[2008年08月28日(木) ]
垂渓庵です。
今でもクワガタ捕りは夏の子供の遊びの定番なのでしょうか。それともクワガタなどは捕るのではなく買うものになっているのでしょうか。
わたしが子供の頃にもクワガタを買ってくれるところがあると聞いたことがあります。当然どこかで売られていたのでしょうが、わたしもわたしの周りの友達も、買ってもらいたいと思うことはありませんでした。裏山に行けば普通に捕れるのですから。
とは言え、あの当時も今のように外来種のカブトムシやクワガタなどが大々的に売られているとすれば、買って欲しいと思ったかもしれません。ムシキングなどなかった当時、外国に多様な甲虫がいるなどとは考えてもみませんでした。「どくとるマンボウ昆虫記」を読んでいながら、うかつな話です。
[2008年08月25日(月) ]
垂渓庵です。
前回のブログに書いたように、霊感のれの字もなさそうなわたしたちでしたが、一度不思議な経験をしたことがあります。
わたしたちは小学校の低学年のころから、夏休みに入るとカブトムシやクワガタを捕りに裏山に出かけていました。学年が上がるにつれて行動範囲や行動時間は拡大していきました。高学年になるころには、朝まだ暗いうちに行動を開始していました。
暗い山道は恐いものです。後に山登りを始めてから、よんどころない事情で夜明けの遙か前に大峰山上の宿坊からふもとに下山したことがありますが、あの時も恐かった。頼みの綱は電池がへたり気味のヘッドライト一つでした。信仰の山ですからね。確実に何かいます。実体を持っているかのように濃く存在感のある闇に包まれながら降りていきました。途中の茶屋の建物を通った時に起き上がる影が見えてぎょっとしたのですが、店番の兄ちゃんでした。結局この時はあやかしに出逢うことなく無事下山しました。が、あのクワガタ捕りの日は…。
[2008年08月21日(木) ]
垂渓庵です。
小学生のころ、「恐怖新聞」や「うしろの百太郎」「恐怖」「怪」などの心霊、恐怖系の漫画が流行った時期がありました。ちょっとしたオカルトブームだったのでしょう。「ムー」という雑誌が発刊されたのはそれよりも少し後でしたか。
こっくりさんが流行り、何人かで学校の空き教室に忍び込んでやったのもそのころのことです。古くて使われていない校舎があったのです。何と今年のゴールデンウイークの時点でまだ残っていました。道から見る限り窓枠なども錆びていて、劣化が進んでいるようなのですが。取り壊せばいいようなものですが、壊せない事情でもあるのでしょうか。大規模な造成が行われても変に残されている社か何かのように。
閑話休題。とにかくオカルトブームに乗ったというのか乗らされたというのか、わたしとヒロちゃん、コウちゃんは心霊写真を撮ろうと思い立ち、後に凍りつくような体験をすることになる裏山へと出かけたました。
[2008年07月31日(木) ]
垂渓庵です。
何ごとによらず正体不明というのは不気味なものです。
正体不明のいたずら電話。迷惑な上に不気味です。無言電話だった日には目も当てられません。
送り主不明のプレゼント。うれしい場合もあるかもしれませんが、やはり薄気味悪いものがあります。
身元不明の遺体。見つけた状況によって程度の差はあるでしょうが、平常心で相対しにくいのではないでしょうか。
落とし主不明の一億円。拾ったら嬉しい反面、落とし主が名乗り出ない場合、何か犯罪がらみのお金ではないかと気になります。
正体不明の怪人。いや、これは正体不明であろうがなかろうが、怪人という時点で不気味でした。
いずれにせよ何か心にひっかかりを覚えそうなものばかりです。
体の変調も正体不明だととても不気味です。おれは大丈夫か、と思ってしまいます。
以前少し触れたことがありますが、わたしは大学生のころ、正体不明の頭痛に襲われたことがあります。
それはそれは痛くてつらいものでした。
[2008年07月18日(金) ]
垂渓庵です。
今回は卒業生に贈った言葉の第二弾です。第一弾はこちら。
この第二弾の文章は、初めて送り出した卒業生に向けて書きましたから、正確に言うとこちらの方が第一弾になります。つまり、第一弾の方はほんとうは第一弾ではなかったのです。が、第一弾ならざる第一弾をご紹介したときには、この第二弾ではない第二弾の文書ファイルは残っていないと思いこんでいました。それが載った校内誌を探すのも面倒なのでうっちゃっていたのですが、先日文書ファイルを整理した折に見つけたのです。そんなこんなでかなり古い文章なのですが、とりあえずお目にかけましょう。
[2008年07月03日(木) ]
垂渓庵です。
わたしは昭和四十年代に少年時代を送りました。外で遊び回ることが多かったですが、テレビも嫌いではありませんでした。印象に残っている番組やテレビCMもいくつかあります。たとえば次のようなの。みなさんはご存じでしょうか。
○魔女がパラソル乗ってきた
二人でパラソル食べちゃった
魔女はおうちへ帰れない
パッパッパラソルチョコレート
○白 黒 抹茶 あずき コーヒー 柚子 桜
七つの味を残らずホイ ホホホイノホイホイ
青柳ういろう 食べちゃった
○最初のパンダは白かった
で どろんこ遊びをやりすぎて
それで黒いとこできたのさ
笹の葉山のパンダ君
毎日ヤクルト 飲んでるかい
最初のパンダは黒かった
で あんまり雪をなめすぎて
それで白いとこできたのさ
(以下略)
○南海電車は高石駅を
東へ六分 ぶーらぶら
モデルハウスがいっぱい並んだ
高石プラザ
奈良奈良奈良奈良奈〜良
奈良奈良奈良奈良新大宮
北へ歩いて約一分
モデルハウスは奈良プラザ
懐かしいですねえ。昭和ですねえ。楽しいですねえ。思わず淀川長治みたいな口調になっちゃいますねえ。こんなことでは社会復帰できなくなるねえ。いけないねえ。話を元に戻しましょう。
[2008年06月12日(木) ]
[2008年04月17日(木) ]
垂渓庵です。
むかしむかしあるところに、思いもよらず大学に合格できた青年がおりました。
彼は合格発表があってからというもの、ひたすら遊びほうけておりました。
遊びにもいろいろあります。彼の遊びは地味なものでした。
ずっと我慢していた読書をし、やはり我慢していたテレビを見ていたのです。
そうそう、旭○書店や紀伊国○書店などにもしょっちゅう出没していました。
どちらもそのころは大阪で指折りの大規模書店でした。
彼は書店を巡り歩いては本を買い込み、それを読む、という生活を送ったのです。
読書に疲れたときはテレビ。どちらも目によくありません。
その後、かれは眼精疲労が原因でとんでもない頭痛に見舞われることになります。
しかし、その話はいまは置いておきましょう。
とにかく彼は存分に羽根をのばしまくりました。
それはそれは楽しい毎日を送ったのです。
そんな彼にも大学生として授業を受ける日がやってきました。
その時……。
[2008年03月10日(月) ]
垂渓庵です。
本来は今日のために別稿を用意していたのですが、
広川太一郎さんの訃報に接して、
急遽本稿と差し替えました。
広川さんは有名な声優として活躍されていました。
外国映画の吹き替えでおなじみの方も多いことでしょう。
昨日のニュースでは、
ロジャー・ムーア(「007」の3代目ジェームズ・ボンド役)
米俳優トニー・カーティスやロバート・レッドフォード
などの渋い二枚目の吹き替えから、
マイケル・ホイ(香港コメディー「Mr.BOO!」シリーズの主役)
「モンティ・パイソン」シリーズ(イギリスのコメディ)
などのコメディまで幅広くこなしていたことが取り上げられていました。
[2008年03月06日(木) ]
垂渓庵です。
みなさんは小さなころに何になりたかったですか。
わたしは科特隊の隊員になりたかったです。
いや、ホシノ少年になりたかったような気もします。
いずれにしても、あの胸の流星バッジにはひどく憧れました。
少年ライダー隊の一員には…特になりたくはなかったような。
あ、ドロロン閻魔君の仲間になりたかったこともあります。
中学生のころは、ホワイトベースの外でブライトさんたちと
白兵戦をともに戦ったこともあります。もちろん夢の中で。
こちら惑星ゼロ番地というマイナーなSFホームドラマの世界に
あこがれたこともありました。
……。どうやらテレビに毒されていたようですね(−−)
そんなわたしですが、映像の世界以外に憧れを持ったこともあります。