[2007年12月28日(金) ]
垂渓庵です。
世の中には、怒濤のごとき迫力を感じさせる人がいます。あなたの身の回りにもきっといることでしょう。奔流のような活力の人が。歴史的人物にもそのような人がたくさんいます。
たとえばワグナーやマーラーやオルフなど。わたしは彼らにこの上ない迫力を感じます。もっとも、あまり熱心にクラシックを聴くわけではないのですが。小説家で言うなら、小松左京、バルザック、デュマあたり。哲学者ならニーチェ。
こう書くと、次のような異論がホウハイと湧き起こってくるかも知れません。「ベートーベンの立場はどうなる」とか、「音楽に迫力があるのと作曲家自身に迫力があるかどうかとは別だ」とか、「バルザックは顔の印象だけからじゃないのか」とか、「小松たち三人は体型の共通点から言ってるんだろ」とか、「哲学と活力ってなんかしっくりこないぞ」とか…。
まことにごもっとも。わたしはノックアウト状態です。しかし、ここはわたしのごくごく主観的な印象からする判断ということでご寛恕願えればと思います。
文化の領域から現実世界に目を転じてみれば、かつて怒濤のごとき迫力を持ってアジアやヨーロッパを席巻した人たちがいます。アッティラ、チムール、チンギスハン。彼らにもわたしは活力の人という印象を抱くのです。
と書くと、「ははあ、わかった。こいつはカルタゴのハンニバルに話を持っていくつもりだな」、と得心された人もいることでしょう。しかし、残念ながらわたしはカルタゴの将軍については詳しくありません。
もっと目端の利く人は、「ふふん、やっぱりな。カルタゴのハンニバルと見せかけて、レクター博士のことを語るつもりだったわけだ。しょせんお前は孫悟空。お釈迦様の手のひらからは出られないのさ。どうだ、参ったか」と鼻の穴をふくらませておられるかもしれません。
しかし、ふくらませた鼻は元に戻してもらった方がよさそうです。わたしは、無口な羊にも、赤い竜にもあまり縁がなかったのでした。それに、レクター博士が起きようが寝坊しようが知ったことではありません。やはりレクター博士についてもほとんど語ることはないのです。
ではここでとりあげるハンニバルとは、いったい何者なのか。
[2007年12月25日(火) ]
[2007年12月20日(木) ]
垂渓庵です。
いよいよあと少しで二学期も終わりです。長かったような短かったような。
中学一年生も二学期の後半になると、学校に馴染んできて地を出すようになってきます。時にはちょっとした喧嘩やトラブルが起こることもあります。
ま、深刻なイジメなどでなければちょっとした喧嘩ぐらいええんと違うのん、というのが昭和に少年時代を送ったわたしの本音なのですが、担任をしているとそうも言っていられません。喧嘩やトラブルの仲裁、説諭などなどをすることになります。
幸い今年の中一は、担任団をあたふたさせるようなとんでもないことをしたりはしなかったので、そういう意味では幸いでした。
さて、学期末には、そのような生徒の行状・成績などを保護者と話し合う保護者懇談が行われます。わたしの勤務校でも目下懇談の期間に入っています。この時期の懇談は三者で行われます。年度内最後の懇談になりますから、今後の生活や学習について生徒も交えて確認しておいてもらおうという意図があるのです。
二者と三者というのは、懇談の場に生徒がいるかいないかの違いだけのようですが、ご家庭の側にとっても、担任の側にとっても印象がだいぶ異なってきます。担任の立場で言うと、それぞれにくみ取れる内容が違ってくる、となります。
[2007年12月17日(月) ]
垂渓庵です。
明治期にジャーナリストとして活躍した成島柳北は、幕末期の幕臣でした。彼は、やはり幕末期の幕臣で明治期にジャーナリストとして活躍した福地桜痴に、「これはさて世はさかさまとなりにけり乗った人より馬は丸顔」とひやかされたほどの面長でした。確かにその写真を見ると明らさまに面長です。
この面長はよほど人に強烈な印象を与えるらしく、いずれご紹介する内田百閧ノも「馬は丸顔」という随筆で枕に使われています。その他にもネット上でいくつも彼の面長をネタにした文章が書かれているようです。が、今回の話は彼の面長とは全く関係ありません。
いえ、面長が関係ないどころか、柳北自身、ベニスにも商売にもあまり関係ありません。彼はベニスに行ったこともないはずですし、商人でも、まして金貸しでもありませんでした。もちろん、シェイクスピアと知り合いという事実も、シェイクスピアの作品を翻訳したこともありません。
え? じゃあ、その成島柳北とかいうのがどうベニスの商人とつながるのかですって? まあ、あわてないで下さい。彼には次のようなエピソードがあるのです。
[2007年12月13日(木) ]
垂渓庵です。
所長、また表題をお借りしました。
ロンドンのホテルのフロントのお兄さんと固い絆を結んだ後、わたしと妻はユーロスターでパリに向かいました。フランスは農業国だということが実感できる車窓風景を満喫した後、パリに到着しました。
二人とも体調を崩し、思うように観光ができなかったのですが、
町中を歩き、パサージュに迷い込み、
移民の子たちっぽい小さな子に取り巻かれ、
メトロの駅を出ようとして壊れた改札を前に立ち往生していると、
黒人のおっちゃんが一緒に強引に出てくれたりして、
少しは雰囲気を味わうことができました。
結論から言うと、パリはよい町です。
そのパリでこんな経験をしました。
[2007年12月10日(月) ]
垂渓庵です。
二十世紀の中国を代表する歴史家に顧頡剛という人がいます。中国版ウイキペディアには、こんな風な説明がなされています。
国文学関係の人には、史記をはじめとする中国の正史の点校本でおなじみなのではないでしょうか。一般の読書好きの方には、「ある歴史家の生い立ち」(岩波文庫)という自伝で知られているのではないかと思います。
この自伝は、著者の学問や研究に向かう真摯な姿勢や、自由な発想の重要性などを教えてくれます。時代や取り組む分野の違いを超えて、著者の生き方は、わたしたちに自分の人生をいかに生きるべきかを考えさせてくれます。
もちろん、彼は一個の天才と言っていいと思いますから、わたしたちが彼の真似をしようと思っても無理な部分はあります。彼の真似をするのではなく、彼の生き方から自分の生き方を振り返るだけでも、十分有益だと思います。
詳しくは「ある歴史家の生い立ち」そのものを読んでいただくとして、ここでは彼の天才ぶりをうかがえる挿話をひとつだけご紹介しましょう。彼の天才ぶりを彷彿とさせる記述はいくつもありますが、中でもこの挿話には目を見張ります。何歳の時のエピソードなのか考えながら読んでみて下さい。
[2007年12月06日(木) ]
垂渓庵です。
受験生本人、受験生を抱える親御さん、塾や学校関係者の方々の中には合格祈願に神社やお寺にお参りする方も多いと思います。
わたしは平均的な日本人ですので、折に触れて社寺に行っては手を合わせますし、その時には家内安全などを願うこともありますが、実は高校や大学、大学院の入試の際に合格祈願をしたことはありません。ついでに担任をしている生徒の受験の時も。
もちろん、入試の発表の時にはどきどきしましたし、神仏に頼りたいなという気持ちも起こらないではないのですが、とある思いがそうするのを止めさせるのです。自分の幸せを守りたいレインボーマンが、この世の悪を倒すためにその夢を捨てなければならなかったのと似ています。え、似てませんか?
[2007年12月03日(月) ]
垂渓庵です。
「名詮自性」ということばがあります。
いや、わたしが自慢げに胸を張って「あります」などと言わなくても、
一般的なことばとして存在するわけですが。
「名は体を表す」というような意味のことばでした。
「名は体を表す」。それはそれである種の真理を突いているように思います。
ジャイアン、ジャイ子。いかにも彼らにピッタリです。
バイキンマン、食パンマン。それ以外にはありえません。
シャア・アズナブル、ミハル。ガンダム世代にはたまりません。
……。
しかし、逆の場合もあるのではないかと思ったりもするわけです。
「名は体を規定する」とでも言えばいいでしょうか。
名前がそのものの本性・性質を形作る、というような場合です。
「名詮自性」をもじって言うなら、「名先自性」とでも言えるでしょうか。
「名は自らの性に先だつ」というわけですね。
何のことやらわかりにくいですね。これも例をあげましょう。