠牲になったのか。
原爆は世界を変えたのか。

様々な人々がこれにたいするを考えを投げかけていますが、決して意見は一つにまとまりません。
教科書に書かれていることに対しても根強い批判があります。

原爆は、人類の生存を脅かす史上最悪の殺人兵器だと言うこともできれば、原爆がなければ第2次世界大戦は長引きもっと大きな被害がでていただろうとも考えられます。
きっと答えはひとつではないのだと思います。


原爆が、あの長い長い戦争を終わらせるきっかけになったことは間違いないと思います。
原爆にはそのような大きな意味があっただと思います。


今日という日が、みなさんが原爆について考えるきっかけになればいいな、と思います。

ではまた来週!




他人を批判する前に。
[2008年07月24日(木) ]

よく他人を批判しているときに、ふと自分を省みると、自分もできていない、ということがあります。


先日、部活で練習後の後片付けを怠っている部員に注意しようとしていたら、実は自分もやっていないところがあり、ハッとさせられました。



話は飛びますが、私は中学時代にクラス内で、いわゆる「いじめ」があったときに、いじめている側は別に何もできてないのに、と思っていました。
お前らに偉そうなことを言う資格はないのだと。


そして、いじめている奴らはもっと自分に興味を持って自分をもっと磨こうとすれば、いじめなんて起こらないだろうに、と。


しかし、他人を批判していながら自分ができていないのだという現実に気づいたとき、この自分の姿は、あのときいじめていた奴らの心情に近いものがあるのだと感じました。


他人のことをどうこう言う前に、まずは我が身。ですね。


真実を見極める
[2008年07月23日(水) ]

先日、大学の刑法の先生に勧められて、『真実の行方』(リチャード•ギア主演)という映画を観てみました。
これは、シカゴの敏腕弁護士ベイルが、市内で起きた大司教殺人事件の容疑者アーロンの弁護を引き受け、死刑確実と言われたアーロンの潔白を主張して検察と争う、という裁判ドラマです


この映画を観て感じたのは、真実は「神のみぞ知る」ということ。

よっぽどの証拠でもない限り、真実を見極めることは人間にはできないのだと感じました。

日本ではたびたびえん罪事件が報道されています。
本当は無罪なのに、死刑判決を受けた人もいます。
報道ではそればかりが取り上げられている気もしますが、その逆もあります。

すなわち、本当は有罪なのに、無罪判決を受ける人もいるということ。

日本では、「疑わしきは罰せず」という原則があり、十分な証拠が得られない限り、有罪判決を下すことはできません。
また、犯行時に容疑者に精神障害があったと認められた場合には、容疑者を有罪にすることはできません。


人間が判断する以上間違えは避けられない、と言ってしまえばそれまでですが、やはり間違えはあってはなりません。
裁判は人の命を左右するのですから。


さきほど、真実は「神のみぞ知る」と書きましたが、正確には容疑者も知っていますね。
自分がやったのか、やってないのか。
自分に精神的に障害があったのか、なかったのか。


無罪の人を有罪にしては絶対になりませんが、有罪の人を無罪にすることも絶対に許されません。

『真実の行方』では、真実を知る容疑者に惑わされる人々の姿が描かれ、知らず知らずのうちに、観ている側もそれに惑わされています。


真実を見極めるのは難しいことです。



泳ぐのは僕だ
[2008年06月16日(月) ]

先日、東京の辰巳国際水泳場で行われた「ジャパンカップ」で、北島康介選手が200メートル平泳ぎの世界新記録を更新しました。
しかも、これまでのハンセン選手の記録を0.99秒も上回る大幅更新。
まさにすごい、の一言に尽きます。

水泳経験者として若干の補足をさせてもらいますと、辰巳のプールは、ジュニアオリンピックなどの全日本級の主要な大会が毎年開催されるプールで、全日本クラスのスウィマーであれば、誰もが親しみを持っています。
私も水泳をやっていた頃は辰巳で泳ぐことが憧れだったため、辰巳のプールには思い入れが強いです。
北島選手も「辰巳で世界新を出すことが夢だったのでとても嬉しい」と語っています。

このジャパンカップの中で、北島選手が「I AM THE SWIMMER 泳ぐのは僕だ。」と書かれたTシャツで登場した場面がありました。
一連の水着騒動に対して、水着が記録をだしているのではなく、選手自信が記録を出しているのだ、というメッセージを込めたものでした。


泳いでいる選手にしてみれば、せっかくいい記録を出しても、水着ばかりに注目がいってしまうのは、非常に残念なことだと思います。

ジャパンカップでの記録ラッシュを受け、日本水泳連盟はスピードの水着をオリンピックでは解禁するとの声明を発表しました。

これで選手はオリンピックの舞台で公平に勝負を決することができます。
日本選手の活躍に期待大です!