[2008年10月08日(水) ]
昨日は好き勝手書きましたが、大学受験も大事ですよという話。
今の日本では、大学はまぁ出ていないと色々不都合があります。
そうでないのは、芸術家やスポーツ選手など学歴とは異なる才能がモノをいう職種か、ニートや引きこもりです。あ、お坊さんとか家業を継げる人も入るかもしれません。しかし普通にサラリーマン等の職業に就くのであれば学歴はその適正や才能を現すものだとして考えられています。馬鹿馬鹿しいけどね。
ま、余程才能があれば大学なんぞ中退して、或いは高校なんぞ中退して会社でも起こしてしまえばいい(堀江さんなどはそうですよね。東大中退)のですが、普通の人はそうも言っていられません。あえて世の中に反抗するつもりがないのであれば、学歴なんぞクソ食らえと考えているとしても、まぁ一応の学歴を身に付けて置いた方が便利といえば便利です。
となると、大学受験に失敗しても、なかなか働くという選択肢を取ることは難しくて、浪人して勉強することになります。
浪人の一年間、或いは2年以上は勿論大いに得るところが多いとは思いますが、大学にストレートで入ってから留年なり休学なりしたほうが、自由に時間を使うことができると思います。僕も現役合格しましたが、留年します。大学の4年間はモラトリアムには短すぎる。ま、5年目以降の学費は親に頼ってもいられないので、肝臓を売ってでも自分で捻出します。それだけこの瞬間の時間には価値があるのです。
だから大学受験の直前まで何も考えずにいたり、浪人すればいいやと安易に考えたりすると、大損失ですよ。予備校の費用などとみみっちい話ではなく。人生の。
同じ浪人するなら本当に真面目に大学受験して挫折する浪人なら、学ぶものも多いでしょう。
[2008年10月07日(火) ]
みなさんは中学受験が終わってまだ一年もしていませんよね。
まだまだ中学校が新鮮で刺激に溢れているかもしれませんが、中高一貫校では高校受験がないので、大学受験までの6年間には、中だるみする時期も出てくると思います。
先日帰省した折に顔を出した母校では、一部の3年生と4年生(=高校1年生)くらいが中だるみして学力の伸びがイマイチだそうです。
ま、僕は受験受験とせせこましく6年間を過ごすのはどうかと思っているので、のびのびと過ごして欲しいのですが、それはだらだらと過ごすことではないのが分かっていないのも困り者です。僕の弟とか。
みなさんは高校受験という余分な儀式が無いだけ恵まれているのですから、何か6年間で達成してください。
母校の後輩には、数学やコンピュータの国際大会で金メダルを獲得するようなヤツもいました。
先日読んだ茂木健一郎さんの本には、高校時代の友人が卒業文集に「ラテン民族の栄光の概念について」というエッセイを書いていたたという話がありました。
もちろんそれはスポーツでもいいです。ボランティアでもいい。
大会で例え勝てなかったとしても、6年間をこれに賭けた、打ち込んだ、と言えるものが何か欲しい。
僕は今思い返せば色々と不十分なところが多かったこと、勿体無いと悔やむことしかできません。
えーそんなの無理だろとか思うかもしれませんが、大学より長いのですよ、6年間って。何でもできますよ多分。今になって気付いてもしょうがないので、未来ある中学生諸君には是非有効活用して欲しい。僕の弟(もう高校1年生ですが)とか。
高校受験が無いのだから。
先生には好き勝手言わせておけばよろしい。キミの人生だ。
[2008年09月25日(木) ]
中高一貫校の教育が歪むこと、その問題の一つが履修漏れです。
一昨年くらいでしたっけ、かなり問題になりましたよね。
僕はぎりぎりセーフでしたが、僕の一つ下の学年は丁度入試前なのに履修漏れのあった科目の補習が入って大変だったと聞きます。
あれは国が決めた指導要領の中でも特に受験に必要なところだけ早くやってしまおうとするためにどこの進学校もやっていたようで、関係者や生徒の間では公然の秘密みたいなものでした。
だって家庭科教室がない学校もあるんですよ。
受験に関係がないから、と平然と家庭科や体育、果ては公民などまで無視するなんてことは、受験の効率だけしか考えないような仕組みになっているからです。こういうことをすれば、確かに受験だけでみれば良い結果が残るかもしれませんが、人間的に何か大事なものが賭けてしまうものです。
東大だって、頭は良い(=テストで点が取れる)けれど協調性がなかったり、生活力がなかったり、他人の気持ちを思いやることができなかったりするような人間が一杯いますよ。いや、東大 「だから」 なのかもしれませんね。
皆さんは学歴は高くても価値のない人間にならないように。
[2008年09月24日(水) ]
昨日も書いたように、高校受験は中学での勉強を歪めてしまうことがあると僕は考えています。それでも中高一貫校の教育も歪んでいることが多々あります。
例えば多くの中高一貫校は5年、長くても5年半で6年分のカリキュラムを終わらせてしまい、最後の一年は問題演習だとか復習だとかに回すというようなことをしています。
そのような駆け足の教育をするとどういうことが起こるか?
まず付いていけなくなる人が一定程度出ます。
そういう人は学校を辞めたり、成績を上げる努力をしなくなったりして、本人にとっても不幸な学校生活を送ることになってしまいます。
熱心な先生は補習などを組んで丁寧にフォローアップしてくれることもあるでしょう。
僕の学校を含め地方の進学校(公立含め)は比較的そういうのを丁寧にするところが多いと聞きます。
しかし大都市圏の有名新学校などは生徒のフォローなどは殆ど関知せず、余分な勉強などは塾に任せっぱなしのようなところもあるようです。
この話は明日も続きます。
[2008年09月23日(火) ]
このブログは中高一貫校の中学一年生向けとなっているので、中高一貫校の話を少しずつしていこうかなと思います。
まず、中高一貫校は多くが受験=大学受験のための進学校です。
それは、高校で受験をしなければならないといろいろ中学で出来ることが制限されてしまう(=高校受験で点数が取れるような勉強しか出来なくなる)ので、中学高校の6年を通して教育を組み立てるという考え方をしているからだと思います。
それは間違っていません。全く正しいと考えます。
僕の中学高校もそうでしたし、僕自身そういう学校に通って良かったと思っています。
しかし、そうした教育もまた歪んでいることを知らないといけません。
つまり、大学受験で点数が取れるような勉強の組み立てだということを自覚しておかなければ苦労することも多いのです。
それについては次回から順を追って考えて見ましょう。
[2008年09月11日(木) ]
昨日は数学で凡ミスをした前期試験に落第してしまったところまで書きました。今日はその続きです。
で、何とか後期試験では合格することができ、入学後しばらくたって生活が落ち着いてから、ふと点数開示をしてみようと思い立ち、僕の試験の点数を問い合わせてみたのです。
すると、答えは全く違っていたにも拘らず、問題の20点分のうち15点も加点されていたのです。ゼロを覚悟していただけにびっくりしました。
ケアレスな計算ミス以外は解答の方針が合っていたことで、5点分の減点にとどまったのかだと思います。
全体で4問80点分の数学の中で5点は重いのですが、解答が全く違う値だったのにかかわらず5点で済んだのは驚きです。
大学入試ともなると単純に答えだけを見て○×をつけているわけではないのです。
その人の勉強の裏づけ、考える能力なども一緒に見ているのです。
だから凡ミスをしてよいというわけではないですが、本質的なところを大事にしていれば報われることもあるのかな、と思った瞬間でした。
[2008年09月10日(水) ]
昨日一昨日と凡ミスについて色々書きましたが、今日は大学入試での話をしたいと思います。
大学入試では、凡ミスだって勿論点数は引かれますが、本当に些細な凡ミスなら、驚くほど減点が少ないのも事実です。
僕も東大入試(二次)で大きな凡ミスをしたことがあります。
以前にも書いたかな?
数学での出来事です。
答えがとてつもない桁の分母になって割り切れなかったのですが、時間もなかったのでそのまま提出しました。そして後で計算過程を見直してみると、なんと…
36を3で割って13としているミスがあったのです!!
僕は愕然としました。
解答の導き方は間違っていなかったのに、計算ミスで答えは全く異なる値になってしまったのです。
そして試験の結果は落第。
僕は当然数学のせいだと思っていました。
(続く)
[2008年06月11日(水) ]
昨日、答案返却までの自己採点は大学受験のときに必要になる、と書きました。
センター試験という、受験生が全員受ける統一試験があります。
これは全部マークシート方式で、採点もコンピューターで一気に行うのですが、受験生の数が膨大なので結果が出るまでに大変時間がかかります。でも、センター試験の結果だけで合否が決まる大学や、多くの大学の二次試験は、結果が出る前に締め切りが設定されています。そこで、どの大学、どの学部の試験に申し込めば合格できそうか、という見通しを立てるために、センター試験は終わったらすぐに自己採点するのです。
他に記述式の大学の二次試験でも、前期で通ったか落ちたかを見極めるために自己採点します。前期合格が安泰なら部屋を探したり免許でも取りにいったりと優雅に、前期が不合格っぽければ、後期に向けて必死に勉強するのです。