カヲル思考−目的と手段の地平−

世の中のよしなしごとを《論理》によって《目的》と《手段》に切り分けると、ものごとの《本質》が見えてきます。
どんな難しいことでも本質は至って単純、逆に当たり前のことほど本質は難しいものです。
私の料理した《本質》のお味はいかが?

     
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江戸時代の財政再建人
[2008年06月28日(土) ]

おそらく知らない人はいないであろう、二宮金次郎。

しかし、なぜ二宮金次郎が有名人かみなさんは知っていましたか?

単に「薪を背負い、歩きながら勉強している偉い子供」だったから有名だったのではない―二宮金次郎の本当のすごさがわかる本が、今週最後に紹介する『二宮金次郎はなぜ薪を背負っているのか? 猪瀬直樹 文春文庫』

そういえば、最近二宮金次郎の銅像が撤去されたり、子供が歩きながら本を読むのをまねしたら困るということで、薪を背負って座って本を読んでいる像に変わったり、二宮金次郎の銅像も受難の時代になってしまったようです。

著者は、二宮金次郎を単に勤勉なだけではなく、江戸時代の財政再建人だったという視点で紹介しています。

キーワードは「分度」


分度とは、収入に応じて支出を設定するという考え方。

こう書くと「そんなの当たり前じゃん」と思う人も多いでしょうが、大阪府の橋下知事が財政削減で苦労しているのを見ればわかるように、特にお役人様の発想は、

「必要なものを積み上げ、支出額を決定する」

というもの。
要するに支出額は必要なものだから減らすことはできないという考え方。

それに対し、二宮金次郎は、必要か否かではなく、実際の収入に基づいて支出額を決めるというパラダイム転換を行い、財政再建を果たした人物だったのです。

そして、そんな二宮金次郎には次々と「抵抗勢力」が現れます。そのあたりの記述を見ていると本当に今の日本と全然変わりません。

結局、なんだかんだと理由(例:道路は必要、医療費は必要、年金は必要)をつけ、収入に見合った支出できなければ、財政問題は解決しないという当たり前のことがよくわかります。

大阪府の改革が実現するか、日本の改革が実現するか、これらは、我々がその事実に気づいて、いつ「傷みを分け合おう」と協力できるかにかかっています。

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