第?外国語 2[2008年02月29日(金) ]

理系の癖に第5外国語までとっていたがために理系外国語フリークとまで呼ばれる事もあったITYです。文系だと少しは外国語フリークも増えるんですけどね〜

どうせ外国語の会話の授業を取るんだったら外国人の先生に習いたい!というのが僕の思いの中にありまして…文法ならともかく、会話なんて会話独特の表現とかありますからやっぱりその当地の人に聞くのが一番いいですよね。

ということで、僕がとっていた会話の授業は外国人の先生が担当だったんですが

なんと

その授業の生徒には大学生のみならず、ごく一般の方まで含まれていました。

どういうことかといいますと、○○語を勉強したいんだけどちょっとマニアックな言語で学ぶ場所がない!ということでわざわざ東大まで受講しに来る方々がいるんです。僕の知る限りそういった人は外国語の授業にしかいませんが、世間にはそういう人もいるんだなぁと感心する一方、好奇心はいくつになっても絶やさぬように出来るものなんだと確信したところでもあります。

中学生のみなさんは好奇心の点ではまけてませんよね!?
とにかくちょっとでも気になったら手をつけてみてくださいね!好奇心の始まりなんてそんなもんです。

さて。僕は中学生の頃英語がだいっっっっっっきらいでした。

第?外国語[2008年02月28日(木) ]

さて、昨日まで学生が思っていることをエラソーに書いてましたが、今日からはまたぜんっぜん違う話を!

中学生だと外国語は英語を学習していると思いますが(高校生でも大体そうです)、大学生になると第2外国語なるものを文系理系に関わらず必ず履修しなくてはなりません。(英語+第2外国語という形で履修します)僕の場合は知的な感じに誘われてドイツ語を選択しました。



これだけでは終わりません。大学というところは自分で学びたいことがあれば自分で選択して学べるようになっています。なので僕は

セルビア語(会話)・マレー語(会話)・ポーランド語(文法)

の3言語を追加して取っていました。第5外国語まで履修したんですね〜。ちょっと多すぎました(笑)

これだけ取っているのは結構理系では珍しいらしく、なにやってんの(笑)と言われる事もありましたが、同じ授業料で授業取れる数がかわらないんだったらたくさん取った方が得じゃない?というドケチ根性と、こんな授業があるということを知った時のやってみたいかも?という気分(!)により履修していました。

とはいえ、そこは流石東大、理系でも第3外国語を取っている人は決して少なくありませんでした。人気だったのはイタリア語とかスペイン語とかですね。実はイタリア語もとりたかったんですが他の授業の時間割の関係上取れませんでした(泣)

時間のデザインの手助け 2[2008年02月27日(水) ]

平日家にいる時間の中に、夕食やお風呂など、子供が時間を決めるわけにはいかない要素が絡んでくるのはどこの家庭でも同じことと思います。この自分でデザインできない時間を、前もって子供に教えておいてあげること、これが実は子供が時間をデザインする上で最も重要です。

自分がモノを考える上で不確定要素があったとき、それにどう対処するかという問題はかなりレベルの高い問題です。ややもすると不確定要素についてはめんどくさいので手をつけない、不確定要素の絡むものには手をつけない、となりがちです。これでは自分で時間をデザインする事は出来なくなってしまいます。

新中学2年生ならば1日30分の継続した勉強を維持することが最低ラインでしょう。(学校によっては予復習等でそれ以上に時間がかかる事も当然あると思います)が、試験前となればそれは話は別です。当然もっと勉強時間が増えてしかるべきです。ちょうどこの時期、試験前の学校が多いかと思います。なので是非

「○時ぐらいにご飯にするからそれにあわせて勉強とかすませてね」

と言ってあげてください。この発言には子供が自力で時間をデザインするということへの信頼が必要です。それとともに子供は自分が信頼されていることをおぼろげながらにも感じ取ります。当然のことながら、自分で時間をデザインできる子ほど時間を有効に使うことが出来ます。それは思春期をいかに充実して過ごせるかにも関わってきます。

時間のデザインの手助け 1[2008年02月26日(火) ]

とはいえ、中学生にもなって勉強の間ずっと親が横につきっきりで勉強時間中見張っているというのもお門違いです。実際にこういうスタイルをしばらく取っていたという知り合いがいますが、学年があがるにつれて成績が芳しくなくなっていったために親御さんがあきらめて放任してから成績が上がった、という事実もあります。このことからも考えてあまり効果的ではないですし、ずっと見張っていたのではそもそも自分で環境をデザインすること自体ができません。

この時期の子供に対する上手なリードというのは、適度な放任だと僕は考えています。適度な放任には信頼が確実に伴う必要があります。この子供への信頼こそが、子供が自分の力でもって自分の環境をデザインすることへの最大の武器なのです。

とはいえ、情報のないところから新しいものを完全に作り出す事は、想像力豊かな中学生といえども簡単なことではありません。なので、時間をデザインする上で保護者の方にぜひともやってみていただきたいことがあります。それは、ヒントをあげること、具体的には時間枠をおおまかに与えてあげること、告知することです。

大体の夕食の時間、風呂の時間等を決めておきます。そもそも平日は学校があるはずなので家にいて自分で何をするか決める時間は6時間ほどでしょう。その時間を如何にデザインするか・させるか。ここが最大のポイントです。

基本スタンス作りの手助け[2008年02月25日(月) ]

どうもこんにちは、今週もよろしくお願いします、ITYです。

さて、このブログが始まってからというもの、中学2年生と保護者の方むけということでどちらが読んでも伝わるものがあるように書いてきたつもりなのですが、どうも保護者向けのメッセージが少ないような気がしてきたので保護者の方をメインにして話をさせていただこうかと。

これまで好奇心を大切にして欲しい、環境作りも重要だ、こういう分野はこの時間帯に勉強すると効果的だ!といった感じで話を進めてきたのですが、これらの自分の環境デザインというものは中学生が突然「やれ!」といわれて出来るものではありません。僕はその基本準備的な段階から紹介するようにしていますが、それでも難しいと思う子もいる可能性もあります。個々にあわせた環境作りのペースは、僕の一般論よりも保護者の方々の子供に合わせた助言の方がよっぽど効果的なことでしょう。かといって、反抗期に入ってしまった場合には親の言うこと自体聞いてくれるものではありません。その後となると高校生、もはや勉強について親がその方法をとやかく言う時期ではありません。

したがって親が勉強する、という基本スタンスを作ってあげるのは、反抗期に入る直前のこの時期がラストチャンスと言っても過言ではないと僕は思っています。

好きなものこそ[2008年02月23日(土) ]

僕は球技がまったくできず、できる運動といったら水泳ぐらい。ということで中学で水泳部に入ってからというもの、わりと水泳はながーく付き合ってきているスポーツなのです。泳力の程は、といわれると中3の時に始めて市の大会にでれたレベルなのでたいした事はないのですが、それでも唯一継続的にやってきたスポーツであります。

自分の実力がまわりからみてどうあれ、自分が楽しいと思ったことを続けられること、これは簡単なようで実は大変です。テレビゲームにしたって、1週間他に何もせずにゲームばっかりやっていたら飽きてくるでしょう(そんなにしたことないかもしれませんが、やってみればものすごい罪悪感に襲われます)。

他にもやることがある中で、自分がしたいと思いながらやるからこそ好きであり続けられるんです。こういうことを考えると、好きなことが多い人ほど、好きなものを好きであり続けられる、という見方もできます。あなたが好きなことはなんですか?僕は(決して得意ではないですが)バスケもバレーもサッカーも、そしてもちろん水泳も大好きです。

なので日々の大学生活の中で勉強と水泳をメインにすえつつも、バスケもバレーもサッカーもたまーにやっています。もちろん1つのことに打ち込むこともすばらしいことですが、それは簡単なことではないですし、中高一貫の中学2年生だからこそできることは、幅広い観点をもつことではないでしょうか。

数学=単発かつ継続[2008年02月22日(金) ]

昨日までの3日間の話で、結局数学は演習があって始めて成り立つ科目、という結論に達しました。これは、中学に入って数学嫌いで進んできた人にとってはつらい事実かもしれません。しかし逆に、やればやるだけ理解が進む科目である、ということも理解してもらえたでしょうか。

公式・定理を使えるということがまず数学の第1の基本なので、試験では必ずここを聞いてきす。第1の段階の事を聞くので、少しやればすぐに点につながります。また、中学数学の各分野というのは、独立性が高く、前の分野の理解に関係なく新しい分野での理解を進めることが出来ます。それゆえ単発の理解の継続が必要です。

ただその継続性ということを考えた時、中学2年生になろうという今の段階では、(進度の速い学校であったとしても)まだそれほどには進んでいないはずです。せいぜい中2の内容がおわるとかその程度でしょう。であれば、今から始めたとしても、新しい分野(次に授業を受ける分野)の定理・公式を使えるようになる事は意外と簡単にできます。

中高一貫に通うあなたがまったく理解できないほど数学を放置するとは思いませんが、多少前の分野が悪くとも、次の分野で取り返せる。それが中高の数学です。一度悪くてもしょげずに努力を継続すれば、数学的論理力が付いて全体が見渡せる日が必ず来ます。

と、成績が悪かった時に保護者の方が励ましてあげることが一番肝要かもしれません。

数学の世界観を持って[2008年02月21日(木) ]

2日にわたって中学生が数学を学ぶ意味を僕の視点で説明してきました。
では、この世界観を持ってどう数学を学ぶのか。実はみなさんが一番気になっているのはここの部分だと思います。

まず、数学は決まりと原理によって成り立っています。現実社会で言えば道路は移動するところだ!みたいなものです。それを理解せずして社会で生きていく事は不可能であることからわかるように、数学も決まり・原理はさすがに覚えないとどうしようもありません。ただ、これらは中学入試を突破してきたみなさんならすでに会得しているものです。(1直線が180度とかいうのもこれに当たります)

さて、この後です。この後が肝心です。普通の教科書では、公式ドーン!例題ドーン!簡単な問題ちょろちょろ、で次の章。いったいどこに発展性があるのやら、という感じです。

論理的に物事を推し進める、という観点からみれば、一番いいのは自分で公式をすべて証明してみることですが、実はこれは結構数学力が必要となるので、いきなり始めるのはまず無理です。一番良いとっつき方は、まずその公式・定理を使った問題を解きに解き、その性質を理解することから始めることです。そうすれば、そのうち証明すべきポイントが見え、証明できるようになり、証明できるようになったと言う事は論理的発展性を見出せた、ということになります。ここまできて漸く数学で学ぶべき課程がクリアされるのです。

数学の世界観2[2008年02月20日(水) ]

昨日の続きです。数学の本質に関係があって、かつ中学生が数学を学ぶ意味。それは一体?というのが昨日の問いでした。

僕は、過去の偉人のした偉業の再生作業をすることにより論理力を高めること、であると思っています。

幾何学であればユークリッドが作り上げた幾何学を少しずつ少しずつ自分のものとする事により、論理的に角度を求め、面積を求め、新しい定理を証明し…平面において成り立つ論理を立体に適応させるという、似たもの、しかし新しいものへの応用。

代数・解析学であれば1元1次方程式を解くところから、2元1次連立方程式へ、1元2次方程式、そして3元4元、また3次4次…

これらの作業は、すべて既知のものを使って新しいものを導出する・理解する、という作業にほかなりません。知っていることから新しいものを作り出すのは、理系だけでしょうか?いいえ、そんなわけはありません。文系だって、必ず知っていることから新しいことを作り出さなくてはいけない場面が出てきます。それは保護者の方々の方が僕よりもよくご存知のことかと思います。

その練習として、数学があるのです。偉人が残してくれた数学という遺産を使い、論理的に物事を推し進める能力を高める。これこそが数学を学ぶ意義でしょう。

中学2年生になろうという今こそ、数学が好きな人はもちろん、嫌いな人も数学を学ぶ意味をちょっとでも考えてみるのもいいのではないでしょうか。

数学の世界観1[2008年02月19日(火) ]

題名をみてぎょっとした人もいるかも知れません。また、保護者の方々からすれば読み飛ばしていい内容に思われるかも知れません。しかし、これは根本的な問題です。

みなさんは数学に対してどういう印象を持っているでしょうか。マイナスとマイナスでプラスになることを覚えなくてはいけない「嫌な科目」?平行だと錯覚が等しいことを使い、対頂角が等しいことを使い、自分で平行線を引いてひたすら角度を求める「メンドクサイ科目」?はたまた、解けるようになるとうれしくなる「楽しい科目」?

こういう主観を含んだ感想は、どの科目に対してもあることでしょう。そして、人間というものはそういう主観によって自分の選択の幅を狭めてしまうものです。

それは、何事にも好奇心をもってもらおうと思ってこのブログを執筆している僕としては大変残念なことです。では、数学という科目の、中学・高校における意味合いとはなんでしょうか。

これを考える上で、単なる「大学入試のための」勉強とか、科目として定められたものをきちんとこなせるような忍耐力をつけるためとか、そういうありきたりで、かつ数学の本質とは全く関係ないところの答えではない、ということにして、あくまで数学の本質に関係のあるところで、数学を学ぶ意味を皆さん考えてみてください。

(続く)

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