[2007年05月23日(水) ]
試験期間前でなかなか更新のためのまとまった時間をとれません。とりあえず答えをアップしておきます。その意味づけなどについては近日中に書きたいと思います
詳しく述べようと思うと、日本語の音韻の歴史などについても触れないといけなくなり、いずれにしても手に余ることになりそうです。でも、答えだけを示してそれで終わりというのではあんあんまりですよね。わたしが読み手なら消化不良でとても気持ちが悪くなります
試験終了後にがんばってみます
さて、正解は、字余りの句の途中には必ず「あ」「い」「う」「お」のどれかの文字が入っている、です。
確認のために前回の例歌を挙げてみましょう。
はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに
たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ
たちわかれ いなばのやまの みねにおふる まつとしきかば いまかへりこむ
みかきもり えじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ
ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆえに ものおもふみは
ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ
分かりやすくするために、字余りの句の途中に出てくる「あ」「い」「う」「お」を、赤い文字にしてあります。みごとに字余りが生じている句中には「あ」「い」「う」「お」が単独で出てくるでしょう。なぜそんなことになるのか説明をしたいところなのですが、次回までお待ち下さい。
[2007年05月16日(水) ]
和歌には字余りという現象があります。五七五七七の五句、計三十一文字で形作られるのが普通の和歌。それが時に六七五七七や五八五七七のように、五文字の句が六文字に、七文字の句が八文字になったりします。
たとえばこんな具合です。
はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに
この字余りには法則があります。特に平安時代前期あたりまでの和歌についてはとても規則性の高い法則です。もう少し字余りの和歌の例を挙げてみます。どんな法則か考えてみて下さい。この法則は日本語の発音の特徴と結びついています。答えも含めてそこら辺の解説は次回ということで。
字余りの歌の例(百人一首から引用しました)
たごのうらにうちいでてみればしろたへのふじのたかねにゆきはふりつつ
たちわかれいなばのやまのみねにおふるまつとしきかばいまかへりこむ
みかきもりえじのたくひのよるはもえひるはきえつつものをこそおもへ
ひともをしひともうらめしあぢきなくよをおもふゆえにものおもふみは
ふくからにあきのくさきのしをるればむべやまかぜをあらしといふらむ
手近に万葉集や古今和歌集がある人は開いてみて下さい。
簡単に他の例を見つけられると思います。
[2007年05月11日(金) ]
中学校のころの思い出をひとつ。
中三のころ、塾仲間でバザーをしようという話になりました。動機は(かなり)不純です。寄付目的ということにしておいて、もうけの一部を寄付して一部を着服しようと企てたのです。そんな事件が世情をにぎわしていたことから思いついたのでしたか。
やる以上は大々的にやろうと、学校の印刷室で案内のチラシを刷り、配って回りました。クラスメートらにも協力を呼びかけて、不要なものを持ってきてもらいました。生活用品もあった方がいいという意見を容れ、学校のトイレのトイレットペーパーを集めました
あっぱれな行動力だったと言っていいでしょう。方向性が随分間違っていますが…。
[2007年05月04日(金) ]
前々回に、明治時代のアダムとイブの挿絵などを紹介しながら、和本 日本で和紙を用いて作られていた本のことです を巡る話題をお届けしました。
今回はその続きで、明治時代に西洋の技術を導入して作られた洋装本 今の文庫本や単行本の形を想像してください を中心に、本の歴史の一端に触れてもらいましょう。前と同じように、画像で紹介するのはわたしの持っている本たちです。
まずひとつ目。
それはともかく、どの部分が違うかわかりますか?
図書館のブラックリストに載せられて本を借りられなくなるかもしれませんよ

そういえば……。う〜ん、耽読眼市の看板に偽りがあるということになるのでしょうか