『アーロン収容所』を読むと、日本でも、戦争が当たり前だった、戦死者がすぐ隣にいることが当たり前だった時代があったのだという当たり前の事実を再認識することができます。
『アーロン収容所』は、著者がビルマ(現ミャンマー)での収容所生活をまとめたものですが、単なる収容所生活ではなく、優れた日欧(英)比較文化の書です。
みなさんでも知っている人は少なくないのではないでしょうか。私もその存在と内容の要約のようなものは知っていました。
まずは、読んだことのない私も知っていたもっとも有名な部分を引用します。
その日、私は部屋に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろをふりむいたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた。
普通に考えると、衝撃的な内容です。
しかし、筆者や収容所に収容された日本兵は収容所の生活でこれに類する体験を数多くしたのです。
このような経験もしたそうです。
私たちの食事に供された米はビルマの下等米であった。砕米で、しかもひどく臭い米であった。飢えている間はそれでよかったが、ちょっと腹がふくれてくると、食べられたものではない。その上ある時期にはやたら砂が多く、三割ぐらい泥と砂の場合もあった。私たちは歯はこわすし、下痢はするし散々な目に会い、とうとう日本軍司令部に対し英軍へ抗議をしてくれと申しこんだ。
その結果を聞きに行った小隊長は、やがてカンカンになって帰ってきた。英軍の返答は、「日本軍に支給している米は、当ビルマにおいて、家畜飼料として使用し、何ら害なきものである」であった。それもいやがらせの答えではない。英軍の担当者はまじめに不振そうに、そして真剣にこう答えたそうである。
そう、先ほどの女性にしろ、英軍の担当者にしろ、私たち日本人の感覚からすると、我々を同じ人間として見ていないわけです。
そのような経験は、日本に帰国後、
京大教授にまで登り詰める著者にここまでの気持ちを抱かせます。
「万万が一、ふたたび英国と戦うことがあったら、女でも子どもでも、赤ん坊でも、哀願しようが、泣こうが、一寸きざみ五分きざみ切りきざんでやる」
このように書くと、英国憎悪の書かと思ってしまうと思います。
私も実際に本書を読むまではてっきりそういったことがメインの内容かと思っていましたが、読んでみると一番最初に書いたように日欧(英)文化比較をした良書だとわかりました。
最初に書いたように死についても考えさせられる本です。
そのあたりの内容はあまりに直裁的な表現なので引用はしませんが、私たちの祖父、曾祖父はそんな死を目の当たりにしたという事実には心が締め付けられます。
単に一部分を知っているだけで全部を知った気になってはいけませんね。
とてもいい本です、ぜひ読んでみてください。
この本の紹介の最後として、著者が戦場での気持ちを書いた部分を引用します。
一度でよいから起きる時間を心配する必要なしに眠ってみたい、もう一度、たった一度でよいから、やわらかい椅子に腰をかけ、のんびりしてみたい―。
この『アーロン収容所』が題名や内容のほんの一部は有名だけれども、実際に読まれていない本だとすると、名前は知られているけれども、その人の業績があまり知られていないのが、次に紹介する本に出てくる人物です。