このブログは中学二年生とその親御様向けのものです。基本的に、受験と部活の両立を目指す中学生活に関するパートと、現在のぼく自身の大学生活や日常生活を紹介していくパートとの二部構成で書かせていただきたいと思います。
梅雨の過ごし方として定番なことを忘れていました。
「読書」
ですね。
先日、出版社の方からお聞きしたのですが、
梅雨時期は、本が売れるシーズンらしいです。
やはり、家で過ごす上での必要アイテムみたいですね。
皆さんは読書はしていますか?
あまりしていない方は、読書をすることをぜひオススメします!
なぜかって、ラジオもそうでしたが、読書はそれ以上にいろいろなことを教えてくれます。
たとえば、サラリーマンも、年収が高い方は、低い方よりも読んでいるように、
知識の宝庫であり、それ以外にもいろいろなことを教えてくれるのです。
なかなか苦手だな〜というかたは、まずは興味があるところから
手をつけてみるのはいかがでしょうか?
例えば、歴史が好きなら、歴史小説とか。
すっと読めてしまうと思いますよ。
ぜひ、今度の週末は書店へ行ってみて、
興味があるところから、ぱらぱらと読んでみて、
気に入ったら、買ってみて下さい。
図書館でもOKです。
その先には、知らない世界、新しい世界が広がってますよ!!!
昨日はラジオについて書いてみましたが、今回はまた別のことについて。
数日前にも書いたと思いますが、梅雨はとても外に出るのが面倒です。
そういったときは、室内に拘束されがちなので、逆にそれを利用しましょう。
それは、
「掃除」
です。
みなさん、自分のスペースは自分で掃除していますか?
それか、自分の身の回りは整理整頓できていますか?
もしかして、むやみやたらとプリントとか、溜め込んでいませんか?
これらを一掃してみましょう!
「え、捨てるの?」
と、思った方もいらっしゃるかと思いますが、そうではありません。
全部が全部捨てるのではなくて、
まとめていくのです。
捨てるのは、必要が無いものだけです。
それ以外は、ノートに張るなり、ファイリングするなり、最小限にとどめて、
さらにコンパクトにまとめていくのです。
そうすると、格段に無くなりづらくなります。
また、探しやすくなります。
そして、掃除の際に目を通していくことで、記憶がよみがえるし、
記憶に残っていきます。
すなわち、振り返りにも役に立つのです。
今度のお休みが雨で、出かけるのが面倒だったら、
ぜひ実践してみてください。
新たな発見、違った視点での振り返りが出来るかも知れませんよ!
昨日は雨音を利用することについて書きましたが、
本日はまた別の音について書いてみます。
それは、
「ラジオ」
です。
私はラジオが大好きでした。
なぜって、いろんなチャンネルで、いろんな番組をやっているじゃないですか。
テレビとの圧倒的な違いは、情報の違いかと思っています。
昨今のテレビは、かなりバラエティー色が強く、個人的にはあまり好きではありません。
ラジオは、歌番組も多いのですが、
それ以上に、各パーソナリティーの色が反映された、
個人個人の見聞をもとにした話が多く、非常に雑学やトリビア的なことを身につけるには
最適なのではないかと思っています。
けっこう音楽を聴きながら勉強するって方も多いと思いますが、
音楽聴きながらって、一長一短だったりすると思うんです。
私は聴きながらもしていましたが、ちゃんと聴きたいときは、休憩のときでした。
休憩のときに音楽ではなく、ラジオをつけてみて下さい。
音楽もいろんな世界が広がっていますが、
ラジオはそれ以上にオススメです。
ぜひ、試してみてくださいね!
梅雨の時期は、雨の日が多く、なかなか外に出るのも面倒だったりしますよね?
そういう時は、室内で過ごすことと雨を最大限に利用してみましょう。
1.勉強にあてる
これは当然といえば当然ですね。
普段は、外に出れてしまうのが当たり前ですから、逆に外に出れないときは、
外に出かけることをあきらめてしまうのも手です。
2.雨音を利用する
これは私だけかもしれませんが、雨音ってよくないですか?
普通の雑音とは違って、なんか落ち着くんです。
土砂降りの音だとつらいかも知れませんが、普通?の降り方のときは、
心地いい音だったりします。
そういう音を利用して、やりたいことに集中するのはオススメです。
ぜひ、TVを消して、雨音を聞いてみてください!
明日はまた、違った梅雨の楽しみ方を書いてみます!
東京は、最近毎日雨模様です。
午前中晴れていても、夕方降り出したり、
午前中飴でも、夕方晴れていたりと、スカッと晴れることは無いです。
ただ、気温はじわじわと夏に近づいていってるのは分かります(汗)。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
梅雨とは限らないのですが、雨の日の学校って、
私は憂鬱でした。
靴はぬれてしまってぐしょぐしょだったり、
服が濡れていて気持ちわるかったりと、いい思い出がありません。
明日からは梅雨の過ごし方について書いていきたいと思います。
というわけで、前回の続きです。
ちなみに、リスニングでのベストは、
「英語から日本語に一々変換しないこと」です。
例えば、appleとくれば、それは、apple=リンゴと変換せずに、
appleはappleでそのまま理解してしまうということです。
日本語と英語を変換していては、どうしてもその分時間のロスが生じてしまいますので、
英語を英語として聞いて英語として理解してしまうのが最終目標であります。
といっても、これは非常に難しいです。
そして、結局これも慣れなのだと思います。
ぼくも、未だに、日本語と英語を行ったり来たりをしてしまうわけですが、
英語を英語のまま理解できる場合もあります。
これはきっと、慣れによるものだと思います。
ですから、最初は日本語と英語を変換していくしかないと思います。
ですが、繰り返していくと次第にスピードが早くなっていき、やがて、
ほとんど同時になってしまいます。
これは、数学でどんどん解くスピードが早くなってくるのと似ているのかもしれないですね。
そして、最終的には英語が格段にできるようになる、壁はここにあるのではないかと
思います。あるとき、ぐーんとできるようになるというのは、結局、日本語と英語の行き来が
ほぼ皆無になることで、恐ろしく、理解速度が上昇することなのではないかと思います。
先ず、@発音が聞き取れない
Aスピードに対応できない
B聞き取れても、日本語に切り替えられない
の三つがあげられると思います。
発音は今まで何度か取り上げましたので、省略という形で。
というわけで、今日はAについて書きたいと思います。
スピードに応対できないということはよくあります。
スピーチでも日本人は、「はっきりゆっくり発音するのが美徳」みたいですが、
海外だとそういうこともなく、むしろ、「滑らかにすらすらいうのが美徳」だったり
します。ですから、お偉いさんのスピーチを聞き比べると、
恥ずかしくなってきたり・・・なんていうこともあります。
まあ、そこらへんは民族性の違いということにでも・・・・。
それで、スピードについてなのですが、やはり倍速CDを使うのがいいかと思います。
二倍、三倍、五倍、十倍、といった具合に、どんどん早くなっていくものがありますので、
それを使うのがいいと思います。
やはり五倍とかにくると、何をいっているのか聞き取るのはもはや不可能という
感じに思えるのですが、どんどん早くして聞いていくと、なぜだか、時々、
聞き取れたように感じたりします。
それを続けていくと、一倍のやつが、「あれ、こんなにゆっくりだったけなあ」
という感じになってきたりします。
この作業を繰り返していくことで、割りに早いスピードにも対応できるようになる
のではないかと思います。
ちなみにですが、ぼくは小説を読むことが好きでして、ひたすら小説を読み続けております。
といっても、ぼくが読むのの大半は基本的に最近のものでして、古くても
せいぜい、五十年前くらいといったものまでがメインです。
しかも、日本の作家が多いですが。
というわけで、好きな作家といいますか、オススメを挙げるなら、
やはり藤原伊織を挙げたいと思います。
藤原伊織氏は、「テロリストのパラソル」という作品で推理作家の登竜門である
乱歩賞と、そして日本では一番のタイトルだといえる直木賞を受賞した作家ですが、
惜しくも07年に亡くなってしまいました。寡作な方でしたが、その分一作ごと
の質が高く、台詞回しが巧みでした。
ファンタジーでは、恩田陸氏でしょうか。といっても、恩田氏の作品は、純粋に
ファンタジー気質のものから、ミステリー、ホラーにまで至ります。
それでも、やはりあの幻想的な世界観というものが素晴らしいです。
純文学だと、川上弘美氏でしょうか。川上氏の作品は、教科書にものっている
ようですが、文章の呼吸、リズム、行間、など色々なところから伝わってくる
ものがあります。
そして、後、これを言いたかったのですが、社会情勢などならば、
やはり、池上彰氏を上げておきます。これは、初代の「週間子供ニュース」の父役
をしておられた方ですが、この人は、現在情勢やニュースなどを噛み砕いて教える
のが非常にうまいと個人的には思います。
氏の作品は、集英社文庫や、あるいは教養文庫などで見受けられると思います。
多分、中学生でも分かるようにかかれているはずですので、気が向いたら
読んでみてくださいな。
ではでは。
これは、是非つけておくに越したことはないです。
ぼくの高校だと、例えば毎週月曜日あたりの朝自習は、新聞の一つの記事を読んで、
それについて、なにかしら意見を書くということでした。
これは、小論文の下支えにもなりますが、別にそんなものではなくて、
日記をつけたり、ブログを書いたりということで差し支えはないと思います。
やはり、普段から文字を書くという行為になれておくと、いざそうしたことを要求
されたときに、戸惑う必要もなく書く事ができると思います。
皆さんは、やはり、「文章を読む、といった作業はそこそこ、こなされている」
と思うのですが、それを、「アウトプットするという作業はインプットする機会は
比べると少なくなるのではないか」と思います。
その際、実は意外に自分で「こう思ったこと」をことばで表現するのは難しいことだったりします。
あるいは、思ったことでなくても、「例えば眼前にある光景をことばで表現しろ」
と言われても、難しいと思います。
んーと、話がずれてきてしまいました。
でもぼくが言いたいのはどちらかというと、こちらでして、
ぼくたち人間は基本的に、言葉というものを用いなければコミュニケーションできない
わけなのですから、「思ったこと、見たことを言葉に変換する」という作業が実は
非常に大事であるし、求められる究極の能力の一つだと思います。
ですから、日ごろから言葉に直す癖などをつけてもらえたらいつか役立つのではないか
と思います。
そういえば、先週、評論問題について書きましたがその補足を一つ。
ああ、いった問題は最後に割りと文字数が多目の問題がある場合があり、
そうした場合には、下書き用の記入欄が問題についていたりします。
そのような場合には、必ず使うようにしたほうがいいと思います。
といっても、とにかく書けばいいというのではなくて、
自分の中で、「構成をしっかりと決めてから書き出す」のがいいと思います。
こうした能力は、小論文を書く際にも生きてきますし、
とにかく、現代人の欠陥としては、やはり構成力がその最たるものなのではないかと
思います。
ワープロや、パソコンの登場によって、いくらでも文章を挿入できるし、
修正できるし、削除できるし、ということで、恐らくは構成力が減少しているのは
間違いないです。だからこそ、構成力は、まだパソコンなどになれていない
高校生くらいまでの段階で育てておく必要があると思います。
と、話が横道にそれてしまいましたが、
国語の問題を読む際にも、「要旨だけ掴めばいい」というのもまた一つですが、
「要旨+構成を理解」というレベルまでいって
もらえれば、と思います。
ではでは。