[2008年08月13日(水) ]
みなさんの机の周りはきれいですか?
夏休みなどの長期休暇になると、なんだかんだと溜まったプリントの類に唖然とすることがあります。
塾なんかに行っている人は、2倍くらいの量のプリントが溜まっているのではないでしょうか。
きちんと整理していますか?
一昔前に野口悠紀雄氏の超○○法、というシリーズが大流行しましたが、なかでも超整理法は役に立つと思うので読んでみてはいかがでしょうか。超勉強法というのもあります。
で、超整理法で言っていることを少し紹介すると、プリントなどは使った順番に箱かなんかにしまっていって、一定期間使わなかったものは捨てる、というものです。
例えば1ヶ月見直さなかったような小テストなどは、もう半永久的に見直すことはないでしょうから、捨ててもいいだろう、ということです。
解説プリントなどは捨てないでおくと後々使ったりしますが、解答して答えあわせも見直しも済んだ小テストプリントなどは、この方法でどんどん捨てていきましょう。
僕は結構物を捨てられない人間なのでプリントも残らず保存していましたが、中高一貫6年間で溜まるプリントの量は半端ではありません。
プリントの洪水に飲まれる前に、できるだけ量を減らしておきましょう。
[2008年07月16日(水) ]
作文の半分は、伝える技術、では後の半分は何でしょう?
答えは、伝える内容です。
どんなに文章が上手くても、伝えたい内容があまりなければ、作文としては価値がありません。結局何が言いたいのか分からない作文になってしまいます。
では伝えたいことがない場合はどうすればよいのでしょうか?
例えば、地球環境問題に関しての作文とかはよくありますが、温暖化とかについて改めて伝えたいことと言われると困ってしまいませんか?国民一人ひとりがもっとこの問題についてよく知り、面倒くさがらずに行動に移さなければならない…これでは何も言っていないのと同じです。
伝えたいことをはっきりさせるための技術としては、問題をより身近なところに持ってくるということがあります。
先ほどの例だと、地球環境問題全体についてではなく、例えば、近所を流れている綺麗な小川に住んでいたメダカが、生活排水で汚れてからは全く見つからなくなったことだとか、スーパーで無意識に貰ってしまうレジ袋についてだとか、面倒くさくてつい分別せずにごみを捨ててしまうことだとか、身近な話でいいのです。
ここまで身近にひきつけてみると、どうですか?
何か伝えたいことが出てくるんじゃないでしょうか。
[2008年07月15日(火) ]
そうそう、注意を一つ。
先週から昨日にかけて書いた、作文についての話は、あくまで「求められている作文」の書き方で、別に賞とかいらないなら全然気にしてもらわなくて結構です。
ただ作文に限らず、文章を書くときに知っておいてほしいことがあります。
それは、文章を書くのは、何かを伝えるためであるということです。
何を当たり前のことを、と思うでしょう。
しかし、このことを突き詰めて考えたことはありますか?
日記以外の全ての文章は、他人に伝わらなければ意味がないのです。
そのためには、常に他人に直してもらうのが良いでしょう。
友人が恥ずかしいなら教師や親兄弟でもいいですから、なるべく厳しい意見をくれる人を選んで、自分が伝えたいことが伝わっているか確認しましょう。
作文は、これができれば半分完成したも同然です。
後の半分は明日。
[2008年07月14日(月) ]
今日も作文に求められるものの話をしたいと思います。
前回挙げたのは、中学生らしい素朴な感覚と、コンクール主催団体へのおべっか(笑)ですが、他に挙げるとすれば、快不快以外の感想というのもあると思います。
中学生の作文でよくあるのが、何々をしました、楽しかったです。何々がありました、悔しかったです。という感じのものです。良かった、悪かった、面白かった、つまらなかった、嬉しかった、悲しかったという感想を言うだけなら小学生でも出来ます。
そのできごとから何を考えたのかということを作文に書くようにしましょう。
どういう感想があって、どう考えたか。できるだけ具体的に。
例えばどこかのテーマパークに遊びに行って楽しかったとしたら、楽しかったです、で終わるのではなくて、親戚の子供を連れてきてあげようと思ったとか、こういう人を楽しませる仕事をしている人はどういう人たちなのだろうとか、色々考えることはあるでしょう。
何も思わなかったという人は、普段からもっと考える癖をつけましょう。
[2008年07月12日(土) ]
昨日は、夏休みの宿題「作文」に求められているものを勘違いしていたという話でした。ではそれは具体的に何なのか?
まず、中学生らしい素朴な感覚。
環境問題について、国の政策がどうとか、企業のコンプライアンスがどうとかいう話を中学生に求めているはずがないのです。僕は、環境の作文ではやれ京都議定書だとか炭素税だとか小難しい話をしようとしていました。(もちろん中学生にそうした議論がしっかり出来るわけはないのですが…)それがまず第一の勘違い。
次に、コンクールの開催団体を肯定すること。
これも悲しい話ですが、コンクールを主催する団体が、自分達に不利になるような、あるいは不愉快な作文をわざわざ表彰したりはするはずがないのです。僕は高校生の時に、確か中部電力が募集していた原子力をテーマとした作文に、大量の資料を読み込んで、原子力発電・核燃料サイクル計画を徹底的に批判し、即時中止を求める文章を出しました。われながらあれは大作だったのですが、ま、もちろん音沙汰無しですよ。他にも環境の作文で、本当に地球環境を守りたいなら人間が絶滅すれば良い、そうしないで環境保護を叫ぶのは人間のエゴを隠す卑劣な行為だと書いたこともありました。真似しちゃだめですよ。笑
来週に続く。
[2008年07月11日(金) ]
そろそろ中学校は夏休みの宿題が渡されているのでしょうか。
僕の学校では毎夏大量の作文が課されました。
テーマは環境、税金、国際交流など様々で、それぞれ何らかのコンクールに出すことになっていました。
とにかく文章を書くことに慣れるのが狙いだと先生はおっしゃっていましたが、どうせ出すならそれなりに評価されたいですよね。
僕は結構頑張って作文しました。
でも、賞とかには無縁でした。
そして高校生ぐらいになってあることに気づいたのです。
作文、として求められているものを勘違いしていたと。
でもそんなの全然教えてもらうことはなかったし、世の中って理不尽だなと強く思ったものです。
具体的な話は明日。
[2008年07月08日(火) ]
教室で先生の質問に間違ったらどうしよう…などと心配している人はいませんか?間違うことは、悪いとか、恥ずかしいとか思っていませんか?
それこそ間違いです。
学校の教室ではわざとでも間違うべきでしょう。
先生は正解を聞きたくて質問しているのではありません。
(正解を知りたければ解答のページでも見れば良い)
その分野・単元・項目を理解しているかどうか、応用できるかどうかを知りたくて質問しているわけです。
だからもし、あなたが完璧に理解していても、理解していない人がいるかもしれない時はわざと間違って、もう一度説明してもらうくらいで丁度良いのです。
ま、分かっているところを敢えて間違えというのは極論ですが、あなたの理解力・応用力を先生に伝える良い機会なので、友達に聞いたり、解答ページを見たりしてまで正答にこだわることは意味がないばかりか逆効果です。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
[2008年07月07日(月) ]
先週に続いて、授業の活用法。
授業では黒板だけを見るのではなく、先生のほうも見る。
先生は授業を進めるとき、教壇から皆の反応を伺っているものです。
直接手を挙げたり、友達に頼んだりして授業を止めることにどうしても抵抗がある人でも、スッと頭に入ってこないようなところでは首を傾げたり、眉をひそめたりといった仕草が表に出たりします。
先生のほうに顔を向けていると、そうした些細な反応に気づいてもらえることがあります。
毎回気づいてもらえるかどうかは分かりませんが、うつむいていると分かっているのか分かっていないのか(更に言うと、授業を聞いているのか寝ているのか)も判断できないので…
当てられたら何か必ず発言する。
普段積極的に発言しない人でも、当てられたら発言しましょう。
何を当たり前のことを、と思うかもしれませんが、聞いていなかった時や分からない時に、黙りこくってしまう人は結構多いのです。「聞いてませんでした」「分かりません」でも良いので何か喋る。出来れば問に答える。間違っても良いのです。というか教室では寧ろ間違うべきです。
明日は間違いについて。
[2008年07月05日(土) ]
昨日の続きで、授業中に授業内容を理解するためのテクニックについて。
教科書の文章も、先生の言った重要なことも、声に出さないくらい小さくでよいので復唱する。ただ見るだけでは、記憶に長くとどまりません。(五感を駆使した勉強方法についてはまたの機会に書きたいと思います)。
分からなかったらすぐ止める。
先生や周りの生徒に遠慮することはありません。本当に授業の進行に支障が出るようなら、後で、職員室で個別に対応してもらえます。周りの生徒は、止まった時間で見直しも出来るし、ボーっとしてリフレッシュも出来る。
それでも恥ずかしい人は、そういうのを気にしない人に代わりに質問してもらっても良いです。そのやり取りに便乗して色々聞ければ、自分で聞くのと変わりません。
コマ切れ時間を活用する。
自分でない他の生徒が授業を止めたり、先生が教材を取りに行ったりする時間が出来れば、その時間は隣の友達とおしゃべりするのではなく、問題を解くなり、教科書の先を読むなりしましょう。
とにかく、学校では、開始のチャイムから終了のチャイムまでは、勉強に集中する。リフレッシュは休み時間で十分です。
[2008年07月04日(金) ]
リアルタイムで理解するためのテクニックがあるとすれば、次に挙げるようなものかもしれません。
リアルタイムで理解するといっても、教科書は授業の先に目を通す。
別に、自宅や休み時間で予習しろというわけではありません。
チャイムが鳴ってから先生が教室に到着するまでに、教科書を開く時間はありますよね。先生が教材を準備したり出席をとったり宿題を集めたりしている時間に、今日の範囲を一読しておくこともできるでしょう。
全部に目を通すほど読むスピードが早くない?
太字や赤字、下線だけでも読むことができれば、完全に理解することができなくても、大体どういうことを理解すれば良いのか分かりますよ。
また、気になる言葉はチェックしておき、話の筋を追うことに専念する。
特に以前勉強したことについては、今更戻って理解しなおしていると話がどんどん先に進んでしまうので、ひとまず忘れていたことだけをメモしておいて、後で見直します。初見の英単語なども、紙の辞書で探していると、気づいたら1ページが変わっていた、なんてことになりかねません。話の筋を追いましょう。