Z会中学コースには、日々、会員・保護者のみなさまから様々な学習相談や質問が届きます。
このブログは、そんな学習相談にお答えする「学習アドバイザー」の日々をつづったブログです。
(ブログの「コメント」からの学習に関する質問にはお答えできません。ご了承ください。
また、コメント・トラックバックは承認制となりますので、公開までお時間をいただきます。)
[2008年11月27日(木) ]
こんにちは
Z会中学コースの社会学習アドバイザーのたぬき男です
今日は、夏目漱石のおもしろい逸話を紹介したいと思います
夏目漱石と言えば、「坊ちゃん」「我輩は猫である」などの小説で有名な小説家・英文学者ですよね。
この漱石、一見偉い小説家と思ってしまいますが、実はかなりの変わり者なのです。
そう言うのも、彼が地方の高校の英語教師をしていたとき、
一人の生徒が「I love you」 という文章を「我君ヲ愛ス」と訳しました。
すると漱石は、その生徒に対して「あなたを愛しているなどという日本語はない!月がきれいですね、と言えば、日本人には通じる!!」と叱ったのです




どうですか
どう思いますか
感じ方は人それぞれと思いますが。
すごいですよね
みなさんも機会があれば、好きな人に「月がきれいですね」と言ってみてはいかがでしょうか

シャイな人には使える言葉かもしれませんね
意味が通じるかどうかは別にして
そしてその他、漱石はなんと


「肩凝り」という日本語を造ったのです
外国には「肩凝り」と同じ意味の言葉はなく、そのため外国人は、日本人のように「あ〜肩凝ったなあ」と言うことはないのです
つまり、外国人は肩を凝らないのです
日本人は、漱石が「肩凝り」という言葉を造ったために、症状を自覚し、肩凝りに苦しむようになったのです
漱石、なかなかの変わり者ですよね
(たぬき男/社会)
[2008年11月06日(木) ]
こんにちは。
社会の学習アドバイザーのしんぞうです
。
今日は国語のポメ子さんと2本立てです
最近、『東大合格生のノートはかならず美しい』(著者:太田あや、文藝春秋)という書籍が売れているそうです。
「東大生のノート」の秘密を探れ 膨大な情報…体系的に整理
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081102-00000509-san-soci
実は、しんぞうも本屋によったときに、あざやかな水色の表紙と工夫のこらされた題名に引き寄せられ、つい買ってしまったのでした
。
その前にコクヨから「ドット入り罫線」ノートが発売されることがテレビで放送されていましたので、ちょっと「東大」と「ノート」という言葉が気にはなっていたのですが、書籍もノートもこんなに話題になるとは思っていませんでしたね
。
そして、購入した『東大合格生のノートはかならず美しい』を持って、学習アドバイザーのみんなにも見てもらってのですが…、これが盛り上がる


、盛り上がる


。
学習アドバイザーの中には、東大生の人もそうじゃない人もいるのですが、「東大生でもノートの汚いやつは多い」
といった意見や、「そもそも覚えてしまうので、得意科目のノートはとらない」
といった猛者もいましたよ。
でも、東大生に限らず、できる生徒はノートを上手にまとめている人が多いし、家庭教師をしたときに、ノートのまとめ方を指導したところ、生徒の成績が劇的にアップしたということもあったそうです。
やはり「東大生のノートが美しい」理由としては、授業中に言われたことを単に書き写すのではなく、脳の中で瞬間的に整理した情報を、復習しやすさも見据えた上で自分のノートにアウトプットできるからこそ美しいのでしょうね
。
そうした高度な情報処理能力が、センター試験を含めてたくさんの科目で高得点を取らなくては合格できない東大と、関連があるのではないかと思います
。
しかし、「斬鉄ペン」で海鷹さんが書かれているように、ノートを美しく書くことが目的になってしまってはいけないですね
。
少ない時間と手間で、授業内容が再現できるノートのまとめ方をマスターするには、かなりの訓練と試行錯誤が必要でしょう
。
『東大合格生のノートはかならず美しい』で紹介された方がたも、中学に入ったばかりころから、ノートのまとめ方が完成されていたわけではないはずです。
日々授業を受けてノートを取りながら、自分にとってよりよいノートを目指していった結果としての「美しいノート」のはずですので、中学生のみなさんにはそれを念頭において、自分なりのノートづくりに励んで欲しいですね
。
そうは言っても、この書籍が売れたように、他の受験生がどのようなノートを取っていたかは、きっと気になるはず
?!
実は、Z会のヘルプサービスでも「ノートの取り方を教えて欲しい」という質問は、よく届きます。そして、いまどきの公立中学校では、提出したノートが内申点にかかわるともいえますので、「美しいノート」づくりもある程度は必要なのかもしれません。
そこで、現在学習アドバイザーに声をかけて、中学時代や高校時代のノートを持っていないか調査しているところです。
持っている人が見つかりましたら、この「日刊 学習アドバイザー!」で紹介していきますので、お楽しみに!!

(しんぞう/社会)
[2008年10月02日(木) ]
こんにちは。社会で学習アドバイザーをしております、YKB
です。
夏休みが終わってはや1ヶ月
。すっかり秋らしくなりました
。
さて、突然ですが、皆さんは「新潟」と聞いて何をイメージしますか
?
友人の大半は「新潟」=「米」と答えます。
そして、「へぇ〜
。実家は農家
なんだ〜。」という人もいます。笑。
先入観ってこわいです
。
なぜ、新潟の話をしたのかというと、私、YKBは新潟県出身
なのです。
夏休みになると、「新潟の夏は涼しくていいね
」といわれますが、本当にそうでしょうか?
天気予報で新潟の気温を見てみればすぐにわかります
。それほど東京と変わらないんです
。どうも「新潟」=「雪国」=「涼しい」と連想してしまっているようです。先入観ってこわいです
。
もちろん、冬は寒い
ですよ。それも、かなりね。
冬の平均気温は、山沿いではマイナスになるんです。暖房設備がなかったら凍えてしまいます
。朝起きて、窓を開けようと思っても開きません。凍っているのです
。
そればかりか、「いってきまーす」と玄関を開けてみると、そこには!!!
…
「一面の白銀世界」
…
そんなふうに表現するのは、きっと地元以外の人達ですね。笑。地元の人間(※スキー産業関連の人達は除く
)にとっては、本当に困るんです
。
だって、通常よりも早起きをして、いわゆる、
「ゆきかき」
をしなければならないのですから。これをしないと、車
が出せません。仕事に行けないのです。寝ている間に雪は積もっているのです
。
社会人だけではありません。学生もその被害を受けることになります
。電車
が止まり、バス
のダイヤが乱れ…。道の両端には雪の壁が!!公衆電話が隠れてしまうのだからビックリです
。
いいところもいっぱいあります。スキーやスノーボード、ができますし、雪合戦だってできますよ
。これは雪国でしかできないですからね
。小・中・高とスキー教室があるのも新潟ならではでないでしょうか
“雪国の暮らし”、感じてもらえましたか?
(YKB/社会)
[2008年09月18日(木) ]
こんにちは

社会の学習アドバイザーをしています、みーです
ブログを書くのは初めてなので、とっても緊張しています
そのため、謎
な文章になってしまっているかもしれません
話題も何にしようか迷います。。。
いろいろ考えたのですが、「ライバル」についての話をしたいと思います

なぜライバルなのかというと、私の中高時代において、ライバルの存在がとても大きかったからです。
皆さんには、
ライバル
がいますか
どんなライバルでもいいです。
勉強ライバル
でも、部活のライバル
でも、恋のライバル
でも。
私はたくさんのライバルに出会いました。今回はそのなかでも、高校時代に出会った1番のライバルについて話します。
私は中学時代を地元の公立中でのんびりーと過ごしました。
勉強のほうはあまり頑張っていなかったので、最終的に第一志望の高校を諦め、少しランクが下の高校を受験しました。
ですから、合格してもそこまで喜べなかったし、もう少し勉強を頑張っておけばよかったなーと後悔しました
そんななか入った高校でしたが、1年生のはじめに、ある友達ができました
彼女と私は、入学当初の実力テストで
ほぼ同じ順位を取るほど、同じぐらいの学力でした。
しかし彼女は大変な努力家だったので、その後も実力をぐんぐん伸ばし、1年の終わりごろには学校で10番内に入るまでになりました。
それに対して私は、中学のときと同様、勉強をあまり頑張らなかったので、順位がどんどん落ちていき、彼女と100番以上の差がつくまで下がってしまいました
このとき、私は初めて学力が思うように伸びないことに悔しさを感じました。
と同時に、「同じ順位だった彼女が10番内に入れるんなら、私も頑張れば入れる
」と思うことにしました。
その後、2年生になってからは、常に彼女を意識しながら今まで以上に勉強しました
。
彼女もそんな私の気持ちを感じ取ったのか、私をライバルとしてみてくれるようになりました。
そのようにしているうちに、2年の終わりごろには彼女に追いつき、3年になってからはお互い競い合い励ましあって、つらい受験シーズンを乗り切りました

結果、私たちはお互い入りたかった大学に現役合格することができました


私は高校入試に後悔したこともあって、大学入試ではそのような後悔をしないために、入りたい大学を諦めませんでした。
しかし、その大学を目指せる実力が自分についたのも、彼女が私のライバルとしてい続けてくれたからだと思います
私にとって彼女は、勉強面ではライバル
でしたが、それ以外の場では、何でも話せる大事な親友でした。
教室移動もずっと一緒にしていたし、休日にはカラオケで歌いとおしたり
、放課後に駅前でしゃべり倒したり…
恋愛話もしたなぁ
笑
住むところが離れてしまった今でも、連絡を取り合い、よく会っています
ライバルとは、嫌いあってしまったり、お互いを否定しあってしまう人がたまにいますが、私はそれをとても残念なことだと思います
競うべきところではお互いをライバルとみなして、それ以外の場ではお互いのいいところを認められる関係のほうが素敵ですよね。
みなさんも、これからさまざまな人に出会うと思いますが、素敵
なライバルを見つけて、よい関係を築いていってくださいね

拙い文章で失礼しました。。。
(みー/社会)
[2008年09月04日(木) ]
皆さん、こんにちは。社会で学習アドバイザーをしております、KYです
今回は社会のアドバイザーらしく中学校で社会科を学習する理由を考えていきましょう

社会をどうして習うのか
それは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉が端的に言い表しています。
一昔前に、バブル経済という日本がまれにみる好景気に湧いた時期がありました。その後、バブル経済は突如崩壊
その影響は大きく、多くの人たちに多大な損害を与えました
しかし、中にはバブル経済が崩壊したにも関わらず、莫大な富を築き、それを我が物のままにした人達がいたことも事実でした
バブル経済の崩壊によって多大な損害を被った人と莫大な富を築いた人、この相反する彼ら二人を分断したものとは一体何だったのでしょうか
それはほかでもない、単に歴史を学んでいたか否かでした。なぜなら、バブル経済の崩壊がもたらす帰結はすでに過去の出来事に裏打ちされた、起こるべくして起きたこと、そのものだったからです。歴史を学ばざる愚者は、それをまったく知りませんでした。それは、愚者のそれまでの経験の中に、バブル経済がもたらすことの顛末など存在しなかったからです。もちろんいくら賢者であってもいつ好景気が終わりを告げるのかということを完全に予知していたわけではありませんでした。しかし、愚者と違って賢者には、ひとつだけはっきりとわかっていることがありました。それは過去の歴史が教える、バブル経済崩壊にどう対処すれば良いかということです
「どうして社会科を勉強するのか
」という問いに対して、私は今になっても、正しい答えはわかりません。多くの人は「社会の勉強なんてしても、将来役に立たないのでは
」と思っているかもしれません。
たしかに、社会科の学習で暗記した歴史上の人名が、直接役に立つことはあまりありません。しかし、バブル経済崩壊を経験した彼ら二人ように、社会科という教科を学ぶか学ばざるかで大きく、人生が変わる瞬間が将来必ずややってきます。中学生での「社会科」の学びはこのためにあります
中学校での社会の学びをおろそかにせず、「歴史に学ぶ賢者」になってください
(KY/社会)
[2008年08月28日(木) ]
こんにちは☆社会の学習アドバイザーのちぃしゃです。
ブログには初登場です。よろしくお願いします
さて、ストレートな質問になっちゃいますが、こういうブログって、何を書けば面白く読んでもらえるのでしょうか?
皆さんにお話ししたいことはたくさんあります。私自身が好奇心旺盛なタイプなので、興味がある事柄がいっぱいあるんです。
読書について、とか、相撲について、とか。歌舞伎についても語りたいし、仏像の美しさなんかも語り倒したい!雨の日の楽しさとかも

でも、体験記とか旅行記ならともかく、他人の趣味をただ語られてもそんなに楽しくないと思うので、今回は、今いろんな意味でアツイ中国についてお話しします
皆さんは、中国についてどんなイメージを持ってますか?
歴史が長い、パンダが住んでる、オリンピック……などなど、日本との関係が深い国なので、「こんな国」っていうイメージは、たくさん浮かんでくると思います
私の中国に対するイメージは「でかい!」というものです。国土ももちろんですが、人口の多さにしろ、歴史の長さにしろ、文化の豊富さにしろ、とにかく何につけてもスケールがでかい。
実は私は、去年の9月から今年の6月まで、中国にいました。いろんな人と会って、いろんな事を見聞きしたのですが、一番感じたのが、このスケールの大きさ。そして、やると決めたらとことん極めちゃうこと、なのに変なところで大ざっぱ(笑)
スケールの大きさと、やると決めたら極めるっていうのは、今回のオリンピックの開幕式を見た人は、少しピンとくるのではないでしょうか
大ざっぱな部分も、いろいろ批判的に言われたりしますが、あれだけ人口が多かったら、多少は融通を利かせて適当な部分をはさんでいかないと無理かもな〜と思います
もちろん、人の命にかかわるところで手を抜くとか、不誠実な対応とかは論外ですよ。でも、日本人の「生真面目さ」だって、必ずしもいいことばかりではないんじゃないかなぁと思うのです。人間にはせっかく「頭」があるんですから、その時々の状況に合わせて対応を変えていかないと、もったいない!決められた通りに動くのなんて、ロボットにだってできます。だから、中国人の適当さと日本人の真面目さが上手く混ざり合ったらちょうどいいと思うんですよね
頭を使って、臨機応変に対応できる人間になりたいものです。
とか何とか偉そうなこと言ってますが、やっぱり日本は住みやすいです。ぼーっとしてても騙されないし、盗まれないし、みんなちゃんと並んで順番守るし、お店の人は丁寧だし。
日本には日本のいいところがあって、
外国にも外国のいいところがある。
みんなそれぞれ、違いを尊重しあっていい影響を及ぼしていけたらいいですね。
あー、旅行に行きたいよー
(ちぃしゃ/社会)
[2008年08月21日(木) ]
はじめまして

Z会中学コースで、社会の学習アドバイザーをしているネズミ人間と申します
今日は、暑い夏を一瞬でも涼しく過ごしていただくために、僕の恐怖体験をお話します
その出来事は、僕が高校2年生の夏、部活帰りの夕方、友達と卓球をしているときに起きました。
僕と友達は生粋の高校球児でありながら、卓球の魅力に取り憑かれていました。
白熱した打ち合いが続いていました。
突然、友達は打つことをやめ、目を細めて、僕の後ろの窓を見ました。
それが数秒続くと
友達は腰を抜かし、這うようにしながら、その部屋から出ようとしました。
僕は友達を追いかけ、捕まえて、何が起こったのか聞こうとしました。
すると
何か奇怪な音楽?のようなものが聞こえてきました
それと同時に、僕は意識が薄くなるというか、パニックになったというか、変な感じがして、本能的に、ヤバイと思いました
さらに追いうちをかけるように、視界がピンクや紫、濃い緑に変化しました
僕は友達と這うようにして、必死にその部屋から脱出しました。
落ち着いてきて、友達と話をすると
卓球をしていたとき、僕の後ろの窓の外側に、白い夏服のシャツを着た男の子が立っていたそうです。
しかし、友達の後ろは壁だったので、何かが映ったということではありません。また、その部屋は5階に位置しているので、誰かが立っていたということもありえません。
友達は、そういった異変に気づいたら、僕と同じように、奇怪な音楽や意識がおかしくなり、視界が狂い、腰を抜かして逃げようとしたそうです。
僕の恐怖体験の内容は以上です。
実体験をそのまま書いたので、何のオチもありませんし、あまり恐怖は伝わらないと思います。
とにかく、信じるか信じないかは、あなた次第
(ネズミ人間/社会)
[2008年08月07日(木) ]
こんにちは。
僕は、社会科の学習アドバイザーをしています『原へった』といいます。
僕は先日、ダイビングのライセンスを取りに沖縄に行ってきました♪ 沖縄の慶良間諸島というところに行ったのですが、とても海がきれいでした。 深さ18mまで潜ったところには、映画ファインディング・ニモで有名なクマノミやサメの子ども、エイなどがいて、本当に映画のワンシーンのような光景でした
実は、旅行中の最後のタイブで、ボートに戻る途中にボンベの空気がなくなるということがおきました
。
普段遊びほうけていて、アドバイザーっぽくない自分ですが、一応社会科のアドバイザーなので、この出来事を社会科的な内容にかけてまとめると…
だんだんボンベから供給される酸素が薄くなり、僕は本能でこれはヤバイと悟りました。普段空気を吸うことが当たり前の生活をしていると空気の大切さを忘れてしまいますが、人間にとって空気とはやはり大切なものなのですね!?(笑) あのときほど僕自身空気の大切さを感じたことはないです。
最近、環境問題が盛んにニュースになっているので、地球温暖化やさんご礁の白化現象などをみなさんもよく聞くと思いますが、どれだけの人が本気でこのままだと地球やオレたちの将来がヤバイなって思っていますか
私たちの周りに当たり前にあると、ついその大切さに気づかないものなんですよね! 僕も正直、このままだとヤバイと感じていませんが、この問題ばっかりは、実際に温暖化やその他の環境問題が目に見えて問題になってからでは遅いらしいのです。
今年も夏が来て、年間で一番電気の消費量が上がる季節がきました。僕もちっぽけなことでもいいから地球のためになにかして、少しでもダイビングできるきれいな自然環境を残し続けるために貢献したいなと思っています
駄文失礼しました
以上です。
(原へった/社会)
[2008年07月24日(木) ]
はじめまして
社会のアドバイザーをしている、ぶるです。
最初ぐらいは社会っぽいことを書いてみようかと思います。
少し長いけど、知っていて損にはならないので覚悟して読んでくださいね
笑
多くの人が初めて地理の勉強をする4〜5月にかけて、「独立国の数はいくつなの
」という質問がよく寄せられます。いったい何個の独立国があるかわかりますか?
そもそも、独立国とはなんでしょう?
これは、「国際法を守る意思と能力を持った主権国家」のことです。
独立国として認められるには、「領域があること」「国民がいること」「主権(政府)があること」という3つの要素が必要ですが、さらに「国際法を守る意思と能力」が必要なんですね。これらがそろえば、「独立国」としての要件は満たされることとなります。
すると、僕は思うんです。「自分で独立国を作ろうかなぁ・・・」って。
だって、「何ku以上の領域が無ければならない」とか、「何人以上の国民がいなければならない」という条件が無いんですから
土地が少しと、僕と一緒に独立国を作ろうという野心を持った友だちと、国際法の知識さえあれば、独立国の条件を満たすんです。主権はすでに備わっています(たぶん・・・
)。
しかし、ここでふと考えます。いったいどうやって独立国と認めてもらえば良いのでしょう? 「あなたの国を正式に独立国として認めます」ということを決めてくれる国際機関でもあるのでしょうか?
実は、ここで現実に引き戻されるわけなんですね(今ごろ?って言われそうですが・・・
)。
世の中には独立国の認定をする国際機関などは無く、それぞれの国家の政府に「独立国として認めるか、認めないか」を決める権利があるんですね。
ですから、「僕たち、独立国を作ったんで認めてもらえませんかね」といって、各国の政府にいちいちお願いをしなければならないんですよ。まぁそんな国が認めてもらえるわけはありませんよね。
ここで、独立国を作ろうという野望は夢と消えます・・・
それで何が言いたかったかというと、独立国として認めるかどうかというのは、各国政府の裁量に任されているわけなんです。ですから、国によって「(自分たちが認める)独立国の数」というのは違います。
では、日本政府が認めている独立国の数は何カ国でしょう?
それは、「(日本を含めて)193カ国」です。
2006年には「セルビア・モンテネグロ」が「セルビア共和国」と「モンテネグロ」に分離しました。そして、今年の3月には「セルビア共和国」から「コソボ共和国」が独立しました。ですから、「193カ国」になります。
でも、学校では「194カ国」と習った人が多いのではないでしょうか?
この違いは、「朝鮮民主主義人民共和国」を独立国として含めているか否か、ということなのです。
「朝鮮民主主義人民共和国」は国際連合に加盟しているため、教科書などでは独立国として含んでいますが、日本政府は「朝鮮半島の独立国は大韓民国だけだ」として、「朝鮮民主主義人民共和国」を独立国として認めていません。
ですから、日本政府は彼らのことを「朝鮮民主主義人民共和国」ではなく、「北朝鮮」と呼んでいますし、「六カ国協議」ではなく「六者協議(六者会合)」と言っているんです。外務省のホームページを見ると、よくわかりますよ。
ここまではいろいろと複雑ですが、結局、独立国の数は「194カ国(北朝鮮を含む)」で、国際連合の加盟国は、バチカン市国とコソボ共和国を除いた「192カ国」であると覚えておいてくださいね
長かったな〜
全部読んでくれた人、お疲れ様です
笑
(ぶる/社会)
[2008年07月10日(木) ]
はじめまして、Z会中学コースで社会の学習アドバイザーをしておりますKYです

今日は、日ごろ僕が大切にしている言葉を紹介したいと思います
それは僕の通っていた中学校の校訓である「一歩々 行万里」という言葉です。
"いっぽいっぽゆくばんり”と読みます
僕の中学校には、毎年2学期の終業式の前日に、全校生徒である半島48kmを歩きとおすという行事がありました。「一歩々 行万里」という校訓はこの行事のキャッチフレーズです

もちろん中学生にとって、一日で48kmの距離を歩きとおすのは至難の業ですし、同級生の多くはこの行事を疎ましく思っていました

(かく言う僕もこの行事に備える形で一ヶ月前から始める、持久走にはだいぶ閉口させられていましたが
)
しかし、いざその行事が始まって、全校生徒の皆が48kmの道のりを歩き出すと、みんなの顔色が真剣なものへと変わります

。その歩みは文字通り校訓である「一歩々 行万里」という言葉が一歩一歩、身にしみて感じられる瞬間であり、完歩したときの喜びは何事にも代えがたいものでもありました
僕はこの行事からはじめの一歩を踏み出すことの大切さと勇気を学び、その達成感を今でもはっきりと覚えています。
僕はこの「一歩々 行万里」という言葉には大きく二つの意味があると思っています。ひとつは、万里を行くにも一歩を踏み出す必要があるということであり、もうひとつは、一歩一歩の積み重ねが、やがては万里の道なるということです
このことは勉強や部活をするにあたってもいえることではないでしょうか。中学生の皆さんの中にも、勉強するには気が引けるなぁとか部活でレギュラー取るにはむずかしいなぁと感じている人もいるかもしれません。でも実はそのはじめの一歩を踏み出す勇気が大切で、一歩一歩確実に前へすすんでいく継続性が大きな夢を引き寄せるのです。『万里の道も一歩から』物事は長いスパンで捉えて、自分の可能性を信じてほしいと思います
(KY/社会)