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ベニスの商人

[2007年12月17日(月) ]

垂渓庵です。

明治期にジャーナリストとして活躍した成島柳北は、幕末期の幕臣でした。彼は、やはり幕末期の幕臣で明治期にジャーナリストとして活躍した福地桜痴に、「これはさて世はさかさまとなりにけり乗った人より馬は丸顔」とひやかされたほどの面長でした。確かにその写真を見ると明らさまに面長です。

この面長はよほど人に強烈な印象を与えるらしく、いずれご紹介する内田百閧ノも「馬は丸顔」という随筆で枕に使われています。その他にもネット上でいくつも彼の面長をネタにした文章が書かれているようです。が、今回の話は彼の面長とは全く関係ありません。

いえ、面長が関係ないどころか、柳北自身、ベニスにも商売にもあまり関係ありません。彼はベニスに行ったこともないはずですし、商人でも、まして金貸しでもありませんでした。もちろん、シェイクスピアと知り合いという事実も、シェイクスピアの作品を翻訳したこともありません。

え? じゃあ、その成島柳北とかいうのがどうベニスの商人とつながるのかですって? まあ、あわてないで下さい。彼には次のようなエピソードがあるのです。

ある時人から別荘を買って、すでに地所から建物樹木竹石等一切の売買約定済みの証書を取り交わしたのに、旧主人そのなかの梅の樹一本が急に欲しくなり、人夫をつれて来て無理やりに持って行こうとする。柳北その態度の不遜なのを怒って、まさに門を出ようとするのを呼び止めて、「梅の樹だけはあげようが、土は私のものだ。その根についているのをたわしで洗わせるから待ってくれ」という。書生達用意の水桶を運んで洗いにかかる。旧主人窮し果てて許しを請うことしきりだ。柳北笑って、「始めからおとなしく出られるなら、梅の樹一本くらいは惜しみません。あまり足下が横柄に出るからこちらもそれに応じたのだ。誤りとあれば洗うに及ばぬ。早々持って帰りなさい」と。その人ことのほか恥じて、百方謝罪した上にこそこそと去ったという。(森銑三「偉人暦 上巻」(中公文庫)302〜303ページ)

この逸話、なんともベニスの商人の胸の肉と血の話に似ていると思いませんか。そのことは上に引用した文章を書いた森銑三も指摘しています。

想像をたくましくすれば、柳北は幕府に仕えている際に籠居して英書を読んでいたそうですし、欧米を旅行したこともありましたので、どこかでシェイクスピアの戯曲を読むか、ベニスの商人の挿話を聞いたことがあって、とっさにその筋立てを利用したのかもしれません。

これがいつのできごとなのかわかりませんが、別荘を買うというのは、ジャーナリストとして活躍している時期にふさわしいような気もします。その想像が当たっているかはともかくとして、柳北が機知に富む興味深い人物だったということは、おわかりいただけるのではないかと思います。

ベニスの商人を知っていたのだとしたら、とっさにそれを今の状況に応用するだけの機転があったわけですし、もしも知らなかったのだとしたら、これはやはりなかなかの頭の持ち主だということになりそうです。

わたしは彼を面長の一休さんと呼びたい気がします。

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