[2008年10月25日(土) ]
今日は、昨日とは逆にノート作りについての異論を一つ。
東大生のノートは、かならず美しいというのはハッキリ言って嘘です。
何が嘘かって「かならず」という部分です。
別の表現を使えば、誇張です。
受験本のネタにされるほど美しくノートを取ることは、別にオススメできることでも褒められることでも何でもありません。究極的に、ノートは、自分が見直して分かればよいのであって。
美しいノートを作っている人は、しばしば、ノートを美しく作ることが目的になってしまいがちです。
そうじゃないのです。
自分で見直したときに分かるようになっていれさえすればよいのです。
勿論美しく作りこむことによって理解力や復習のヤル気が上がるなら是非美しいノートを作ってください。ただその目的と手段を間違えないで。
現に東大生の友達は、美しくノートを作るやつもいるし、かなーり雑にノートを使うやつもいます。黒板どころか教科書まで丁寧に調べてまるで参考書のような体系だったノートを作るやつ。罫線など全く気にせず見開きで、しかも5行ぐらいの大きさで文字を書き連ねているやつ。でもそれぞれ自分で分かる様式にはなっているようで、ちゃんと後に見直しているそうです。
だから「東大合格生のノートはかならず美しい」なんてーのは真っ赤な嘘です。正確には、東大生のノートは(たまたま)美しい(こともある)というのが良いかと思います。
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