プロフィール

毎週木曜更新の予定です

関西の中高一貫校で
国語を教えています。
Z会の模擬試験作りなどの
お手伝いをしています。
趣味は登山、読書、音楽鑑賞
その他です。

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旧暦10/30 いんきん団 (2008年11月30日)
垂渓庵
旧暦10/16 先日脱糞 (2008年11月15日)
垂渓庵
旧暦9/11 大学授業星取り表 (2008年10月13日)
垂渓庵
旧暦8/26 ハーディと源氏物語 (2008年10月01日)
垂渓庵
旧暦8/19 高校のころ (2008年09月25日)
ゴンザレス
旧暦8/19 高校のころ (2008年09月21日)
垂渓庵
旧暦6/23 後悔 (2008年08月05日)

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Djembe Dundun

[2007年11月29日(木) ]

垂渓庵です。

表題は呪文ではありません。Abracadabraや急急如律令などとは無関係です。

本、文字、特撮、アニメ、などなどへの偏愛を示すネタをいくつも書いていることからすると、自分でも意外なように思いますがが、わたしはアウトドアでの活動が結構好きです。

また、アフリカン・パーカッションもけっこう好きで、つい最近までアフリカン・パーカッションのバンドにも参加していました。外向性のオタクとでも言えばいいのでしょうか。何か形容矛盾のような気もしますが。

それはともかくとして、わたしが参加していたバンドのソロ楽器は、ギニアやセネガルの民族楽器であるジェンベ(Djembe)です。タイトルの前半はこの楽器の名前です。ジェンベはこんな形をしています。

打面には羊の皮を張ってあり、横に見えるひもを締めることで皮に張力を与えます。そして両手の手のひらを開いて手で叩いて音を出します。

基本の音は三種類。ひとつが真ん中を叩くベース音。次が指先を揃えて太鼓の端の方を叩くトーン。三つ目が、同じく端を叩くのですが、指先を開いてはじくようにして出すスラップ。右手でも左手でも以上の三種類の音を出せなければなりません。

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十七名山

[2007年11月26日(月) ]

垂渓庵です。

三十を越えたころから山を歩くのが好きになりました。四年ほど前までは、時にはテントをかついであちこちの山に出かけたものです。

きっかけは生徒の修学旅行の引率で立山方面の奥大日岳に登ったことです。それまでも耐寒登山の引率で近場の山に行ったことはありましたが、景色がよくなかったこともあり、あまり登山に興味は持てませんでした。

が、立山はさすがに有数の観光地だけのことはあります。天気がよかったのも幸いして、登山途中の見晴らしもとてもよく、歩いていても爽快感がありました。夏場なのに雪を踏みながら歩くというのもとても新鮮でした。山もいいなと思ったのはそれからです。

とは言え、一緒に山に行く人がいなければそれで終わっていたと思うのですが、幸いというか不幸にもというか、わたしの職場にはヒマラヤの八千メートル峰のクライマーがいたのです。

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授業参観

[2007年11月22日(木) ]

垂渓庵です。

先日授業参観を終えました。
誰に見せるのですかという服装のお母さんなども混じる中、
担任しているクラスで授業をしてきました。

わたしは特に緊張するというようなことはないつもりだったのですが、
最初に指名した生徒をうっかり「くん」づけで読んでしまいました。
やむをえずその後の生徒も「くん」「さん」づけです。
それもあいまってか、生徒たちはやはりふだんと勝手が違うようです。
元気がないというかよそ行きというか。
どうしたもんかなと思ううちに授業は進みます。

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マニアック・バージョン

[2007年11月19日(月) ]

垂渓庵です。

高校生向けの推薦図書を選び、毎月一冊で一年間、計十二作品の紹介文を書くという機会がありました。選書の段階では、編集さんのアドバイスを受けたので、それなりに妥当なリストができたのではないかと思っています。

その完成版のリストについてはいずれ機会あがれば触れることにして、ここでは完成版に至る過程で日の目を見なかったリストをご紹介したいと思います。題してマニアック・バージョンです。

普通、推薦図書の選書というと、一般性が高く、かつ読み応えがあるものが中心になるのですが、このマニアック・バージョンでは、一般性という基準はかなぐり捨てました。基準は、わたしが高校生だったとして、面白がるかどうかです。

「わたしが高校生だったら、これぐらいは探し出してきて読むよ。世の読書好きの高校生の諸君、君たちはただの読書好きか? それとも知的好奇心を持った読書好きか?」という問いかけというか、挑発をしてみたくて作ったリストです。

実際の書目は以下の通りです。

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セイフティボックスと国語力

[2007年11月15日(木) ]

垂渓庵です。

所長。また表題パクってしまいました

以前妻とロンドンに行ったときのことです。現地のツアコンの方に空港からホテルまで案内されて、日程などの説明を受けました。その際に、各部屋に金庫はあるけれども、安全のためには、フロントでセイフティボックスを借りて預ける方が確実ですよと言われました。

なるほどそんなもんですかと思い、荷物を部屋に置いてから、さっそくセイフティボックスを借り受けることにしました。そして気軽にセイフティボックスプリーズと言ってから、以下のやりとりを全て英語でやらねばならないことに気づきました。

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母には二たび会ひたれども・クイズの解説

[2007年11月12日(月) ]

垂渓庵です。

遅れに遅れまくりましたが、ようやっとクイズの解説です。
まずクイズのおさらいをしておきましょう。

 母には二たび会ひたれども父には一度も会はず
 さてさてそれはいったい何でしょう?

というものでした。答えは、そう、「唇(くちびる)」です。

このクイズを解くためには、日本語の発音の変化──とくにハ行音の変化──を考える必要があります。

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偶然と必然

[2007年11月08日(木) ]

垂渓庵です。

表題からジャック・モノーの本を連想された方、残念ですが全然関係ありません

岩波文庫の『朝鮮童謡選』(金素運 編訳)に次のような一篇が収められています。

 曲り媼(ばあ)さん  曲り杖ついて
 曲り山に行き 曲り糞垂れりゃ
 曲り犬奴(め) 曲り糞なめて
 曲り杖に打(ぶ)たれ 曲りキャンキャン

あまり上品とは言いかねる童謡ですねでも、ここではそれを指摘したいのではありません。次の英詩と較べてもらいたいのです。

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志望理由書と自己推薦文と国語力

[2007年11月05日(月) ]

垂渓庵です。

すみません、また表題をパクってしまいました。所長m(_ _)m

この時期、一般推薦や指定校推薦を受ける生徒が、志望理由書や自己推薦文の添削を頼みに来ます。今年は中一の担任ですから、本当ならわたしの所には来ないのですが、今年の高三は去年現代文を教えていた関係で、何人か頼みに来るのです。

文章の上手い下手は別として、中にはかなり明確に志望理由を持っている生徒がいます。そういう生徒の志望理由書は、仮に文章がまずかったとしても、添削自体は楽なものです。全体の構成を整えて志望理由が的確に相手に伝わるようにすればよいだけなのですから。

自己推薦文についても、やはり自分の長所短所を比較的客観的にとらえつつ、自分の売りは何かをしっかりとらえられている生徒の書いたものは、添削に要する手間は大きくありません。やはり、構成を整えてやりさえすればいいからです。

困るのは、自分の中に明確な志望理由がなかったり、ある程度客観的な自己評価ができていない生徒の書いてきたものです。そういう生徒は往々にして、字も雑ですし、メモ書き程度のものを持ってきます。

親切な先生はそれでも見てあげていますが、わたしはつっかえします。「こんな中途半端なものを人に見てもらうなんて失礼やろ。あほ」「こんな汚いものを読めるかい。ばかたれ」というような意味の、もう少しソフィスティケイトされたことばを使いながら、です(笑)

で、そんなことばにめげてしまった彼、彼女たちは他の先生を探しに行きます。もちろん、めげなかった彼、彼女たちは書き直してきます。しかし、往々にして、先に指摘した問題点はそのままという結果になります。

それでも、書き直してきたということは、こちらの言うことを聞く姿勢になっているということなので、今度は追い返したりせずに、彼、彼女たちの書いた文章を間に挟んで、彼、彼女たちの至らぬ点を逐一指摘してやります。

志望する学部で行える勉強をしたいと思った理由を問われているのに、パンフレットなどから抜き出してきたその学部のウリ文句を並べ立てて、それを勉強したいと書いているもの。

学生の頃に熱中したことを書きなさいと言われているのに、自分の所属していたクラブの成績などをいやに細かく説明しているもの。

志望動機や自己の性格分析を具体的に行いなさいと言われているのに、抽象的な一般論しか書けないもの。

書く以前に人の書いたものをちゃんと読めていないのですね。それらについて一つ一つ指摘してやるのです。ついでにそいつについて知っている範囲で、お前はこんな面がある、あんな面がある、こういうことも書けるやろ、と指摘してやります。

同時に、本人からの聞き取りを進め、あほ、なんでそれを書いてないねん、ここに書き連ねている内容の薄い文章よりもその方がよっぽど値打ちがあるやないか、というようなほめ言葉(?)を交えながら、本人の中から書くにふさわしいことを引っ張り出してやるのです。もちろんことばづかいはもっとソフィスティケイトされています(笑)

自己分析や自分を見つめるといったような文章は、国語の時間にはあまり突き詰めて書かせたりしません。文章を書かせるとしても、小論文的なものや何らかのテーマについて論じるものが主になります。

しかし、それらを書けるようになることだけが国語力ではないよなあと、この時期にはいつも思うのです。だからといって、普段の授業で自己推薦文のようなものを書きなさいと言ったところで、やはり照れがあるのか、生徒はなかなか真剣には取り組まないのですが。

それに、仮に書かせたとしても、何クラスもいる生徒に対してここに書いたような対面式の指導をしている時間は残念ながらありません。十分な時間が取れるなら、やってみたいとは思うのですが。

そういうわけで、毎年毎年、この時期になると、上に書いたようなやりとりを繰り返す羽目に陥ってしまうというわけです(笑)