そうやって1年生と2年生のパイプ役がITY1人、すなわち1年生からみれば一番接する先輩はITYになったわけです。
そうしているといろんなことを聞いてきます。
部活の練習に関することはもちろん、彼女はいるのか、とか成績はどうだ、とか。残念ながら中学生の時にはITYには彼女はいませんでしたが(^^;
さて、ここで成績について聞かれていたことはITYの成績の上昇とも関係してきます。
以前、ITYが部活を始めてから成績が伸びた、という話をしました。(<a href="http://www.zkaiblog.com/jrob05/archive/62">過去のブログ</a>)実はこのことには時間をコントロールする、という要素に加えて、後輩に対する見栄を張ろうとした、という要素も大きく関与してきます。
中学1年のときにまともに人に自慢できるような成績だったのは数学だけ。ましてや社会系の科目なんて人にみせるなんてとんでもない!という成績だったのでいろいろ聞かれても困るなぁという感じだったのです。
というわけで、成績でも先輩面できるように1学期の中間考査で必死に勉強したところ成績がぐっと伸びたわけです。
と同時に、部活にまじめに通うようになってから初めての考査がこれだったので、ITYは部活の中では頭イイキャラとして通ったのでした(笑
みなさんこんにちは。
ITYは実はとある大学の運動系の集まりに入っているのですが、29日に実は大会がありました。俗に東京6大学といわれる大学での大会だったのですが
これが年度始めの大会なのですが、1年生と2年生を見ていると、2年生は去年入ってきたばかりの初々しかった姿がうそのように、後輩にとって頼もしいであろう先輩の姿を見せていました。
おそらくみなさんも3年生からみたらそう見えているんでしょうね。
と、ふと自分が中2だったころのことを思い出しました。ITYの通っていた中学では1年生は5月から正式入部だったため、1年生が正式に入ってきたころITYはまじめに部活に通いだして1ヶ月(<a href="http://www.zkaiblog.com/jrob05/archive/61">注</a>:ITYは元幽霊部員でした)であったにもかかわらず、なんと1年生の指導係になってしましました。
ITYの上の学年にはそんなものはなかったらしいのですが…用具の保管場所だったり、更衣室の場所、練習のメニューの読み方そのほかを教えることが主な役割でした。
と、そのことが決まった日から1年生と2年生のパイプはITYになったわけですね。今考え直してみると1年生全員を2年生全員で見るのが普通なのだろうなあとか、一種めんどくさいことを押し付けらた?気がしなくもないですが当時は何か誇らしいものを感じていました。
と、続きはまた明日。
もうすぐGWということで大学の講義のほうも変則的になってきます。さすがに日曜祝日には授業はないですからね。
さて、そんなGW中のITYの予定はというと…
授業が休講(中学でいう自習のようなもの)になると宣言されている時間帯にはとりあえずバイトを入れてみようかと思うものの、そんなにすぐ入れられるバイトをしているわけではないので入るかどうかはよくわからない、といったところでしょうか。
要するに授業が休みになって暇になるって言うわけですが…その間に今までつもりに積もったレポートでもやりこなすことになりそうです。
みなさんのGW中の予定はどうなっているでしょうか?
ITYが中2のときのGWの記憶といえば、最終日にたまりにたまった宿題を一気に仕上げた記憶しかありません。
最近ではZ会が中高一貫向けに作った教科書・問題集を用いている学校がかなり多いようですが、ITYが中学生のころにはそのようなものはなく、新中学問題集という問題集を使っていました。これが1章分で300問は軽くあるんじゃないか、それも結構むずかしめな感じという問題集なのですが、この予習を2章分してくる、という宿題があったんですね。
それをGW最終日にはじめたがために…次の日は結局一睡もせずに学校にいく羽目になりました。まるで漫画のような話ですが実話です。
みなさんはこんなことにならないようにきちんと時間をデザインしてGWに入ってくださいね!
文系だの理系だの、親御さんから見れば中学生にはまだまだ速い話のように思えるかもしれませんが、中高一貫の中学生にとってはもはや自分の中ではすでに文系なのか理系なのか医系なのか、自分の中に目指す方向性がぼんやりとながら見え出す時期に差し掛かっていると言えます。
言い換えれば、子供の中ではすでにもう「僕は理系に行くんだから歴史はやらないんだ!」「私は文系だから理科はそれなりで・・・」という考えが生まれてしまっている可能性がある、ということにほかなりません。
ITYの中2の時はどうだったかというと、数学・理科・地理がやたらと得意で国語・英語は平均並、歴史はいわゆる赤点スレスレといった感じでした。(実際には中学に赤点は存在しませんでしたので雰囲気だけ伝われば良いかと思います)
もうこの成績の感じからいくと理系しかありえないな、という感覚は中高一貫に通う皆さん・親御さんであればなんとなく感じとられるかもしれません。事実そうでした。僕の場合は文系にすすもうなどという気はさらさらなく、かといって医者になろうという気も全くなく、ただひたすら物理学・数学の道を進もうと考えていたのでした。理系に進む気満々だったのですね。
では、この場合将来的に必要なさそうに見えるのは社会科−こと歴史です。さて、結局ITYにとって歴史は必要なかったのでしょうか?
たまたま学級委員だった僕は職員室に頻繁に出入りしていました。本来は担任との連絡を取りに行くためなんですが、そのほかにも時間割変更の確認も学級委員の役割と言うことになっていたのでその都合でいろんな先生とコンタクトをとることが多かったんです。
そんな中で、昨日も登場した英文法の女の先生との、始めての中間考査後のことでした。
ITY君って授業はよく聞いてくれるけど試験が余りよくないよね。どうして?私の授業わかりにくいのかな・・・
と半分涙目で訴えかけるように僕に言うんですね。
正直この時ほど英語の勉強をしなくて後悔した事はありませんでした。その次の試験からは学年200人中常に上位20位をキープ、英文法がわかればReadingのほうも自然とわかるようになってくるわけで、僕の英語の成績はそれなりのものになって行きました。
周りの人が聞くとそんなの作り話でしょ?とかよく言われるんですが、実話です(笑)
結局この先生は1年間で寿退職され、僕の恋心ははかなくも散ってしまい、今考えると純粋な少年の心を上手に利用されてしまった!という感じもしなくはないですが、これが本当の意味でのはじめての恋だったのかもしれません。
勉強のきっかけなんてものは、どこにでも転がっているものです。
中学3年になった4月のことです。中学1年・2年の間は英語と英語L(リスニングの略)の2科目しかなかった英語が、中高一貫という特性を生かして中3から高校英語が始まり、その影響で英文法の授業が増えました。
前回書きましたが、僕は英語は周りがうるさいので一応勉強はするものの嫌いだったので、その英語の授業が増える!となんだか憂鬱な気分になっていました。
と、そんな気分で迎えた第1回目の授業のことでした。
始業ベル
(3分後)
先生最初の授業なのに来るの遅いなー
(さらに2分後)
遅いなー
(さらに5分後)
・・・呼びに行くか(当時学級委員長だったので先生があまりに来るのが遅い場合は呼びに行くことになっていました)と思ったちょうどそのときに先生がやってきて…
!?
僕の中では英文法なんて教えるぐらいだからおっさんが(失礼)また来るんだろうと思ってたら、その予想は全く違ったんですね。とても若い、女性の先生でした。
お察しの方もおられるかもしれませんが、僕はこの先生に一目惚れをしてしまいました。最近は恋から遠ざかっていて青春してたんだなぁなんてブログを書きながら思っていますが(苦笑)
とはいえ、だからといってすぐに英語を勉強するようになったというわけではありません。勉強するようになったのはさらに後の話…
さて、いまでこそ5ヶ国語まで(あるいはもっと)外国語を勉強したいと思うようになった僕ですが、僕が中学生の頃には第1外国語である英語もだいっキライで、語学なんてクソくらえ!と思っている時期がありました。
というのも、中学生の英語といえばなんだかわけのわからない文法をひたすら覚えて単語をそれこそバカの一つ覚えみたいに覚えて、試験は覚えたことをそのまま書くだけ、その意味がまったく見出せなかった僕は勉強する価値そのものが理解できませんでした。
しかし
最近になって思うのは、語学なんて勉強する価値でするかしないか決めるのではないのです。まず自分が興味を持っているかどうかというのは第1にありますが、それ以前にコミュニケーションの道具として必要だから学ぶのです。
中高一貫に通う皆さんのことですから、大学卒業後さまざまな世界で活躍することでしょう。しかしその活躍の場は、おそらく日本人だけで完結する世界ではないはずです。いまや社会は国際社会。外国人とのコミュニケーションは英語が基本です。
研究者になるから英語は要らない!と思っている人、まちがいです。研究論文は英語で書かなければ意味がありません。また、他人の研究は英語で書かれているので英語が出来なければ読めません。それはおろか、教科書すら英語で書かれていることもしばしばです。
と、英語嫌いだった僕が英語を好きになるきっかけがありました。それはまた来週。