感動の正解

[2008年09月17日(水) ]

国語ではどんな授業をやっているのでしょうか。

今日はちょっと国語の授業に関して毒を吐いてみようかと思います。

国語の授業でよくあるのは、朗読して、話の筋を追って、主人公の気持ちを考えたり、ここで感動したとかなんとかを皆で話すと言うものではないでしょうか。

僕はそういうのはあまり好きではありませんでした。

というのはどういうことかというと、同じ文を読んでも感じたり考えたりすることって人それぞれあると思うのですが、それを同じように揃えようとするのが嫌だということです。

つまり、坊ちゃんを読んで、皆が皆、清に涙したり赤シャツと野太鼓に正義の怒りを燃やしたりする必要はないのです。

坊ちゃんの単細胞っぷりに辟易したり、赤シャツの型通りの悪役っぷりは何かの事情があってこう見えているだけなのかもしれないとか思っていてもいいはずなのです。

それが本来の自由な本の読み方なのです。

などと書いたら怒られるかもしれませんが。

少なくとも国語で点数は取れないですよね。

でも、頭の片隅にでも残しておくと、いいかも?