[2008年01月14日(月) ]
[2008年01月10日(木) ]
垂渓庵です。
1月4日に摩耶山を歩いてきました。
ほんとは雪化粧した金剛山を歩くつもりだったのですが、
山行当日に激しく寝坊してしまい、
やむをえず近場の摩耶山に行くことにしたのです。
登ったのは、旧暦でいうと11/26です。
表題の旧暦12/3というのは今日の日付けです。
前回の記事で触れたように、旧暦表示をしばらく続けますね。
ちなみに今日の月がいわゆる三日月です。
今日は朝9時頃に東の空に登り、夕方6時頃に沈むはずです。
一度空を見上げて月を探してみて下さい。
閑話休題。摩耶山は六甲山系の西に位置する山です。
標高は七百メートルに少し足りないくらい。
大学時代からの友人である日置君がホームグラウンドにしていた山です。
彼とは年に何回か摩耶山や六甲山を一緒に歩いていたのですが、
関東に転勤してしまいました。
山に登るのが目的か、その後にうまい肴をあてに飲むのが目的か、
どちらか疑わしいところが我々にはあったのですが、
そんな楽しい山行も彼がいずれ関西に戻ってくるまでお預けです。
というわけで今回の摩耶行は単独行です。
「単独行」の加藤文太郎も六甲山系を歩いていましたから、場所的にもぴったりです。
さて、それでは摩耶山にGO!
[2007年11月26日(月) ]
垂渓庵です。
三十を越えたころから山を歩くのが好きになりました。四年ほど前までは、時にはテントをかついであちこちの山に出かけたものです。
きっかけは生徒の修学旅行の引率で立山方面の奥大日岳に登ったことです。それまでも耐寒登山の引率で近場の山に行ったことはありましたが、景色がよくなかったこともあり、あまり登山に興味は持てませんでした。
が、立山はさすがに有数の観光地だけのことはあります。天気がよかったのも幸いして、登山途中の見晴らしもとてもよく、歩いていても爽快感がありました。夏場なのに雪を踏みながら歩くというのもとても新鮮でした。山もいいなと思ったのはそれからです。
とは言え、一緒に山に行く人がいなければそれで終わっていたと思うのですが、幸いというか不幸にもというか、わたしの職場にはヒマラヤの八千メートル峰のクライマーがいたのです。
[2007年09月14日(金) ]
先日、とある機会があり、信貴山朝護孫子寺に行ってきました。
信貴山は大阪府と奈良県の境にあり、信貴山縁起絵巻で有名です。絵巻には托鉢の鉢が強欲な長者の蔵や米俵を運ぶ様子が描かれています。この話は『宇治拾遺物語』などにも採られている有名な話ですので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
今回はその信貴山を歩いていて気になったものをご紹介しましょう。
まずは信貴山の遠景を。


[2007年08月17日(金) ]
きのう、列島中がうだるような暑さの中にあるとは思いもよらず、六甲山を歩いてきました。
六甲山は標高千メートル足らずの山です。下界の暑熱から逃げることはできません。
ひたすら汗を流しながらの山行となりました
コースは芦屋〜六甲最高峰〜有馬。
六甲山系の中では最もポピュラーなコースの一つです。
ほんとうは、芦屋〜六甲最高峰〜宝塚というコースを歩きたかったのですが、
暑さにやられてしまったので、やや短めのコースに変更したのです。
最近の運動不足もたたったみたいです。
芦屋から有馬までなら普段は休憩も含めて四時間ぐらいです。
宝塚までなら六時間というところでしょうか。
今回は途中で大休止をとったこともあり、結局有馬までで五時間かかってしまいました。
日本アルプスを歩いていたころはこんなことはなかったのですが、
やはりトレーニング不足による体力の衰えは隠せませんでした。
それはさておき、六甲山がどんな様子か写真を交えてご紹介しましょう。
写真をクリックしていただければ大きい画像が別ウインドウで表示されます。
まずは登り口の高座の滝です。どうですか、何やら深山幽谷の気をたたえていませんか?
でもここからがまた暑いのです


